15話
「それで、結局のところどうするよ。間宮が帰ってきて、はい解決! ってほど事件は簡単じゃねぇんだろ?」
あの後、間宮さんが泣き止むのを待って、それから僕らはこれからの話しをした。
翔くんの言う通り、間宮さんが帰ってきてすべて解決。だったらよかったのだが、そうはいかない。間宮さんが帰ってきたことはことの第一段階にしかすぎないのだ。
これから僕たちは間宮さんの抱えてしまった借金をどうするか。また、アトフィックという会社をどうするか。それについて考えていかなければならない。
一大学生が考えるにはあまりにも大き過ぎる課題。そんな問題を僕らはどうにかしなければならないのだ。友達のために。
「そうねぇ。警察に言って解決すれば一番簡単なんだけどそうはいかないし」
「なんでだ? 俺たち全員で行けばいいんじゃねえの? 一人でダメなら二人、二人でダメなら三人、三人でダメなら四人。四人でダメならあの子も呼んで五人でいいじゃねえか」
「無理ね」
「不可能でありますな」
翔くんの疑問を間宮さんと広志くんが即座に否定した。
正直翔くんの意見に僕も賛成なのでどうしてダメなのかを知りたい。
「どうしてダメなのかな?」
素朴な僕の疑問に広志君が口を開いた。
「まず、相手が大手の大企業であることが問題であります。相手がそこらの中小企業だったらどうにかなったかもしれないでありますが、相手があそこまでの大企業だと信頼度が高すぎて証拠のない我々一個人の話など警察は信じてくれるはずがない」
「それに、もし百歩譲って警察が動いたとして、あそこまでの大企業がそんな危ないことの証拠を簡単にわかるようなところにはおかないわよ。企業の奥の奥にしまい込んでいるでしょうし、証拠もないんじゃ警察はそんな奥まで踏み込めない。つまりどう転んでも無意味よ」
どうやらそういうことらしい。僕らが警察に駆け込んだところでどう転んでも勝ちはない様だ。二人の話を聞くと、今回僕らがどれだけトンデモナイところを相手にしようとしているのかがはっきりと示されて少し不安になる。
相手は今テレビでも取り上げられている大企業。地域の人たちからも人気で、彼方ちゃんたちのような女子高生にも多大な信頼を持たれている大会社だ。
確かにそんな大きな所を相手するのに僕たち四人というのはとても小さい。
でも、だからと言って何もしないで負けるわけにはいかない。
「じゃあ、どうすんだ?」
翔くんの質問に間宮さんと広志くんが頭を悩ませる。
正直、ここまでの話しになると僕もお手上げだ。どうしたらいいのかなんてまるで見当もつかない。
「まず、私たちにある大きな選択肢は二つよ。一つが抱えてしまった借金を返してあいつらに開放してもらう。……まあ、こっちの選択肢は本当にあいつらに開放してもらえるかわからないって問題点もあるけどね。そしてもう一つはあいつらの悪事を暴いてあの会社ごとどうにかしちゃう。こっちの問題点はさっきも言ったと思うけど、証拠ね。肝心の証拠がなくちゃどうしようもないわ。……私たちにとれるのはこの二つ……。あいつらの悪事を知ってて見逃すか、あいつらに無理を承知で戦いを挑むか」
どちら選んでも一筋縄ではいかない。どちらを選んでも戦いは待っている。
それがバイトという戦いなのか、一会社を相手にする戦いなのかという大きな違いはあるけれど、正直、僕の答えは最初から決まっていた。
「そういうわけだけど……どうする佐渡。決めるのはあなたよ。あなたの意見に私は従うわ」
「俺もだぜ誠也。お前がどっちを選んでも俺はお前を信じてる」
「私もでありますよ。使える主君の考えは我の考えと同じであります」
みんなが僕の方を見る。
僕の答えは最初から決まっている。でも、その答えに対しみんなを巻き込むというのはやっぱり怖い。失敗があれば、それはこの選択をした僕の責任になるのだ。
怖くないかと言われればやっぱり怖いし、不安じゃないかと言われれば不安だと言うしかない。それでも、僕はみんなを信じたい。僕を信じてくれると言ったみんなを信じたい。
だから、僕はもう迷わない。
「もちろん。会社相手に戦おうよ! 最初は間宮さんが困ってるっていうところから始まったけど、間宮さん以外にも困ってる人がいる……間宮さんの友達みたいに不幸な出来事で泣いている人がいる……僕はそれをやっぱり放っておけないよ」
僕の答えはこれ以外にはなかった。
困ってる人は助けたい。不安がっている人がいたら声を掛けて不安を取り除いてあげたい、泣いている人がいたら泣き止ませてあげたい。僕は怖がりで泣き虫で、一人じゃ何もできなくて、頭ではわかっていてもすぐに行動できない僕だけど―――
助けられる人は助けたい。
救える人は救いたい。
みんなに笑顔でいてほしい。
この思いにだけは嘘はないし、これからも僕はこれだけを胸に抱いて生きていくだろう。
だって、これがあの人との約束だから―――。
「ま、佐渡ならそう言うわよね。聞くまでもなかったかしら?」
「そんなこと言うなよ間宮。なんだかんだ言って誠也のその言葉を聞かなきゃなんかやる気みたいなのでねぇだろ?」
「そうでありますよ。主の言葉を聞いて初めて我々は動き出せるのでありますよ」
「あはは。そうね……そうかもね」
みんなが僕ん意見に特に反対することなく、むしろ最初から僕の言うことがわかっていたと、言ってくれた。
今回も僕はみんなの優しさに甘えなくちゃいけないみたいだ。
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「間宮さん、帰りに今日の夕食とかの食材を買いにスーパー寄りたいんだけど、帰りに寄ってもいいかな?」
「いいわよ。っていうか、寄っていかないと私の夕食がないんでしょ? 断る理由も断れる理由もないじゃない」
「それもそうだね。それじゃあちょっと付き合って」
あの後、僕たちはとりあえずアトフィックの弱みを握れないか、悪いうわさがネット上でもどこでもいいからないか、などを調べるため少し時間を置くことにした。
幸い、間宮さんの話しだと間宮さんの行動を監視していたという黒服は最初の数日付きまとってきただけで、それ以降は特に監視をしてくることはないらしい。
間宮さんに怖かったりしなかったのか聞くと、間宮さんは普通な感じで「常に見られてるのはもちろん嫌だったけど、あいつらも一日中監視してたわけじゃないし、嫌になったら上手く撒いてたからそこまで気にしてなかったわ」と言っていた。
大手会社に勤める黒い服を着た人たちを簡単に撒けちゃう間宮さんはやっぱりすごいと思う。
なんだかんだ会話をしているうちに僕の言っていたスーパーにたどり着いた。僕の買い物に普段使う場所の一つで、僕はたいていここか大型デパートで買い物をすることが多い。
今回は大学の帰り道だとスーパーの方が近いのでスーパーにした。
中に入ってもうすぐなくなりそうな調味料や、野菜などをいくつか行動して僕らはスーパーを後にした。
買い物の際、間宮さんは僕が野菜を選んだりする度に、「佐渡ってホント大学生ってより主婦よね」とか、「将来私の所にお嫁にくる?」など、僕をからかって楽しんでいた。
こんな何気ない間宮さんとのやり取りが今は楽しい。
「こうでいいの佐渡?」
「ん? あ、そうそう、そんな感じ。あとはみんな同じくらいの大きさに切れば見栄えが良くなるくらいかな。火を通すのにも楽になるし」
大学、スーパーから帰ってきた僕らは少し休憩を取って、いい時間なので夕食を作ることにした。
今日は間宮さんが「何もしないのも悪いし、花嫁修業もかねて手伝うわ」と夕食作りを協力してくれることになった。
夕食を作るから間宮さんはお風呂入ってきちゃいなよ。と彼方ちゃんの時から続く、僕の煩悩との闘いという名の夕食作りで間宮さんがお風呂に入っているということを忘れる作戦は見事に破綻した。
僕も僕で間宮さんがお風呂に入ってるっていうのが気になっちゃうから夕食作ってる間に入ってきて、などとは口が裂けても言えず、間宮さんの言う通り一緒に夕食を作ることになった。
間宮さんに野菜などを切ってもらって僕はその間にご飯を炊いたり、炒め物の準備を始める。そして間宮さんの切った野菜を炒めたり、上手いこと分担をして夕食作りは想像以上に着々と進んでいく。
そして約一時間が経過したころ、夕食は完成した。
「いただきまーす」
「いただきます」
二人テーブルを挟んで座り、手を合わせていただきます。
今日使われた食材を作ってくれた人たちと、この食材たちに敬意を込めて手を合わせる。
そして僕らはほとんど同時に箸を動かし始めた。
「んっ!? おいしい!」
「うん。おいしくできたね!」
料理を一口含むと口いっぱいに料理の旨味が広がった。
一人で食べる料理よりやっぱりおいしく感じる。それが間宮さんも一緒に作ってくれたからなのか、それとも二人で食べているからなのか、はたまたその両方なのかわからないけど、僕はたぶんその両方だと思う。
「やっぱり佐渡は料理上手いわねー。私もこれくらい一人で作れるようになるのかしら?」
「ずっとやってれば間宮さんなら僕よりもおいしい料理とかおしゃれな盛り方とかできるよ。僕はそれっぽくやってるだけだからね」
「んー。でも、料理が上手くならなくても佐渡がお婿に来てくれればそれで解決なのよね」
「またなの間宮さん……。さすがにその冗談は僕でも冗談だってわかるよ」
「えー、私は別に冗談で言ってるつもりはないわよー。本気で将来佐渡と一緒になりたいなーって思ってるわよ」
間宮さんが箸を休めながら言う。
「またまた……。間宮さんみたいな綺麗でかわいい人が僕のお嫁さんだったら僕だって大喜びだけど、間宮さんには僕なんかよりもっと素敵な人がいるよ」
「……はぁ~……」
僕の答えに間宮さんは大きなため息をこぼす。
「やっぱり佐渡には女心がわからないわよね……」
女心って難しい。