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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 編
128/234

16話

「それじゃあ、お風呂先にいただくわね」

「うん。僕は後片付けをしておくよ」


 ご飯を食べ終わった後、お客さんである間宮さんに先にお風呂に入ってもらうことにした僕は、使った食器の後片づけを間宮さんがお風呂に入っているという煩悩を振り払うためにいつもよりも時間をかけて丁寧に行うことにした。

 間宮さんはお風呂に行く直前まで「一緒にお風呂入る?」、「覗いてもいいわよ」など、僕を散々からかって行った。

 信頼してくれているからこその冗談なのだろうけど、こっちからしたら冗談だとわかっていても緊張してしまう。

 間宮さんはもう少し他人の気持ちを考えるべきだと思う。


 お風呂場からシャワーの音が聞こえてしまう中、僕は無心に、ただ無心に食器を洗い続ける。丁寧に、いつもの倍の時間をかけて。

 そして、時間をかけたかいがあってか、僕が食器を洗い終わり、水気を飛ばして食器を所定の場所に片づけるのと間宮さんがお風呂からあがってくるのはほとんど同時刻になった。


「いいお湯だったわ。ありがとうね佐渡。久しぶりにゆっくりお風呂に入れて気持ちがよかったわ。シャワーは便利だけどやっぱり浴槽にもつかりたいわよね」


 お風呂からあがって濡れた髪をタオルで拭きながら間宮さんがそんなことを言った。

 そうか、間宮さんはこの件に関わってから家にいられなくなってマンガ喫茶やインターネットカフェでの生活が続いていたからロクにお風呂にもつかることができなかったんだ。

 広志くんの話しだと最近のそういったところはシャワーなんかはついているって言っていたけど、たまにならいいかもしれないけど、間宮さんはそれが何日も続いていたんだ。


「ゆっくり入って来れたならよかったよ。お湯加減もよかったみたいだしね。それじゃあ僕もいってきちゃうね」

「はいはーい。いってらっしゃーい。あと、飲み物もらうわね」

「うん。好きなもの飲んでてよ」


 間宮さんにしっかりと返事を返してから、僕は着替え一式とタオルを持ってお風呂場に向かう。

 浴槽につかり、今までの間宮さんのことを想像してしまう。

 大学で間宮さんから改めて詳しい話を聞いたとき、僕は本当に泣きそうになってしまった。

 少しでも友達の入会届を買う資金を得るために、家を売って帰るべき場所を失い、頼るべき友人にもあまりの事の大きさに安易に頼ることができず、個人の力ではどうしようもない相手を相手にしてしまって、毎日監視をされ、心病む暇もろくにない毎日。

 そんな時間をかなり長い時間過ごしてきたのだ。そのことを考えるとひどく心が痛んで、涙が出そうになる。


「だから僕がしっかりしないといけないんだ。今度こそ間宮さんが何も考えずに僕を頼ってくれるように、どんな問題でも、どんな事件でも、どんな出来事でも、僕に相談してくれるように、そういう人に僕はならないといけない」


 僕は改めて自分の目標の一つを口に出しながら決意を固める。


 数分後、僕はお風呂からあがった。


「おまたせ間宮さん」


 居間で何かをしながら待っているはずである間宮さんに声を掛けながら僕はお風呂場と廊下を繋ぐ戸を開いた。

 しかし、間宮さんからの返事はない。

 おかしいな、と思いながら僕は居間に向かう。


「―――あ、そういうことか―――」


 居間に戻るとそこにはテーブルを支えにして眠っている間宮さんがいた。

 まだ乾ききっていない髪のまま、規則正しい寝息を立てて、なにも心配事などないような安心しきった顔で、間宮さんは寝ていた。

 そんな間宮さんの顔を見て僕は

「ゆっくり眠ってね。……大丈夫、安心していいよ。ここなら安心だから……僕が君を守るから……」

 お風呂場の決意に続いて、新しい決意をすることになった。


 それから僕は間宮さんを起こさないように慎重に移動させて、テーブルなどを片づけてから布団を敷き、その上に間宮さんを寝かせて布団をかけた。

 そして間宮さんの綺麗な寝顔を一目だけ見て、僕も少し前から来ている睡魔に身を任せことにした。




 次の日、昨日の間宮さんを見てしばらく自分を押し殺して、やりたいこともできずにストレスを溜め続けていただろうことや、安心できる日がなかったことやが一切なく、窮屈な日々を送っていたことを改めて実感させられた僕は間宮さんにある提案を持ちかけた。


「間宮さん! 今日は遊びに行こう!」

「……え?」

「だから遊びに行こうよ間宮さん! いつもみたいにさ! カラオケでも、ゲームセンターでも、洋服屋さんでも、どこでもいいよ。間宮さんが楽しめるところにいこ! 僕は間宮さんの笑顔が見たい! 本当の笑顔が見たいんだ!」


 間宮さんがいなくなる前、いなくなった後、その二つに共通して僕は最近間宮さんが心から笑ったところを見ていない気がした。

 もちろん、間宮さんだっていつも僕の言う本当の笑顔で笑っているわけじゃない。人は笑顔と本当の笑顔の二つを持っていて、本当の笑顔っていうのは本当に楽しくて、安心できて嬉しい時に出るものだと僕は思っている。

 その本当の笑顔を、間宮さんの本当の笑顔を僕は最近見た記憶がない。だから見たい。


「いきなりどうしたの佐渡? なんかやけにやる気に満ち溢れてるけど……。それに本当の笑顔って……」

「やる気に満ちてるかはわからないけど、本当の笑顔っていうのは僕がいつも言っている通りだよ。間宮さんが本当に心の底から、こらえることができないくらいの楽しいや嬉しいの気持ちから出てきた笑顔のことだよ」

「いや、それはいつも佐渡が口酸っぱく言ってるからわかるんだけど―――まぁ、今日はアトフィックに行く予定はないし、遊びに行くのはいいとしてどこ行くの? それに今日大学あるわよ?」

「ならよかったよ。あと大学は―――サボろう!」


 僕は確固たる決意をもって間宮さんにそう言った。


「―――あはははははははっ!! あの真面目一本の佐渡が大学をサボり? 高校の時に39度の大熱で高校に来て私たちに強制的に家に帰らされた佐渡が学校をサボり? 面白いわ! 最高よ佐渡!」


 確かに過去に僕は高熱をだし、立つのすらやっとの状態で学校に行ったことがあった。その時は間宮さんの言う通り、翔君と広志くんに両肩を支え上げられて、高熱で力の入らなかった僕は特に抵抗することもできずに保健室に運ばれ、すぐに先生の車で家まで強制的に帰された。

 今思えばなんであんなに無茶をしたのだろうと思う。

 なんて言ってるけど、心の奥底ではなんとなくわかってる。それはきっとみんなに会いたかったから。大切な友達に会いたかったから。

 きっと、ただそれだけの理由。


「喜んでもらえて何よりだよ。それじゃあ善は急げって言うし早速したくして出ようよ」

「あはははは、今日の佐渡ホントに最高だわ。……はあ~、笑い疲れちゃったわ。いいわよ、行きましょ。遊園地でも水族館でも動物園でもどこでも付き合ってあげるわよ」

「さ、さすがに全部は無理かな……。時間的にも……金銭的にも……」

「なによー。そこは「僕に全部任せてよ!」ぐらい男なら言いなさいよ」

「う……。ぼ、僕に全部任せてよ!」


 半ばやけくそ気味に言われた通りの言葉を言う僕。それを見て笑う間宮さん。

 きっと、僕の選択は間違っていない。いつも何かを選ぶときは怖い。間違った時の代償が怖くて不安だ。でも、選ばなくちゃ前には進めない。そんな悪循環の中でいつも僕はみんなに支えられながら一歩踏み出す。

 今回もどうにか間違った選択肢は選ばなかったみたい。

 正直、心から安堵している。

 間宮さんの笑顔が見れて、僕は嬉しい。


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