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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 編
117/234

5話

「それじゃあそろそろお邪魔するね。夕食の支度とか、宿題とかもあるだろうし」


 あの後一時間ほど彼方ちゃんと楽しいティータイムを楽しみ、時刻がそろそろ六時を回ろうとしていたので、僕は名残惜しくも腰を上げた。


「え!? もう帰っちゃうんですか? ……もう少し居てくださっても大丈夫ですよ」


 そんな僕を慌てて呼び止める彼方ちゃん。

 ただ僕は知っている。彼女が、彼方ちゃんが優しすぎる女の子だということを。他人が気分を悪くするくらいなら、自分が気分を害す方がいいと考えられる、素敵な女の子だということを。

 それ故に、相手を不快にするようなことや、気に障ることを言えないことも。きっと今のこれだって、僕に対する優しさからくるもので、本心では僕が帰ってからやることがたくさんあるはずだ。


 間宮さんがよく言う言葉、「女の子には色々あるのよ」それは女の子である彼方ちゃんにも同じことで、いくら僕が寂しがったところで、悲しがったところで、それを邪魔する理由にはならない。

 だから僕は今日ももう少し彼方ちゃんと話していたかったという本心を押し殺して、腰を上げる。


「気持ちはうれしいけど、彼方ちゃんの両親にも悪いしさ。これから夕飯の支度や、お風呂とかいっぱいあるでしょ? 彼方ちゃんも宿題とかあるだろうし、もうそろそろ彼方ちゃんのお父さんも仕事から疲れて帰ってくるんじゃないかな?」


 即席で思いつく限りのそれらしい理由を並べ立てる。

 我ながら、どれも大して心のこもってないような言葉に思う。

 でも、これでどうにか彼方ちゃんの面目も保たれるのではなかろうか。


「でも……その……あっ! そうだ! 夕食! 佐渡さん、今日一緒に夕食どうですか?」


 必死に何か案を出そうと頭をひねり、僕のことを夕食に誘ってくれた。

 実際、何度か彼方ちゃんの家でご両親と一緒に夕食をごちそうになったり、逆に彼方ちゃんだけが僕の家に来て、一緒に暮らしていた時のように一緒に料理をして一緒に食べたりはしている。

 が、最近その頻度が多くなってきているような気がするのだ。

 前は週に一回あるかないかだった。でも、最近は週に一回は確実に御呼ばれするのだ。それも彼方ちゃんからだけでなく、彼方ちゃんのお母さんからも。

 なんかすごい笑顔で「佐渡君。今夜家で一緒に夕食どうかしら? 佐渡君さえよければ、彼方も食べちゃって……むふっ! ちょっとなにするの彼方! 今大事な……」みたいなことを言われる。

 お父さんの方は僕が食卓に一緒にいると、なんだか複雑そうな顔をしている。一応、僕のことを嫌っているようではないのだが。

 まあ、実の娘の知り合いの男が頻繁に自宅にやって来れば気分もよくないだろう。それに仕事で疲れて帰ってきて一家団欒を邪魔されるのも気分がよくないはずだ。

 僕だって、それぐらいはわかる。


「その提案自体はありがたいけど、最近お世話になりっぱなしだからさ。あんまりご家族に迷惑かけたくないし、やっぱり自分の家で食べるよ」

「そ、そうですか……残念です」


 僕の変わらない返答に彼方ちゃんが明らかに落ち込んでしまった。

 どうするべきだったのか、どう返事をするべきだったのか、今の僕にはわからない。もしかしたら気づかないふりをして彼方ちゃんの言う通り、夕飯をごちそうになっておけばよかったのかもしれない。

 そんな今更過ぎる考えが頭をめぐる。

 でも、今更考えを変えることはできない。そんなのは都合がよすぎる。

 僕は彼方ちゃんの悲しそうな顔を目にしながら、「じゃあね」と、他たった一言口にして部屋を出る。

 足取りの重いまま階段を下り、ゆっくりとため息を吐く。


「……情けない」


 なんて気の利かないやつなんだろう。そう思わずにはいられない。

 そして何十分にも感じられる数秒を得て、ようやく玄関に到着する。

 そこで、僕は異変に気付いた。


「……あれ?」


 なぜだろう。何でだろう。どうしてだろう。

 どうして、さっきまできれいだったはずの玄関がゴミで埋め尽くされているのだろう。

 目の錯覚だと、目をこすり、再び目を見開く。

 が、景色は依然として変わらすゴミの山があった。


「えっと、これは一体―――」


 状況が呑み込めず困惑する僕。

 そこに彼方ちゃんのお母さんが姿をのぞかせた。


「あー、佐渡君ごめんなさいね。さっき大量のごみが出ちゃって今玄関にまとめてたところなのよ」


 彼方ちゃんのお母さんの言葉に絶句する僕。

 だって、さすがにこんな量のゴミがいきなり姿を現すはずがない。

 それに冷静になってみてみれば、明らかにゴミでないものがたくさん入っている。


「そ、そうですか……。なら少し行儀が悪いかもしれないんですけど、窓から失礼しますね」


 玄関がダメなら居間の窓から出よう。そう思って部屋を移動する。


「アー、足が滑って、手が滑って、なんかいろいろなものがスベッチャッタワー」


 あからさまな棒読みで彼方ちゃんのお母さんがよろめき、僕が出口として利用しようとしていた窓の方へゴミたちを放り投げる。

 そしてそのまま流れるように「あ、ここにもゴミ、あそこにもゴミ、全く、最近私掃除サボってたからゴミ屋敷みたいになっちゃてるわね」と言いながら、出口だったはずの窓はふさがれていく。

 そして一分もしないうちに窓はふさがれた。


「……えっと、僕になにを求めているのでしょう?」

「彼方との結婚」


 あまりにも真っすぐに、そして笑顔で即答されてしまい、一瞬黙り込む僕。


「……いや、それはもう彼方さんみたいなかわいい子がお嫁さんになってくれるんなら僕も大歓迎ですけど、そういうのはやっぱり彼方さんの意見も大事だと思いますし」

「そう。ならオッケーね。結納から始めましょうか?」

「話が通じてない!?」


 彼方ちゃんのお母さんからの斜め上過ぎる回答に驚きを隠せない僕。

 なにをどう考えたらオッケーなのか一から、いや、ゼロから教えていただきたい。


「あら? 私は筋の通った話だと思うけど?」


 そう言って彼方ちゃんのお母さんが楽しそうに笑う。

 その笑顔は彼方ちゃんのものとどこか似ていて、やっぱりこの二人が親子なんだと理解する。


「それで佐渡君。夕食、食べってってくれるわよね?」


 どうやら僕はこの人にはかないそうにない。

 だから、今日だけは、今日だけはこの気持ちと、彼方ちゃんのお母さんのご厚意に甘えてしまおう。本当に帰ろうと思っていたし、本当に水無月家のみなさんには迷惑だと思うけど、今日だけは。

 この、彼方ちゃんと一緒にまたご飯を食べたいという気持ちに甘えてしまおう。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 それは、ある秋の暖かな日曜日の出来事。


「ふぁあ~……」


 日曜日だというのに、今日もいつもの癖で朝の七時に目を覚ましてしまった僕は、軽く腕を上に向かって伸ばし、身体をほぐしてから布団を畳む。

 そのあと洗濯をしようと今着ているパジャマ代わりの服を着替えて、昨日のお風呂まで着ていた服とともに洗濯機に放り込む。

 そのまま洗剤を入れ、洗濯機に仕事をしてもらう。


 その間に僕は自分の朝食の準備。

 いつも通り冷蔵庫の中身と今日の朝食の相談を始め、結局いつも通りのラインナップに落ち着く。

 数十分ほどで朝食の支度が終わり、お皿に盛り付け手でテーブルまで持っていく。


「いただきます。―――なんか寂しい……」


 食事前の挨拶をし、自分で作った料理に手を付ける。けど、なんか寂しい。

 最近は本当に誰かとずっと一緒だった。

 彼方ちゃん、奏ちゃん、桜ちゃん、と三人の女の子と少しの間この家で一緒に過ごした。

 一緒に遊んだり、一緒に出掛けたり、家でただ話したり、それだけのことがただ楽しくて、だからこそ、今が寂しい。


 そうこうしているうちに皿の上の食材は姿を消した。

 少し休憩してから皿を持って立ち上がり、キッチンに運んでいく。

 そのまま食器を丁寧に洗い、いつもの場補へと戻す。


 そして食器を洗い終わったタイミングで洗濯機が仕事を終えたようなので、中の洗濯物をベランダに干す。


「……やることがなくなってしまった」


 結局、休日の僕は暇なのである。


「どうしよう……。お昼にやるつもりだった掃除先にやっちゃおうかな? でも、それだとお昼には暇になっちゃうし。翔君たちはバイトとかで忙しいって言ってたし……。どうしよう……」


 どうあがこうと、僕の休日は暇なのである。


「あれ? もしかして僕ってじじくさい……?」


 そんなどうでもいい想像が頭をよぎる。

 今ここに間宮さんがいたらきっと「あれ? 私は前からそう思ってたけど?」とか、言って、いつもの大人びた笑顔で笑うんだろうな。

 とか、考えてみる。


「しょうがない。掃除を先にしちゃおう」


 そう思って腰を上げた瞬間、ことは起きた。

 僕の家のドアが勢いよく開かれ、何者かが家の中に入ってくる。


「目標を確認! 囲め!」


 いきなり入ってきた謎の集団。

 彼らは軍隊衣装の様な格好をし、入ってくるなり瞬時に僕を取り囲む。


「え? え? えっ!?」


 僕の頭は一瞬のうちにフリーズ。

 こんな状況で冷静でいられる人なんて、僕の知っている人では間宮さんか安藤さんくらいだろう。―――いや、さすがにあの二人でも驚くかな?


 そんな場違いにもほどがあることを考えている間に軍隊服を着た怪しい集団はどんどん詰め寄ってくる。

 唯一の逃げ場だった窓も塞がれてしまい、万事休す。


「今だ! かかれ!」


 リーダーらしき人がそう命令を出した瞬間、他の人全員がハンカチを持って僕に飛びかかってくる。

 そして僕はここで、


 意識を失った。


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