9話
「間宮さん。どうする? ゲームかなんかする?」
間宮さんの落ち込んでいた理由がわかって安心した僕はさっきまでのようにこのまま黙り込んでいるのもなんだと思い、いつも翔君たちが来るとやるようなゲームを用意した。
「んー。そうねー、確かにこのまんま何もしないってのも暇よね。外にも遊びに行けないし、佐渡の言う通りゲームでもしましょうか」
間宮さんの賛成の意見ももらったところで、僕はいそいそとゲームをする準備を始める。ケーブルをつなぎ、コンセントを指して、コントローラーを用意する。
間宮さんにもコントローラーを一つ渡したところで本体の電源を入れる。
ゲームの起動音と同時に画面が一瞬白く染まり、ホーム画面がテレビに映し出される。
僕は慣れた手つきでホーム画面でゲームの場所を選択してゲームスタート。
「これ二人でやるのはなんか新鮮ね」
「そうだね。いつもだったら翔君に広志くんも一緒にやるもんね。たしかに二人だと少し変な感じがするよ」
今回僕と間宮さんが一緒に遊ぶゲームはいわゆるパーティーゲームの一種でいろいろなキャラクターを操作して相手をステージから落としたり、飛ばしたりして戦うゲームである。
僕はいつもよく使うキャラクターを選択して準備オッケー。間宮さんも少し悩んでから使い慣れたキャラクターを選んだようだ。
ルールはいわゆる残機式。決められた機数を先になくさせた方の勝ちという至ってシンプルなルールだ。
ゲーム開始から少しして残機三機でスタートした僕らはお互いに残り一機まで追い詰められていた。状況からすれば、僕の方が後でラスト一機になったのでダメージが少し少ないくらいだ。対して間宮さんは僕がラスト一機になる少し前にラスト一機になったのでダメージがその分加算されている。強力な攻撃を一回当てることができれば僕の勝ちは濃厚だろう。
しかし、間宮さんの立ち回りが上手い。ラスト一機だから慎重になっているのか、強力な技を上手く躱し、弱い攻撃は最悪食らっている。そのため決定的な一撃を僕は間宮さんに与えることができていない。
そのせいで間宮さんと僕との差はドンドンと縮まっていく。
「くっ、なかなか最後の一撃が決まらない」
「そりゃあ最後の一撃を決めるのに佐渡が大技を狙ってるのがわかってるからね。私だってそれを計算に入れて行動するわよ」
さすが間宮さんだ。ゲームでも心理戦のようなことを仕掛けてくる。その時の感覚で操作している僕とは大違いだ。
でも、ここで僕に絶好の好機が訪れた。間宮さんが少し操作をミスして、無駄な行動を取った。そして僕の強力な一撃を放てる圏内に間宮さんの操作キャラクターがゆっくりと近づいてくる。
僕はその隙を絶対に見逃すまいと強力な一撃を放つのに必要な少しのため時間に入る。あとは間宮さんのキャラが目の前に来たらボタンを離し、攻撃を放つだけ。
「そういえば、ねえ佐渡」
「何かな?」
重要な場面でも会話は忘れない。それくらいは僕にも余裕がある。
「この服……なんかいい匂いね。……佐渡の匂いがするわ」
そんなことを聞いたこともないような色っぽい声で僕に言ってきた。
「……えっ!?」
僕の脳内が一瞬のフリーズ。
「隙ありっ!!」
「あっ!!」
間宮さんのトンでも発言に気を取られているうちに間宮さんが小さなミスを修正、しかも僕に止めまでさしていた。つまり僕の負けである。
「もーう。ひどいよ間宮さん」
試合が終わったところで緊張感から解放された僕は一旦コントローラーを床に置き、間宮さんに抗議する。
「何言ってるのよ佐渡、これも立派な作戦よ。心理戦という立派な戦い方じゃない。卑怯なんて言われる筋合いはないわよ」
「まあ、言われてみればそうなんだけど……」
「それにこの服からいい匂いはするっていうのは本当よ。佐渡の匂いがするし、嗅いでてなんか安心するもの……」
「……」
「あっ、顔真っ赤にしちゃって佐渡、照れてる?」
「っ……!!」
間宮さんの言葉に声にならない声を上げる僕。
こんな恥かしいことを言われたのは生れてはじめてかもしれない。今までにも彼方ちゃんや奏ちゃんに僕の服を一時的に貸していたことはあったが、こんなことは言われなかった。
そんなわけで僕にもちろん女の子からこんなことを言われることへの耐性なんかあるわけもなく、現在顔を真っ赤に染めているわけである。
「そういえば佐渡、明日私が帰った後、佐渡はこの服を洗濯するわけよね」
「え……? ま、まあそうだね。明日は天気も回復するみたいだし、今僕が着てる服も含めて一緒に洗うと思うよ」
「そうよねー。それでなんだけど、今日のお礼に洗濯する前にこの服の匂い嗅いでもいいわよ」
「か、嗅がないよ!!」
一体間宮さんは僕をなんだと思っているのだろう。
それは確かに間宮さんはいつもいい匂いがする。近くにいるだけで鼻に届いてくる花のような甘い匂いがする。さっきのお風呂上りだって僕と同じシャンプーを使っているはずなのに、まるで高級なシャンプーを使ったかのような匂いが鼻孔をくすぐった。
それを考えればあの服にだって間宮さんの甘い匂いがついていてもおかしくはないとは思う。
思うけど、それとこれとは話しが別である。
「そういえば、下着お風呂場の籠の一番上に置いてきちゃった。なにかの拍子に佐渡がお風呂場に入ったら見られちゃうわね。ねえ、佐渡」
「間宮さんは一体僕に何を望んでるの!?」
「あはははははっ!! やっぱり佐渡はいじりがいがあるわねー」
「もう、本当に勘弁してよ……」
「ごめんってば。今日一緒に寝てあげるから許して」
「くぅぅぅぅぅぅっ!! 間宮さんってばーっ!」
こうして台風によって暗くつまらない一日になるはずだった一日が楽しい一日へと変貌を遂げていた。
間宮さんと楽しくゲームしたり、テレビを見ながらいつものように雑談をしているうちに夕方になっていた。
依然として台風の強さは変わらず、雨は土砂降り、雷は轟音、風は暴風とこれでもかという威力を発揮している。
現に今現在も風が窓を壊そうと叩いているし、いつ停電になってもおかしくないような音を響かせているし、雨は小さな音なら簡単に消せるくらいの音を立て、降り続けている。
「それじゃあ夕食を作っちゃうね」
僕はそう言って間宮さんとの会話を一旦切って、慣れ親しんだエプロンを身に纏い夕食の準備に取り掛かる。
「とりあえず野菜炒めかなー。あとはお味噌汁と、ごはん、あとは時間があったら何か作ろう」
冷蔵庫との夕食相談を終えた僕はいつもの手順通りに料理を作っていく。
そして僕が野菜を切っているときに間宮さんがいつの間にか横まできていた。
「器用ねー。私ならこうは上手くいかないわよ」
「そうでもないよ。桜ちゃんとかだともっと上手いし、僕なんかよりも全然早いもん」
「なによそれ。なんにも料理できない私への当てつけ?」
「いや、そんなつもりはこれっぽっちもないんだけど……」
そんな会話をしながらも僕は手を動かし続け、なんだかんだ言って料理を完成させた。
それを間宮さんと二人で談笑しながら食べ、あっという間にすべてのお皿は空になっていた。僕だけでなく間宮さんの方も。
こうもきれいに全部食べてもらえるのはやっぱり気持ちがいい。
「はあ~。おいしかったわー。やっぱり佐渡って女子力高いわよね。女の私より家事全般できるんだから私の立つ瀬がないわ」
料理を食べ終えた間宮さんが、珍しく食べた後すぐに横になるという行儀の悪い行動をしつつ、僕にそう言った。
「そんなことないと思うけど、間宮さんだって僕と同じで大学に通うのにこっちに来たんだし、スタート地点は一緒だったんだからそんなに差はないよ。それより間宮さん、食べた後すぐ横になるのは行儀悪いよ」
間宮さんの分まで食器を重ね、片付けの準備をしながら間宮さんに注意をする。
「いいのいいのー。佐渡しかいないんだし。それともこんな私に幻滅した?」
「そんなことはないよ。僕は間宮さんのいいところをいっぱい知ってる。優しいところ、面倒見のいいところ、頭のいいこと……。他にもいっぱいあるよ」
「なんか照れるわね。……でも、佐渡だっていいところいっぱいあるじゃない。彼方ちゃんのことといい、奏ちゃんのことといい、桜ちゃんのことといい、困ってる人を誰彼構わずに助けちゃうところとかさ」
「うれしいけど、そんなことないよ。たまたま出会って、たまたま事情を知っちゃって、たまたま解決できただけだよ。だから助けたわけじゃない。だからみんなには僕にそんな大きな恩を感じてほしくないよ」
実際そうなのだろう。
僕は今でも思う。みんなが居てくれなかったら僕はどれだけの後悔を背負って生きているのだろうか。どれだけの悲しみを味わっていたのだろうか。失敗してもなお誰かを助ける、助けたいなんて言えただろうか、と。
彼方ちゃんの件、間宮さんが僕にアドバイスをくれなかったら、きっと僕は彼方ちゃんとすれ違っていた。
奏ちゃんの件、翔君、間宮さん、広志君、桜ちゃんに安藤さん、彼方ちゃんがいなければ、きっとあんなに上手くいかなかった。
桜ちゃんの件、みんなに協力を得られなかったらきっと奏ちゃんと桜ちゃんの心の距離は離れたまんまだった。
僕はすべての出来事にたまたま関わって、たまたま解決できた。
僕はこれを自分の実力だなんて思い上がることもできなければ、僕のおかげだ、なんていばることもできない。するつもりもない。
今までも、これからも、ずっと。
だから僕はみんなにそんな僕に対する恩のようなものを感じてほしくない。いつも通り、楽しく笑っていてくれればそれでいいのだ。
そのことをすべて踏まえて、僕は間宮さんにそう答えていた。
「ふーん……。ねえ、佐渡……」
「何かな……?」
すべての食器を洗い終え、エプロンのお腹の部分で濡れてしまっている手を拭きいながら間宮さんのいる居間の方へ耳を傾ける。
「佐渡のそういうところは確かに美徳だけど、いきすぎたらそれはただの自己満足な傲慢よ」
「え……? それってどういう」
こと? と言葉を繋げようとしたところで間宮さんが突然立ち上がった。
「はーあ、なんだか疲れちゃったわね。久しぶりにこんなに遊んだからかしら? 佐渡、またお風呂借りるわね」
「え? あー、うん。それは構わないんだけど、それよりさっきの……」
「それじゃあ借りるわねー」
僕の質問に答えることなく、間宮さんはバスタオルを持ってお風呂場へと消えていった。
そして僕の胸には間宮さんの言った言葉が反芻し、その意味を求めるように頭を悩ませ、ただやるせないようなわだかまりが残ることになった。