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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 編
132/234

20話

「どう? 落ち着いた?」

「う、うん……。どうにか……ね」


 あのままお互い落ち着かないまま観覧車は地上まで降りきって、ゴンドラから出る際にスタッフのお姉さんに真っ赤な顔を見られながら僕たちは観覧車から降りた。

 正直、落ち着いたといっても、まだ心臓がバクバクうるさいし、呼吸が少し荒い。自分で言ったことなのに、顔から火が出るほど熱い。

 間宮さんもそれは同じなのか、落ち着いた? という言葉からいつものような余裕は感じられない。

 冷静沈着な間宮さんが動揺するほどの言葉を僕が言ったのかと思うと、ますます顔が熱くなる。それも変に取り繕った言葉じゃないのが辛いところだ。


 そんなお互いに落ち着かない雰囲気の中、ただただ二人で無言のまま、夜の少し冷たい心地よい風を受けながら遊園地の出口までゆっくりと歩いていく。


「佐渡、さっきは悪かったわね……」


 少しずつうるさい鼓動が落ち着き始めたかと思い始めたころ、間宮さんが小さくつぶやいた。


「えっと、なにがかな?」

「さっきの観覧車での質問のことよ。かなり意地悪な質問をしちゃったでしょ? だから悪かったわねって」

「さっきのって……僕の大切な人、守りたい人って質問だよね?」

「ええ……我ながらかなり嫌らしい質問だったわ。特に、佐渡には辛い質問だったでしょ?」


 確かに、あの質問を間宮さんからされたときに僕は時間を忘れるほどに悩んだ。

 なにが正解で、なにが間違いで、なにが僕の本心なのか、本当にあの数分の中でぐるぐると思考を巡らせた。


「うん。確かに、あの質問をされた時はすごく困ったよ。正直、何て言えばいいのかわからなかった」

「……」

「でも、今まで考えなかったことを考えるいい機会になったし、たぶん、僕一人じゃどうにもならなかった問題を一つ解決できた。それでけでも僕はよかったよ。それに……なんか安心した」

「安心……?」

「何度も言うけど、間宮さんは頭がいいから何でも知ってるんじゃないかって思うことが多かったんだ」

「そんな……。私だって人間よ。間違いだってするし、わからないことだってたくさんあるわ」

「うん。僕も頭ではわかってたよ。でも、あまりにも間宮さんがすごいところばっかり見せるから、なんかモヤモヤしてて……」


 あの頃の僕は間宮さんがある種のヒーローのように見えていた。

 頭がよくって、僕らが悩んでることをいつも簡単に解くものだから僕には輝かしく思えていた。

 今だって彼方ちゃんの時に僕が長時間頭を悩ませていたことを少し話をしただけで、少ない情報をまとめて一瞬で解決に至った。

 奏ちゃんの時、結果的には失敗に終わった屋敷での出来事も少ない情報と人手、短時間、という悪い状況の中あそこまでやってのけた。

 桜ちゃんの時だって、僕の話を一番早く正確に理解してくれたのは間違いなく間宮さんだ。

 そんな間宮さんのカッコいい姿ばかりを見せられていた僕は間宮さんが何か違うものに見えていた。


「でも、さっきの質問や、今の間宮さんの言葉で間宮さんにもわからないこともあって、心配することもあって、悩むこともあるんだって思えたんだ。たぶん、これで僕はようやく間宮さんと対等になれたんだと思う」


 今までの間宮さんは何でもできるという僕の勝手な幻想、間宮さんならどうにかできるという憧れ、間宮さんなら、間宮さんなら、そんな僕の勝手な思い込みがたった今崩れ去ったのだ。

 僕と間宮さんの間にあった認識できない固く、大きな壁が脆く崩れ去った。


「そう……。でもね佐渡、勝手に憧れてたのはあなただけじゃないのよ」

「え……?」

「私もね、佐渡と初めて会った頃からあんたに憧れてたのよ」

「そんな、間宮さんが僕に憧れるところなんて……」

「あるのよ。私は佐渡に憧れてた。まったく知らない人を助けたいって思っちゃうところとか、なんにもできそうにないのに最後には最善の方法で何とかしちゃうところとか、どんなに悪く扱われても諦めないところとか、そんな全部に憧れてたの……」


 間宮さんが本当にそう思ってるという表情で話す。


「隣の芝生は青いって言うでしょ。きっとそうなのよ。私にあって佐渡にないもの。佐渡にあって私にないもの。お互いがお互いのないものを欲しがって、憧れて、そう思ったからこそ、私たちは出会えたのかもね」


 そうかもしれない。

 僕もそう思った。

 僕には間宮さんのような冷静さはない。

 でも、間宮さんにはそれと対になる何かがない。

 僕には間宮さんのような頭脳がない。

 でも、間宮さんにはそれと対になる何かがない。


 その何かは僕にはわからないけど、きっとそれはわからなくていい。

 わからなくても、僕らは上手くやっていけるんだ。

 これからも、これからも、ずっと。


「あ、そういえば佐渡、さっき私でも心配したり、悩んだりするんだって言ったよね?」


 これで、この話も終わりかな。と、思い始めたころ、間宮さんが少し僕の前に出て背中を僕に向けたまま言った。


「う、うん」

「あのね、私は心配や悩んだりももちろんするけど、もう一つすることがあるのよ。……聞きたい?」

「え……? それはまあ……」


 聞きたくないはずがない。


「嫉妬……よ」


 間宮さんがこちらに振り返りながら言う。


「……え?」


「だーかーらー。嫉妬よ、嫉妬。七つの大罪にもある人間の最も醜いところの一つ、嫉妬……」

「あー、うん。それはわかるんだけど……」

「佐渡、あんたは私をただの友達としか思ってないでしょうけど、実を言うと私はちょっと違うのよ。でも、勘違いしないでね。友達じゃないって言ってるわけじゃないのよ。あと、勘違いしそうだから先に言っておくけど、親友とか、女友達とか、そんな言葉遊びでもないわよ」


 僕がどうにか一瞬で絞り出した可能性が一瞬でつぶされた。


「それじゃあどういう……」


「さすがにそれは言えないけど、そうねえ……嫉妬してる対象を教えてあげる。それはね―――最近佐渡の周りに増え始めた人たちよ」

「……?」


 最近、僕の周りに増えた人。当てはまる人が多すぎる。

 彼方ちゃんに彼方ちゃんの両親、奏ちゃんに、安藤さんや桜ちゃんを含めた天王寺家、奏ちゃんの時に知り合った広志くんの友達数人。他にもちょっとした知り合いならもう少し増える。


 ―――わからない―――


「まあ、佐渡にはいくら考えてもわかんないでしょうねー。わかんないってわかってて言ったわけだし」

「そんなー。ひどいよ間宮さん」

「ふふっ。そんな簡単に教えてあげないわよ。ほら、電車が来ちゃうわよ」

「あ、ちょっと待ってよ間宮さーんっ!!」






「誰が簡単に教えてあげるもんですか。それに、今言ったらなんかずるいものね。アンフェアじゃないわ。だから、ちゃんと自分の力で……ね」






 こうして、モヤモヤした気持ちのまま、今日の遊園地で間宮さんを元気付けよう大作戦は終わりを告げた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 遊園地に間宮さんと行ってから数日が経った。


 間宮さんはあれから僕の家から毎日学校に通い、見張りをしているというアトフィックの黒服対策に講義中以外は常に僕と行動を共にしている。

 僕が無理な時には広志くんか翔君、その二人もどうしても無理な場合は、今度また僕が奏ちゃんの一日執事をするという条件の元、安藤さんに間宮さんについてもらっている。


 アトフィックに間宮さんが契約を守るために行くときも、常に複数人でアトフィックまで行って、間宮さんが出てくる時間の目安を聞いておき、何かあったらすぐに中に入れるように準備までしている。

 奏ちゃんの時同様広志くんがどうやって集めたのかわからない本物と見間違うような銃やメリケンサック、伸縮棒なんかを用意してくれた。

 銃はもちろんあの時と同じように中はきな粉やとりもちだ。


 そんな心が落ち着かない生活のまま、アトフィックに対する作戦会議を繰り返す。最近ではその生活にも慣れてきて、間宮さんも遊園地に行ってから心の余裕が出てきたのか、いつもの間宮さんに戻りつつあった。

 でも、少し生活習慣が変わっただけで問題がないからアトフィックのことも時間が解決してくれるまで待つ、そういうわけにはいかない。

 また、香さんのような可哀想な被害者が出る前に可能性の芽は摘んでおかないといけない。


 そして、今日も講義が終わった僕らはみんなで僕の家に集まり作戦会議だ。


「さてと、今日も作戦会議でもしますかってね」


 翔くんのそんないつものような言葉から会議はスタートする。


「と、行きたいところだが、誠也、一つ聞いていいか?」

「ん? なに翔君?」

「いやさ、ここにいるのって俺ら四人だけどさ、肝心な子にこのことは言ってるのか?」

「肝心な子……?」


 肝心な子。

 子、っていうくらいだから僕らよりも年下の子供。

 その中に当てはまるのは彼方ちゃん、奏ちゃん、桜ちゃん。


「翔くんが言ってるのって彼方ちゃん、奏ちゃん、桜ちゃんのことだよね。でも、肝心な子って? 誰もアトフィックに関係してないと思うんだけど?」

「いや……話の流れから察しろよ。まあ、誠也らしいっちゃらしいけどさ」

「そうね。佐渡らしいわ……。夢中になると周りが見えなくなっちゃうのよね……」

「ホントでござるな……」

「えっ!? 二人まで!?」


 翔くんに続き、間宮さんと広志くんも僕を呆れ顔で見る。


「なあ、誠也。そこまで考えたらわかんねえか? 今お前が言った中で肝心な子がさ」

「う……うん。本当にわかんない……」

「誠也殿。考えてもみてくだされ、答えは最初から一人しかいないのでござるよ」

「答えが一人?」

「さよう。まず、佐渡殿は翔殿が"子"と言ったところからその三人に絞ったのでござろう?」

「うん」

「そこから今回のことをよく知らない人物を一人に絞るのでござるよ。まず、間宮殿を探し時に佐渡殿はこの三人の全員にそのことを言ったと言っておりましたな」

「うん。最初にいつも一緒に途中まで学校に行ってた彼方ちゃんにそのことを話したよ。もちろん、間宮さんが見つかったことも報告済み。それで次は間宮さんを探すのに奏ちゃんの家の力を借りようと思って、その時に奏ちゃんと桜ちゃんにもそのことを話したよ」


 広志くんが順を追って説明してくれそうなので、僕もそれに倣って順を追って話していく。


「うむ。そこまではいいでござるよ。でも、今回の件の本質はそこにはないでござろう?」

「今回の件の本質?」

「はあ~。ねえ、佐渡、今回解決しなきゃいけないことって私を探すことだったかしら?」

「えっと、最初はそうだったけど、今は違うよ……って、もしかして……」

「やっとたどりついたみたいだな」


 安心したというような顔で三人が僕の方を見る。

 さすがにここまで言われてわからない僕じゃない。お膳立てしてくれたみんなの期待に答えなくちゃ。


「えっと、つまり今回の本質は間宮さんを見つけることじゃなくて、間宮さんと香さんが今抱えているアトフィックについてってことだよね」

「正解でござる」

「そこまで考えたなら、俺の言った肝心な子が誰だかわかるよな?」

「そうよね。さすがに佐渡でも……佐渡……? う、嘘よね……」


「ごめん……そこまではわかんないや……」


 みんなの期待には応えられなかった。


「嘘だろ!? 彼方ちゃんだよ彼方ちゃん!!」


 翔くんがやや声を荒げて言う。


「え? なんでここで彼方ちゃんの名前が出てくるの?」

「お前さぁー。奏ちゃんの時に彼方ちゃんに何て言われたか覚えてねぇの?」


 翔くんに言われて色々と思いだしてみるけど、色々あり過ぎて逆に思い当たらない。


「あのなー誠也。また彼方ちゃんに黙ってたら怒られちゃうんじゃねえの?」

「ど、どういうこと?」

「佐渡殿は水無月殿を変なことに巻き込まないように黙っているのかもしれないでござるが、また黙ってると終わってから水無月殿に「なんで私にも教えてくれなかったんですか!!」って怒られるんじゃないかって言っているのでござるよ。我々は」

「どうせ、誠也のことだから奏ちゃんには間宮捜索の時に聞きだされてるんだろうけど、彼方ちゃんには言ってねえだろ」


 翔君たちの言う通り、間宮さんがいなくなったことは彼方ちゃんに言った。でも、間宮さんが見つかったこと以外は何も言っていない。


「それは……言ってないよ。今二人が言ったみたいにせっかく少しの借金を抱えているとはいえ、幸せな生活に戻れた彼方ちゃんを僕の都合で危険には巻き込めないよ」


 彼方ちゃんの家、水無月家はとある事情で決して多額ではないが小さな借金を抱えている。それ以上に不幸な状況をたまたま僕がどうにかできただけで、まだ彼方ちゃんの家は完全に幸せな家族には戻れていないのである。

 そんな彼方ちゃんを僕のせいで変なことに巻き込みたくはない。

 確かに、奏ちゃんの時に僕は彼方ちゃんになんで頼ってくれないんですか!! と怒られた。

 桜ちゃんの時は危険じゃないと僕が判断したから彼方ちゃんにも相談を持ち掛けた。

 でも、今回は違う。今までなんかとは相手が違う。

 相手は大きな一企業で、失敗したらどうなるかわからない。下手をしたら警察のお世話になる可能性だってあるって作戦会議で話になっている。

 そんな危険な賭けのようなことに彼方ちゃんは巻き込めない。

 僕は彼方ちゃんには笑っていてほしいのだ。

 笑ってだけ、いてほしいのだ。


「佐渡、それはあんたの勝手な傲慢よ……。彼方ちゃんだってバカな子供じゃないわ。ちゃんと話を聞いて、そのことの危険性くらい考える頭があるのよ。それなのに佐渡が勝手に彼方ちゃんを下に見て、一方的に守らなくちゃいけないって思いこむのは傲慢っていうんじゃないかしら」


 久しぶりに見た間宮さんの冷静で緊張感の漂う視線。


 でも、間宮さんたちの言う通りなのかもしれない。

 彼方ちゃんだってバカじゃない。間宮さんの言う通り危険を危険としっかりと認識できる頭の持ち主だ。

 それに、僕だって彼方ちゃんに救われている。

 彼方ちゃんの笑顔に、何気ない一言に、そんな小さなこと一つ一つに僕は救われている。

 これだけされていて、僕が勝手に、一方的に彼方ちゃんを下に見るのは間違っている。


「そうだね……。僕が間違ってた……。みんなの言う通りだよ。ありがとう、みんな!!」


 やっぱり僕一人だと、色々と間違う。見失う。見落としてしまう。

 僕はみんながいてくれるから、僕でいられる。


「へへっ。まぁ、いつものことだぜ。お前には俺たちがついてなきゃな!」

「まったくでござるな、拙者たちがいなかったら今頃佐渡殿は打ち首でござる」

「そうね、彼方ちゃんより佐渡の方が心配だわ」


「うん。本当にありがとう」


「ほら、そんなことはいいからよ。呼んで来いよ。お前の仲間たちをさ」

「うん!」


 翔くんにそう言われて、広志くんと間宮さんに見えない手で背中を押された僕は水無月家に向かいながら天王寺家に時間を取れるか連絡を入れた。

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