10話
それからは特になにかあったというわけでもなく、ただただ当たり前の時間が過ぎた。間宮さんがお風呂から上がった後、僕は逃げるように間宮さんと入れ替わりでお風呂へと身を移し、体や頭を洗って、十分に体を温めてからお風呂から上がった。
僕がお風呂から上がったころには間宮さんは髪を乾かし終えていたようで服以外はお風呂上がりだと感じさせる要素はなくなっていた。
そのことに内心ホッと息を零し、寝るための支度を整える。
ちなみに寝る部屋は同じ居間になった。
僕はさすがにそれは、と言ったのだけど、間宮さんが「なーにー佐渡。私と一緒だと困ることでもあるの。私を襲っちゃうとか」という冗談にそ、そんなことしないよ。と返したら「なら、何の問題もないわよね。それに宿主をキッチンで寝かせて自分が一番いいところで寝るなんて私もごめんよ。大丈夫、私、佐渡は女の子を無理やりどうこうするような屑じゃないって思ってるから」というたった数回のやり取りで僕は言い負かされてしまった。
彼方ちゃんや奏ちゃん、桜ちゃんと女の子と二人でこの居間に何度も一緒に二人きりで寝ているはずなのだけど、僕はいつまで経ってもこの状況に慣れない。
隣で女の子がいるというだけでドキドキするし、なんだかそわそわする。
それが今名前を挙げた三人よりも長い付き合いであるとしてもだ。
結局、僕は僕の体が限界を迎え、眠気に負けてしまうのをただただ待ち続けるという選択肢を取らざる終えなかった。
「……あれ、僕いつの間に……」
気が付けば朝になっていた。
どうやら作戦通り体が限界を迎えて睡魔に負けてくれていたらしい。
隣で寝ているはずの間宮さんの方を見るとそこにはもう間宮さんの姿はなかった。
「間宮さん……?」
もしかして帰ってしまったのかなという疑問を頭に浮かばせたころ、キッチンから声が聞こえた。
「あ、佐渡起きた? 朝食あと少しでできるわよ。食材のことは勘弁してね」
眠気眼を擦りながらキッチンに目を向けると、そこにはフライパンを握る間宮さんの姿。
昨日は料理ができない私への当てつけ? だなんて言っていたけど、キッチンに立っている間宮さんの姿はなんだかかっこよくて、僕に田舎のお母さんと妹を想像させた。
って、間宮さんに対してお母さんっていうのも妹っていうのも失礼か。どちらかと言えば、間宮さんはお姉さんって感じだし。
そんなどうでもいいことを考えながら僕はここの中で今年の夏は田舎に帰らなかったから今度の連休にでも一回田舎に帰ろうかな、なんて思ったりもした。
「もうそろそろ帰らないと芽衣もうるさいしね」
芽衣、僕の唯一の妹だ。
夏休みに帰らなかったことでこの前、長いお叱りを受けた。
本来だったら行く予定だったのだが、見事に桜ちゃんの出来事に夢中になっていた僕はそのことをすっかり忘れていた。
埋め合わせはしないといけないだろう。
「はい。できたわよー」
「ありがとう。ごめんね朝食作ってもらっちゃって」
「いいのよ。泊めてもらったお礼ってことで」
短い会話を交わし、僕はテーブルを用意して、間宮さんは出来立ての朝食を運んできた。
間宮さんの作った朝食は至ってシンプル。食パンに、サラダ、ハムだ。
僕はあんまり朝食をたくさん食べない方なのでこのくらいで丁度いい。
朝食を食べ終わり、間宮さんが大学の前に一旦家に帰りたいからという理由で朝食を取って早々に荷物をまとめて僕の家を後にした。
僕にしては少し休んで行ってもいいのでは? なんて思ったりもしたが、なにやら早い時間の講義を受けるらしく、家に帰ることを考えたらもう出ないといけないそうなので、僕はこれ以上止めることなく間宮さんを玄関で見送ることにした。
「それじゃあ気を付けてね。あと、大学でね」
「はいはい。佐渡、泊めてくれてありがとね。これは洗ってから返すから」
そう言って間宮さんが今まで着ていた僕の服を入れた袋を少し持ち上げる。
「別にそんなことしてくれなくても僕の家で一緒に洗うよ?」
「いいのいいの。自分でできることは最低限やらないとね。……それとも、やっぱり私の着てた自分の服のにおいでも嗅ぎたい?」
「だ、だからそんなことしないって」
「あはははは、わかってるわよ。でも、借りたものくらいしっかりと元の状態で返したいのよ」
「間宮さんがそこまで言うならお願いするよ」
「うん。それでいいのよ」
なんかおかしな会話のような気がするが、それもこの際どうでもいい。
「それじゃあ大学でね佐渡」
「うん。またあとで」
その後、僕は自分の講義の時間に合わせて大学に向かった。
しかし、大学で間宮さんを見かけることはなかった。
それはたまたまなんてことではない。翔君に広志君、その他彼女と同じ講義を受けることの多い生徒全員が間宮さんの姿を今日という一日で見ていないという。
今日はたまたまだよね。家に帰ったら実は予定があったとか、急用が入ったとか、昨日の疲れが出てサボっちゃったとか。
その日はそう思うことは簡単だった。だから僕は間宮さんにメールだけ送ってその日、何も考えないようにして過ごした。
それはなんだか嫌な予感がして仕方なかったからである。
しかし、嫌な予感というのは得てして嫌なほど上手く当たるものである。
それから三日間、間宮さんは大学に、もっと言えば僕らの前に姿を現さなかった。
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「間宮の奴、大学にも来ねえわ連絡もないわだな」
「そうでござるな」
「……」
間宮さんを除いた僕たち三人は今現在大学の休憩スペースに座って飲み物を飲んでいた。
そして名前の挙がった間宮さんだが、翔君の言う通り僕の家から帰ったあの日から姿を現さないどころか、連絡も来ない。
何度か三人で家にも行ったのだが留守だった。しばらく三人で間宮さんの家の前で談笑しながら間宮さんを待ったこともあったが結局間宮さんが僕らと遭遇することは一度としてなかった。
僕は間宮さんに送ったメールを数々を見る。
「どうかしましたか? 体調が悪いならお見舞いに行きます」
「大丈夫? 今日家に行くね。そしたら話そ」
「ねえ、今どこにいるの? 会いたいです」
そんなメールの数々。
見てもらえたのかすらわからないそれらのメールを僕はただただ見返す。
どこか間宮さんを怒らせるような文章はなかったか、おかしなところはなかったか、そんなことを考えながら何度も何度も何度も、同じメールを見返す。
それと同時に間宮さんが泊まりに来てくれた時のことも思いだす。
やっぱり、あの時間宮さんは何か問題を抱えていたんじゃないか。涙を流してたのはゴミのせいじゃなくて、心の問題からなのではないだろうか。
そんな思いがわずかに僕の心に芽生え始めた。
「なあ誠也、今日も間宮ん家行くか? 俺は今日バイトないからオッケーだぞ」
「我も今日は特にイベントもなく、見たいアニメは夜から、ほしい漫画やラノベの発売日ではないので大丈夫でありますよ」
「誠也……?」
「……あ、ごめん。なんの話だっけ?」
「なんだよ。聞いてなかったのか? それともおじいちゃんにでもなっちまったか? 佐渡は少しじじ臭いところがあるからあり得るのが心配だな」
「翔君ったらひどいなー」
「それより、間宮の家行くかって聞いてんだ。どうするよ」
「行こう」
「そういうと思ってたぜ、なあ広志」
「そうでありますな。もはや聞く必要すらなかったでありますな」
そして僕たちはそのままの足取りで大学を後にし、間宮さんの家まで向かった