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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 編
135/234

23話

「彼方ちゃんまで……ホント二人とも落ち着いてちょうだい」

「そうよ、佐渡も水無月も落ちつきなさい。さっきも言ったけど、今の状況じゃお父様に言っても天王寺家の後ろ盾も得られないのよ。失敗したら訴えられて、おしまいよ」


間宮さんと奏ちゃん、今回の作戦会議の要である頭脳派二人が代表して、意見を述べる。


「間宮さん……僕は落ち着いてるよ。落ち着いてこんな発言をしてる。天王寺家の後ろ盾のことも、相手の大きさも、僕なりに理解してる……」

「天王寺さん……確かに今の状況じゃ天王寺家の後ろ盾も受けられなくて、失敗したら私たちの人生が終わってしまうかもしれません……」


「「でも……」」


彼方ちゃんと目を少し横に向けて意思を疎通する。


「「これ以上これから困るかもしれない人と、今困ってる人を放ってはおけない(です)!!」」


僕と彼方ちゃんの口から同じ言葉が発せられた。


「僕達が今こうしている間にもアトフィックのことで苦しむ人が増えているかもしれない」

「私たちがこうしている間に、すでに巻き込まれてしまった人たちが泣いているかもしれない」

「「僕(私)にはもうその人たちを放っておけない(ません)!!」」


僕らがこうして作戦を考えている間にもアトフィックが不幸な人を増やしているかもしれない。

すでに巻き込まれた人が流す涙の量が増えているかもしれない。

それを知っていて、わかっていて、無視することは僕にも、彼方ちゃんにもできない。


バカだ。バカな人だ。そう、僕らを笑う人もいるだろう。

何の力も、優れた知能も、特出した何かがあるわけでもない僕らの言うことをただの無茶で無謀な妄言と言う人もいるかもしれない。

ここにいるみんなも僕らに呆れているかもしれない。

でも、この気持ちはもう抑えきれない。


「さっきも言ったけど、これ以上話し合っても意見は出ないと思うんだ。最後にはたぶん、みんなの集中力も切れてきたし、今度にしようとか、相手が隙を見せるまでじっと待つとか、そういう感じになると思う。でも、僕はそれじゃあダメだと思う」

「私もです。どうせ出ない作戦なら、どうしようもないなら少し無茶でもやっちゃう方がずっといいです。やらないで後悔するよりもやって後悔した方がずっといいと思います」


僕と彼方ちゃん。二人の意見がこの空間を支配する。

たった二人だけの無茶で無謀な妄言。都合のいい妄想。それだけが僕らの言い分。


「さっきまで出た作戦の中で結局はみんなアトフィックからおかしな部分を証拠として手に入れるってところは一緒だった。その方法として、ハッキング? とかいうのは無理で、一番の可能性は会社自体に潜り込んで会社の内部から手に入れるしかないって言ってた。なら、それでいいんじゃないかな?」

「佐渡……あんた、自分がどんな無茶苦茶なこと言ってるのかわかってるの?」

「……うん。……間宮さんたちほどじゃないにしろ僕なりには理解しているつもりだよ。それがどんなに難しくて、どんなに無茶なことかも……」


少し言葉を区切り、震えそうになる右手にギュッと力を入れて、息を大きく吸う。


「でも、僕はみんなとならできるって信じてる!」


酷い暴論だ。


「今までも、彼方ちゃんの時、奏ちゃんの時、桜ちゃんの時、色々と無茶をしてきた。特に奏ちゃんの時には大きな無茶をしたと僕は思う。でも、僕たちはそれをみんなの力で乗り越えた! 乗り越えてきた!」


証拠も根拠もない空論で、絶対成功する保証なんてどこにもない。


「そんな僕らなら今度もなんだかんだできる気がするんだ! どんなに無茶に思えることもみんなと一緒なら、僕達なら、できるって、僕はそう思う!」


説得力なんててどこにもない。

理想と幻想と妄想をすべて掛け合わせて、良いところだけ取ったような無茶苦茶な暴論。

それを理解しての僕の言葉だ。

僕の、何の偽りもない、心から出た言葉だ。


「……はぁ~あ……。―――酷い暴論……説得力なんてどこにもないわね……」

「全くだ。俺だって無茶苦茶だって思う……」

「アニメやマンガですら使えそうにない理論でござった」

「自分の理想と憧れだけの言葉だったわね……中学生ですらそこまでお気楽な思考は持ってないわよ」

「それなのにあの笑顔ですよ? 屈託のない笑顔ですよね。素敵です……」

「本当におかしな考えです。それなのにどうしてなのでしょう……佐渡様が言うと……」


「「「「「「無茶に聞こえない」」」」」」


みんなが声を揃えて言った。


「ホントおかしな話だぜ。どうして誠也の言うことはこうも安心すんのかね」

「全くねー。なんの説得力もないのに、なんか納得しちゃうのよねー」

「これが人徳というものなのでござろうか?」

「ホントお気楽ね。そのお気楽に私もお父様のとの仲を取り持ってもらったわけだけど……」

「そうだねかなちゃん……私もかなちゃんとの仲を戻してもらったし」

「本当にすごい方です……佐渡さまは……」


「みんな……」


僕の無茶苦茶な暴論に、みんながついてきてくれる。

みんながいるからどうにかなる気がする。

一つ一つの小さなものが大きな塊になる。


「やりましたね! 佐渡さん!」

「うん! 彼方ちゃんのおかげだよ!」


すぐ隣にいる彼方ちゃん今の喜びを分かち合う。

最近、少し離れて行ってしまったように感じられていた彼方ちゃんとの心がまた近づいた気がした。


「で、お二人さんはいつまでそんなに熱く固く手を握り合ってるんだ?」


「え?」

「はい?」


翔くんに言われて僕たちはお互いの手を見る。

彼方ちゃんの手を握っている僕の右手と、僕の手を握っている彼方ちゃんの白く小さな手。


「ごっ、ごめんね彼方ちゃん!」

「わ、私の方こそもうしわけなくーっ!」


急いでお互いの手を離す。

離したはずなのに彼方ちゃんの手のぬくもりが残っていて、なんか落ち着かない。



「あーあ、広志ー、俺らも早くあんな感じができる彼女が欲しいよなー」

「悪いが九重殿、拙者はすでに結婚してるのでござるよ」

「どうせゲームの中でだろー」

「なぜわかったでござるか!?」


お茶らけた感じの二人。


「なんか嫉妬しちゃうよねかなちゃん」

「そうね……今度佐渡にはなにか罰と称して……って! 何言ってるのよ桜!」

「えーっ! 佐渡さんと手を繋いでた水無月さんに嫉妬しちゃうねって」

「し、しないわよ!」

「おー、ツンデレだぁー!」


仲の良いお嬢様とメイドさん。


「間宮様も嫉妬してますか?」

「急に何を言うんですか安藤さん。私は別に……」

「うふふ……隠さなくてもいいんですよ?」

「天王寺家のメイド長って人の心でも読めるの?」


大人な間宮さんと、安藤さん。


「ごめんね! 汗ばんでたよね!? それにさっき緊張して力入れちゃってたし痛かったよね!」

「いえいえ! 私の方こそごめんなさい! ずっと佐渡さんの手を触っちゃってー」

「いやいや僕の方こそ」

「私の方こそ」


なんだか、僕ららしい雰囲気で作戦会議は終了した。


「まさかあの会議から三日もせずに作戦実行日が来るとはなー」

「ある意味すべてが電撃戦ですな」

「……」


 あの作戦会議をして一日じっくりと作戦を立て、下見をし、どう行動するかを切り詰めた僕らのアトフィックへの対策は完成した。

 たった一日でここまでの作戦を立てられたの本当にはみんなのおかげだ。

 間宮さんと前に下見に行ったことがあるという桜ちゃんの意見を元に広志くんがネットで正確な地図を作成し、奏ちゃんと安藤さんはお父さんの力を借りてまで少しでも多くのアトフィックの情報を集めてくれた。

 特に作戦当日まですることのない僕と彼方ちゃんと翔くんはみんなのお夜食なんかの準備や、サポートに徹底した。

 そういったみんなの小さな頑張りを元に完成した作戦を胸に秘め、僕たちは今、僕の家の前で作戦実行日当日の朝日を迎えている。


「佐渡、悪いけど私たちにできるのはここまでよ。天王寺家はこれ以上今回の作戦に関して関与できない。一応失敗したときは最善は尽くしてあげるけど、限度があるから絶対とは思わないでね」


「うん。わかってるつもりだよ。もちろん、失敗するつもりもないけどね。ありがとう、奏ちゃん」


「かなちゃんの言う通りですよ佐渡さん。佐渡さんは夢中になると少し周りが見えなさすぎます。あと、本当は手伝いたいんですけどごめんなさい……」


「ううん。ここまでやってくれただけでもうれしいよ。その気持ちだけ受け取って……ううん。その気持ちごと一緒に行ってくるね。ありがとう、桜ちゃん」


「佐渡様、どうかお嬢様のためにもご自分のためにもご無事で」


「ありがとうございます安藤さん。絶対に無事に帰ってきて見せます」


 今回の作戦、天王寺家のメンバーはこれ以上一切関わらない。

 もっと言えば、あのアトフィックの会社に乗り込み、悪事を暴くための情報を引き出してくるのは僕、間宮さん、翔くん、広志くんの四人だけだ。

 外部からのサポートも一切なしの、本当に土壇場のたった四人の電撃戦だ。

 奏ちゃんも桜ちゃんも最初は天王寺家とは関係なく僕たちをサポートしてくれると言ってくれたけど、僕が安藤さんを説得して二人を止めてもらった。

 安藤さんの説得も結構苦労したりした。無表情に見えて、安藤さんもやっぱり優しい人なのだ。

 三人が今僕に言葉を掛けてくれた時もきっと内心では自分も行きたいとか思ってくれていると思う。でも、それはできない。

 ここまで手伝ってもらうだけじゃなく、ここから先も手伝ってもらうと、その後の天王寺家のことにも関わる。僕たち個人のことではなくなるのだ。

 それだけは避けないといけない。


「そういえば佐渡様、源蔵様より言伝を預かっております」

「え? 奏ちゃんのお父さんから!?」

「はい、お伝えします。「佐渡君、奏との時は世話になった。それにこの前は奏と桜の関係の修復もしてくれたようだな。私もあの二人の関係をどうにかしたいとは考えていたんだが、どうにも私は頑固でな。仕事もあって時間も作れず、あの二人をどうにかしてやることができなかった。そのことも含め本当に君には感謝している。それなのに、私は君に恩を返せていない。これだけのことをしてもらって、返しても返しきれない恩を感じているのに返せていないのだ。だから絶対に失敗をするな。もしもの時は全力でどうにかしてみるが、できるとは限らない。だから失敗はするな。いくら君でも、娘を泣かせるようなことがあったら許さないからな。この作戦が成功したら、今度時間を作る。その時は君を招待しよう」だそうです」

「あはは……怖い警告文だ……」

「うふふっ……そうですね。不器用な源蔵様らしいです」

「本当ね」

「ですねー」


 源蔵さんからの手紙の内容に四人で苦笑しつつ、僕はこの場にいるもう一人の現場に行かない女の子の元へと行く。


「佐渡さん……」

「一昨日の作戦会議の時はありがとうね。僕なんかの味方をしてもらって」

「いえ……私も佐渡さんと同じ意見でしたから……。あと、お手伝いに行けなくて、すいません……」


 彼方ちゃんが今回の作戦に来ないのは今回の作戦が危険で少人数の方がいいというのもあるが、もう一つ理由がある。

 それは今日が彼方ちゃんの学校の体育祭なのだ。


「僕の方こそ、本当にごめんね。今日の体育祭、絶対に応援に行くって約束してたのに……」


 本当はこの作戦を明日にずらそうかという話も上がったのだ。

 でも、それを彼方ちゃん本人が否定したのだ。

「私のことはいいです。今は、困ってる人を少しでも早く安心させてあげてください」

 そう言って、彼方ちゃんは自分の気持ちを胸に押し込んでまで、僕らの背中を押してくれた。


「できるだけ早く終わらせて、間に合うように頑張るから!」

「いいんです。今は他のことを考えずに作戦のことだけを考えてください。他のことを考えてて作戦が失敗しちゃったらそれこそ元も子もありません。私……佐渡さんが帰って来ないかったら泣いちゃいますからね……」

「うん。絶対に成功して帰ってくるよ。次に彼方ちゃんと会うのは刑務所の中とかじゃなくて、彼方ちゃんの学校だ」

「はい! 頑張ってきてください!」

「うん! 頑張ってくるね!」


 少し長い会話を彼方ちゃんとも交わし、少し向こうで笑って談笑している三人の元に向かう。


 でも、その前にもう少し―――


 僕はもう一度彼方ちゃんの方へ向き直った。


「どうしたんですか? 佐渡さん?」


 心配そうに僕を見つめる彼方ちゃん。

 その目はとても澄んでいて純粋。


「あの……少しだけ―――手を握ってもらってもいいかな……。少しだけ、彼方ちゃんの勇気を分けてほしいんだ……」


 彼方ちゃんが視線を少し下に落とし、僕の手を見る。

 緊張、不安、恐怖、そんな様々な不の感情からくる手の震えを見る。

 そんな情けない僕の手を見た彼方ちゃんは特に何か言うでもなく、呆れるでもなく、僕の震える手を両手で包んでくれた。


「これでいいですか?」


 優しい声。

 ゆっくりと頭の中に響いてくるような優しい声。小さい時にお母さんから呼ばれる時のような安心する声だ。

 緊張や不安が心の底から安らいでいき、次第に手の震えが止まってくる。

 いい大人が、女子高生の女の子に手を繋いでもらって心を落ち着かせる。

 何とも情けない話だ。

 でも、安心してしまうのだから、仕方がない。


「大丈夫です。絶対に成功します。佐渡さんなら大丈夫です」


 彼方ちゃんの口から奏でられる言葉の一つ一つが僕の心に響いていく。

 大丈夫だという気にさせてくれる。

 比喩のような意味で言ったことなのに、本当に繋がれた手から彼方ちゃんの勇気が伝わってきているみたいだ。


「……ありがとう彼方ちゃん。……今度こそ行ってくるね!」

「はい、待ってますね!」


 今度こそ彼方ちゃんにしっかりと背中を向け、三人の元へと足を運ぶ。


「よう、遅かったじゃねえの誠也。送ってくれる子が多いと大変だな」

「もーう、止めてよ翔くん。翔くんにだってみんな何か言ってくれたでしょ」

「言って入れてもお前に行った時ほど心が籠ってないんだよ。なぁー、広志ー……って何やってんだお前……?」


 翔くんが話を振った先にはスマホのスピーカー部分に耳を当てている広志くん。


「なにって、女の子たちに元気をもらっているのでありますよ。やっぱりリアルはダメでござる。拙者は二次元に生きるでござるよ」

「ぶれねぇーなー。その点、間宮はいつも通りだな。緊張とかしねぇの?」

「山中なんかと一緒にしないでよ。あと、緊張してるわよ。九重、あんた私の事ロボットかなんかだと思ってるわけ?」

「たまに」

「なんですってーっ!」

「おー、こえーこえー。誠也、盾になってくれよ。お前なら間宮殴れねぇから」


 僕達らしいやり取り。

 これから一企業を相手にするとは思えないやり取りだ。

 僕たち四人はこれからアトフィックという大手の企業に潜り込み、悪事を暴くための証拠を盗み出す。

 失敗すれば下手をすれば刑務所、よくても世間に報道くらいはされるだろう。

 そんな危険しか伴わない作戦を前にして僕らはこうしていつも通り笑っている。


「さあ、行こうか!」


「「「おぉーっ!!」」」


 僕の掛け声に三人が掛け声と共にグーを天に向ける。


 僕達の作戦はこれからだ。


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