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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 編
124/234

12話

 

「それじゃあ詳しい話を聞かせてもらってもいいかな?」

「うん」


 僕たちは今大学の休憩スペースの一角に陣取っている。

 僕はあれからようやくつかめそうな間宮さんの情報が手に入りそうだと翔君たちにすぐに連絡、それからゆっくり話を聞くために彼女と一緒にこの場所までやってきたというわけだ。


「それじゃあ話すね。まず、鈴ちゃんのことなんだけど、たぶん家を見張ってても帰って来ないと思う」

「どういうこと?」

 彼女の言葉に早速疑問を持ってしまった僕は彼女の話を一旦止めて質問に入った。この場に間宮さんがいれば、あとでまとめて質問するからとりあえず最後まで話を聞きましょう。とか言ってくれていたかもしれないが、今いるのは間宮さんを除いた僕達三人。間宮さんのように、話を聴きながら質問事項をまとめるようなことをやってのける自信はない。


「正確に言うと帰れないんだと思う。奴らが家まで押し入ってくるから」

「奴ら……?」

「うん。あの……みんな、アトフィックって会社知ってる?」

「アトフィック? どこかで聞いたような……」


 どこかで聞いたようなその名前を記憶の底から呼び起こす。


「あ! たしかエクササイズかなんかの会社だったよね? ニュースで取り上げられるくらい有名だとかってところだよね」

「あー、あのこの近くに本社があるっているあの会社か。うちのジムでも問題になってるよ。客がみんなアトフィックに流れていくってな」

「うん。その会社であってるよ」

「それで、その会社と間宮さんが関係あるの?」

「うん……あるよ。ううん、正確には私が関係を持たせちゃった……。私のせいで鈴ちゃんが……」


 彼女の顔が不安から不安と恐怖の二つが入り混じったような表情に変わった。

 そのことに僕ら三人の少し顔が引きつる。僕はいつの間にか口の中に溜まっていた唾を飲み込む。その音が妙に耳に届いた。


 それから少しして再び彼女の方が口を開いた。

 その少しの時間は僕の緊張を紛らわせるには十分な時間だったようで、今は少し落ち着いている。

 でも、彼女の口から決して明るい話が聞けるとはとても思えなかった。


「あのね、私……あの会社のエクササイズに通ってたの」

「うん。それで」

「でもね……。ある時、エクササイズの休憩時間にその……おトイレに行きたくなっちゃって、いつものおトイレに行こうと思ってたら運悪くそのおトイレが清掃中で入れなかったの。だから私、少し遠い方のおトイレに行こうと思って、少し迷ったんだけどすぐに見つかって、そこまではよかったんだけど……」


 そこまで話して彼女は顔を俯かせた。

 そのことが僕をひどく不安にさせた。それほどまでに辛い話なのかと、そんなに大きな話なのかと。

 そう僕が考えたころ、彼女は意を決したように顔を上げた。ただ、その顔はとても不安そうで、後悔が見て取れて、泣いていた。本当に辛そうに。

 たぶん、彼女にとってはこのあと話す内容はどうでもいいのだろう。たとえ彼女のやったことがちょっとした気の迷いからの万引きとかのような小さな出来事でも、彼女はきっと今と同じ表情をしたと思う。

 だって、たぶん彼女は―――


「その帰り道で、私聞いちゃったの……。偉い人たちが、アトフィックに来たお客の中からきれいな女の人だけを選んで、攫ってどうこうしてるって話してるの……。それで私怖くなっちゃってすぐにその場を離れなきゃって逃げようと思ったら警備の人に見つかっちゃって、それで……誰にも言わないから許してください。あと、辞めさせてってお願いしたの……。でも、向こうの偉い人が「そんなこと信用できるはずがないでしょう。でも、そうですね、それならこうしましょう。あなたの個人情報の書かれているアトフィックへの入会届、これをお金で買ってください。それだけであなたを私たちは信用しましょう」って言ってきて、それなら私警察に連絡しますって言ったら、「あなたのような一般人と私のような大手の役員、彼らはどちらを信用するでしょうね」って言われて、最後に「あなたにも悪い話ではないでしょう? お金を払うだけで、この状況から解放され、あまつさえ我々と縁が切れる」そう言われたの。でも、その額があまりにも大きくて、それで私、考えさせてほしいってその日は帰してもらったんだけど、毎日変な黒服の人に付けられてて、それを鈴ちゃんが気付いて私に話し掛けてきてくれて、相談に乗ってくれたの。それで鈴ちゃんにだけこっそり事情を話したら、鈴ちゃんが私に任せてって。絶対に助けるからって。それから連絡が取れなくて……。私、私……鈴ちゃんに悪いことしちゃった」


 間宮さんを巻き込んでしまった自分を許せないのだから。

 自分の招いた出来事に他人を巻き込んで、あまつさえ関係のない人に自分の失敗を全部押し付けて、それで自分は何事もないような生活に戻れて、でも、自分のせいで誰かは傷付いて、どうにかしたくても自分にはどうしようもできなくて、せめて自分を裁いてほしい、責めてほしいと願っても、そんな人も、証拠もなくて、そんな自分の悪いところに押しつぶされそうになっているのだろう。

 僕は彼女の気持ちがなんとなくわかるような気がする。


 なにかが起きているってわかってて、それをどうにかしたくて、でも、自分じゃどうにもできなくて、何が起きているのかわかってるのに、それをどうにかできない自分を責めて、そんな思いを僕は何度も味わった。

 でも、僕はそれを超えられてきた。それは友達が―――信じられる友達がいたからだ。

 翔君、間宮さん、広志君。今ではそこに彼方ちゃん、奏ちゃん、桜ちゃん、安藤さんも加わった。

 でも、今の彼女にはそんな友達がいないのだろう。友達はいても、心から信じられる友達が、こんな時どうにかしてくれそうな友達が。


 だから僕は彼女になんて言ってあげたらいいのか、なんとなくわかる。

 だってそれは、あの時僕が言ってほしかった言葉だから、言ってくれてうれしかった言葉だから。


「ありがとう。ちゃんと話してくれて……。うれしかったし、助かったよ」

「お、怒らないの……?」

「うん、怒らない。君はたぶん、誰かに怒ってほしかったり、責めてほしかったんだろうけど、君はちゃんと自分自身に罰を課したんだもん。それにちゃんとその罪を償った。だから僕が、誰かが君を怒る必要がないよ」

「え……?」


 彼女は僕が何を言ってるのかわからないような顔をした。

 まだその顔は泣き顔のままで、不安そうで、後悔で一杯で、辛そうな顔だ。

 僕はそんな彼女の不安や後悔を少しでも取り除けるような言葉を言った。


「だって君は僕たちに今の話しをしてくれた。話さなかったら、きっと誰にも知られないですんだ話を、君は僕らにしてくれた。それは君がいい人だからだよ。そしてそれは同時に君への罰であり、償いだ。君は今まで間宮さんを巻き込んだ後悔の念とかにもみくちゃにされそうになってたんだと思う。それが君の罰、そしてその償いとして自分の罪を僕たちに告白して事態をどうにかしようとした。それだけで、君はもう十分頑張ったよ」


 きっと、これが彼女の言ってほしかった言葉だと思う。

 自分ではない、誰かからの許しの言葉。

 彼女はちゃんと罪を背負って、それを償おうとした。誰かには責めてもらえなくても、誰よりも彼女が自分を責めた。そして自分で自分を罰した。それで十分じゃないか。

 なにもしないより、その方がよっぽどカッコいい。


「あ、ありがとう……。ひっく……本当に……ありがとう……」


 それから彼女はしばらく泣き続けた。

 それが自分のしてしまった罪からなのか、それともその罪を償って解放されたことからの安堵からのものなのか僕にはわからない。

 でも、僕は願う。その涙が、罪を償えたことからの安堵の涙であることを。

 だって、彼女はもう十分傷付いたのだから。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それにしても、ようやく間宮がどうして家に帰っていないのか、ってのはわかったけど、結局は大きく前進したわけじゃないよな」


 間宮さんの家の前まで来たところで翔くんがそう呟いた。

 彼女から間宮さんの話しを聞いた後、とりあえず僕らは予定通り間宮さんの家へと向かった。

 彼女の話しだと帰っては来ないだろうってことだったけど、もしかしたら、ということもあるし、僕らにも情報を整理する時間が必要だった。

 ちなみに彼女はさすがに泣いている女の子を一人にしておくのもなんだと思い、彼女が泣き止むのを待ってから家が近くだというので送って行った。


「そうだね。でも彼女の話しが本当だと、間宮さんは今帰る家がないってことになるよね。それにたぶん黒服を来た人たちに一日中付けられてる」

「そうでありますな。しかも少なくとももうそれが一週間……いくら間宮殿が強い方とはいえ精神的に相当疲労しているはずでありますよ」

「あぁ、でも、俺達には間宮を探す手立てがねえ、どうするよ? 闇雲に探し回るか? 間宮の奴は賢いから俺らの考えてることぐらい簡単に予想して行動してそうだけどな」

「……確かにね……」


 翔くんの言う通りだ。間宮さんは僕らに比べて何倍も賢い。今通ってる大学だって間宮さんは推薦をもらって最初にこの大学への入学が決まっていた。次に僕で次に広志君、翔くんに至ってはかなり無理を通して頑張ってたと聞く。

 そんな間宮さんことだ僕らの考えくらい簡単に予想していそうなものである。


「そういえば、なんで間宮の奴は俺たちを避けてるんだろうな。俺たちって仲間だろ? 真っ先に相談してくれてもいいよな、普通。……もしかしてそう思ってたのは俺らだけだったってのか?」


 翔くんが今さらのような当たり前の疑問を口にした。

 確かに、言われてみれば僕もそう思う。なんでそんなことになったならすぐに僕らに相談してくれなかったのか、どうして僕らを頼ってくれなかったのか、そんなに僕らは頼りなかったのか、そんな考えが頭の中をぐるぐると駆け回り、僕の悪い癖の一つである考え始めたら周りの出来事を完全にシャットダウンしてしまう癖が発動してしまいそうになったその時、広志君が口を開いた。


「おそらくそれは逆でありますよ翔殿」

「逆? どういうことだよ広志。俺にもわかるように頼む」

「つまりでありますな。間宮殿は我らを頼りない、頼れるほどの友達でない、と考えているから我らとの関係を断っているのではなく、我らのことを大切に思っているから、大事に思ってるからこそ我らを巻き込むまいと連絡を断っているのでありますよ」

「てーとなんだ? 間宮はこの事態は俺らには重すぎる。俺らじゃ解決できないって考えてるってのか?」

「たぶんでありますがその可能性が高いと思われる。ただ、勘違いしてほしくないのは間宮殿は我らが信じられないのではなく、大事に思ってるからこそってところであります。けして間宮殿は今までの我らとの関係を悪く思ってはいないのでありますよ」


 確かに、広志君の考えは筋が通ってるし、間宮さんならそう考えてもおかしくないように思う。それに僕も広志君が思ってるように間宮さんが考えてくれている方が嬉しい。間宮さんが僕らとの関係を蔑ろにしているわけでなく、大切に思ってくれているって思ってる方がずっと楽だ。


 でも―――


「俺は間宮がそう考えてるんだとしても納得いかねえよ。たとえ解決出来なくても、どうしようもできなくても、一緒に背負うくらいのことはできんだろ。それを勝手に一人で背負って、自分だけ犠牲になればいいみたいな考え―――俺は嫌いだぜ」

「僕も翔君の言う通りだと思う。確かに僕らは頼りないかもしれない。僕らじゃ解決できない問題かもしれない。でも、それでも頼ってほしかったと僕は思うよ」


 やっぱり僕は間宮さんに頼ってほしかった。必要としてほしかった。

 僕は間宮さんに大事に思われて、大切思われてうれしくないわけではない。でも、だからって間宮さんにだけ辛い思いをしてほしいわけでもない。

 僕は間宮さんに、いや、ここにいる翔君、広志君、ここにはいない彼方ちゃんたちにも、辛いことも楽しいこともみんなで分け合って、お互いを助け合って生きていけるような関係であると思ってほしいんだ。


「だからやろう。たとえどんな手を使ってでも、間宮さんを見つけ出す!」


「おう!」

「もちろんであります!」


 そう心に誓った。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「にしても広志、お前よくそんなの考え付いたな」

「むむっ? さっきの話しでありますか? そのことなら我の考えというわけではないのでありますよ」

「あ? ちげーの? じゃあ誰の考えだよ」

「誰の、というよりは我の愛する二次元の考え方でありますよ。三次元の人間はこの考えを甘い考えだとか、現実じゃあり得ないなんて笑うでありますが、我はそんな甘っちょろい考えの方が好きなのでありますよ」

「なるほどな。そういうことか。俺も同感だわ」

「僕もだよ。どうせなら友達を信じたい……」

「そう言ってもらえて何よりでありますよ。それよりこれからどうするのでありますか? 決意は固まったでありますが、肝心の間宮殿の捜索方法が……」


 僕らの意思が固まったところで広志君が元々の問題について触れた。

 でも、僕はもう問題の答えを出している。


「大丈夫、僕に考えがあるから。二人はこの辺りを探してくれるかな? 僕は行かなきゃいけない場所があるから」

「なんだよ誠也、間宮の居場所に検討でもあんのか?」

「ううん。そんなのないよ。もちろん間宮さんを上回る考えもない」

「ではどうするのでありますか?」


 二人の疑問を浮かべた顔に僕は―――


「僕らだけじゃどうしようもないなら数を増やすだけだよ」


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