22話
「彼方ちゃんまで……ホント二人とも落ち着いてちょうだい」
「そうよ、佐渡も水無月も落ちつきなさい。さっきも言ったけど、今の状況じゃお父様に言っても天王寺家の後ろ盾も得られないのよ。失敗したら訴えられて、おしまいよ」
間宮さんと奏ちゃん、今回の作戦会議の要である頭脳派二人が代表して、意見を述べる。
「間宮さん……僕は落ち着いてるよ。落ち着いてこんな発言をしてる。天王寺家の後ろ盾のことも、相手の大きさも、僕なりに理解してる……」
「天王寺さん……確かに今の状況じゃ天王寺家の後ろ盾も受けられなくて、失敗したら私たちの人生が終わってしまうかもしれません……」
「「でも……」」
彼方ちゃんと目を少し横に向けて意思を疎通する。
「「これ以上これから困るかもしれない人と、今困ってる人を放ってはおけない(です)!!」」
僕と彼方ちゃんの口から同じ言葉が発せられた。
「僕達が今こうしている間にもアトフィックのことで苦しむ人が増えているかもしれない」
「私たちがこうしている間に、すでに巻き込まれてしまった人たちが泣いているかもしれない」
「「僕(私)にはもうその人たちを放っておけない(ません)!!」」
僕らがこうして作戦を考えている間にもアトフィックが不幸な人を増やしているかもしれない。
すでに巻き込まれた人が流す涙の量が増えているかもしれない。
それを知っていて、わかっていて、無視することは僕にも、彼方ちゃんにもできない。
バカだ。バカな人だ。そう、僕らを笑う人もいるだろう。
何の力も、優れた知能も、特出した何かがあるわけでもない僕らの言うことをただの無茶で無謀な妄言と言う人もいるかもしれない。
ここにいるみんなも僕らに呆れているかもしれない。
でも、この気持ちはもう抑えきれない。
「さっきも言ったけど、これ以上話し合っても意見は出ないと思うんだ。最後にはたぶん、みんなの集中力も切れてきたし、今度にしようとか、相手が隙を見せるまでじっと待つとか、そういう感じになると思う。でも、僕はそれじゃあダメだと思う」
「私もです。どうせ出ない作戦なら、どうしようもないなら少し無茶でもやっちゃう方がずっといいです。やらないで後悔するよりもやって後悔した方がずっといいと思います」
僕と彼方ちゃん。二人の意見がこの空間を支配する。
たった二人だけの無茶で無謀な妄言。都合のいい妄想。それだけが僕らの言い分。
「さっきまで出た作戦の中で結局はみんなアトフィックからおかしな部分を証拠として手に入れるってところは一緒だった。その方法として、ハッキング? とかいうのは無理で、一番の可能性は会社自体に潜り込んで会社の内部から手に入れるしかないって言ってた。なら、それでいいんじゃないかな?」
「佐渡……あんた、自分がどんな無茶苦茶なこと言ってるのかわかってるの?」
「……うん。……間宮さんたちほどじゃないにしろ僕なりには理解しているつもりだよ。それがどんなに難しくて、どんなに無茶なことかも……」
少し言葉を区切り、震えそうになる右手にギュッと力を入れて、息を大きく吸う。
「でも、僕はみんなとならできるって信じてる!」
酷い暴論だ。
「今までも、彼方ちゃんの時、奏ちゃんの時、桜ちゃんの時、色々と無茶をしてきた。特に奏ちゃんの時には大きな無茶をしたと僕は思う。でも、僕たちはそれをみんなの力で乗り越えた! 乗り越えてきた!」
証拠も根拠もない空論で、絶対成功する保証なんてどこにもない。
「そんな僕らなら今度もなんだかんだできる気がするんだ! どんなに無茶に思えることもみんなと一緒なら、僕達なら、できるって、僕はそう思う!」
説得力なんててどこにもない。
理想と幻想と妄想をすべて掛け合わせて、良いところだけ取ったような無茶苦茶な暴論。
それを理解しての僕の言葉だ。
僕の、何の偽りもない、心から出た言葉だ。
「……はぁ~あ……。―――酷い暴論……説得力なんてどこにもないわね……」
「全くだ。俺だって無茶苦茶だって思う……」
「アニメやマンガですら使えそうにない理論でござった」
「自分の理想と憧れだけの言葉だったわね……中学生ですらそこまでお気楽な思考は持ってないわよ」
「それなのにあの笑顔ですよ? 屈託のない笑顔ですよね。素敵です……」
「本当におかしな考えです。それなのにどうしてなのでしょう……佐渡様が言うと……」
「「「「「「無茶に聞こえない」」」」」」
みんなが声を揃えて言った。
「ホントおかしな話だぜ。どうして誠也の言うことはこうも安心すんのかね」
「全くねー。なんの説得力もないのに、なんか納得しちゃうのよねー」
「これが人徳というものなのでござろうか?」
「ホントお気楽ね。そのお気楽に私もお父様のとの仲を取り持ってもらったわけだけど……」
「そうだねかなちゃん……私もかなちゃんとの仲を戻してもらったし」
「本当にすごい方です……佐渡さまは……」
「みんな……」
僕の無茶苦茶な暴論に、みんながついてきてくれる。
みんながいるからどうにかなる気がする。
一つ一つの小さなものが大きな塊になる。
「やりましたね! 佐渡さん!」
「うん! 彼方ちゃんのおかげだよ!」
すぐ隣にいる彼方ちゃん今の喜びを分かち合う。
最近、少し離れて行ってしまったように感じられていた彼方ちゃんとの心がまた近づいた気がした。
「で、お二人さんはいつまでそんなに熱く固く手を握り合ってるんだ?」
「え?」
「はい?」
翔くんに言われて僕たちはお互いの手を見る。
彼方ちゃんの手を握っている僕の右手と、僕の手を握っている彼方ちゃんの白く小さな手。
「ごっ、ごめんね彼方ちゃん!」
「わ、私の方こそもうしわけなくーっ!」
急いでお互いの手を離す。
離したはずなのに彼方ちゃんの手のぬくもりが残っていて、なんか落ち着かない。
「あーあ、広志ー、俺らも早くあんな感じができる彼女が欲しいよなー」
「悪いが九重殿、拙者はすでに結婚してるのでござるよ」
「どうせゲームの中でだろー」
「なぜわかったでござるか!?」
お茶らけた感じの二人。
「なんか嫉妬しちゃうよねかなちゃん」
「そうね……今度佐渡にはなにか罰と称して……って! 何言ってるのよ桜!」
「えーっ! 佐渡さんと手を繋いでた水無月さんに嫉妬しちゃうねって」
「し、しないわよ!」
「おー、ツンデレだぁー!」
仲の良いお嬢様とメイドさん。
「間宮様も嫉妬してますか?」
「急に何を言うんですか安藤さん。私は別に……」
「うふふ……隠さなくてもいいんですよ?」
「天王寺家のメイド長って人の心でも読めるの?」
大人な間宮さんと、安藤さん。
「ごめんね! 汗ばんでたよね!? それにさっき緊張して力入れちゃってたし痛かったよね!」
「いえいえ! 私の方こそごめんなさい! ずっと佐渡さんの手を触っちゃってー」
「いやいや僕の方こそ」
「私の方こそ」
なんだか、僕ららしい雰囲気で作戦会議は終了した。