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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 編
116/234

4話

 ピーンポーン


 今日の大学のすべての講義が終了した僕は、家に帰ってきてから彼方ちゃんに今日遊びに行かせてもらってもいいか、というメッセージを送り、その返事が返ってきたので早速彼方ちゃんの家の前でチャイムを鳴らしている。

 遊びに行くなどとは言っているが、実際は僕の家の向かいの家が彼方ちゃんの家なのでそんなに遊びに来ているという感じではない。ちょっとしたご近所付き合いのようなものだ。


 家がこんなに近いので僕と彼方ちゃんは何かとよく一緒にいることが多い。休日なんかは基本的にほとんど一緒だ。彼方ちゃんがちょこちょこ僕の家に遊びに来ては一緒にゲームをしたり、昼食を一緒に作ってみたり、外に出かけてみたりといろいろしている。

 ただその一方彼方ちゃんが僕とばかり一緒にいるので学校で友達がちゃんといるのかという不安が僕の中には生まれている。

 学校で友達が上手く作れなくて、知り合いで年がそこそこ近い僕と一緒に遊んでいるのだとしたらどうしよう。

 完全に僕が足を引っ張っている。ここは少し無理をしてでも彼方ちゃんには頑張ってもらわないと……

 ここまで考えて僕は自分がまた悪い癖を発動させていることに気づき、首を振って思考を振り切る。

 そんなことをしていること数秒、チャイムに気づいてくれたらしい彼方ちゃんの家の誰の声がチャイムのマイク部分から聞こえてきた。


「はーい。水無月ですけど」


 どうやら声の主は彼方ちゃんのお母さんのようだ。


「こんにちわ。僕です。佐渡誠也です。彼方さんと約束をしてて来たんですけど」

「あ、佐渡君ね。今開けるわ。彼方ー、愛しの佐渡君よー」

「おかーさん! そういうこと言わないでってば!」


 僕の中ですっかりおなじみになりつつある彼方ちゃんとお母さんのやり取り、ただお母さん。本当に彼方ちゃんが嫌そうなのでやめてあげてください。僕なんかと彼方ちゃんじゃ釣り合わないですって。

 そんな口で言ってもまともに取り合ってもらえないツッコミとも言えないツッコミを心の中でしながら、玄関の戸が開くの待つ。


 そして待つこと数分。ようやく彼方ちゃんの家の戸が開き、お母さんが快く出迎えてくれた。


「こんにちわー、佐渡君。とうとう彼方をお嫁にもらいに来てくれたのね。うれしいわ~。さあ、早く連れて行ってあげて、邪魔なあの人は仕事でいないわ。今がチャンスよ。大丈夫、あの人のことなら気にしないで」

「あはは……」


 対面するなりなにやらものすごいことを言ってくる彼方ちゃんのお母さん。僕が彼方ちゃんの家にお邪魔させてもらうときには大体この対応なので僕もすっかりなれてしまった。

 と言っても、なんと返したらいいのかは未だにわからずに苦笑いで済ませてしまうのだが。


「もうお母さん! 佐渡さんに迷惑だからそういうこと言うのは止めてって言ってるでしょ!」


 二階でも僕らのやり取りが聞こえていたのか彼方ちゃんが階段を下りてきて玄関までやってきた。


「えー、だって彼方だって佐渡さんのこと好きでしょ?」

「そ、それは佐渡さんは命の恩人みたいな人だし、私たち家族のことを救ってくれた恩人でもあるから、その……好き……だけど」


 お母さんの質問に顔を真っ赤にしながら律儀に答える彼方ちゃん。

 それをすぐ近くで聞いている当事者の僕も顔が熱い。


「でしょー? ならいいじゃない。お母さん応援するわよっていつも言ってるでしょ? 大丈夫、お父さんならお母さんが黙らせるわ。だから彼方は佐渡さんとイチャイチャラブラブしてればいいの」

「っ!? イチャイチャなんてしないもん!」

「うふふ。ラブラブはするのね?」

「し、しないもん! お母さんのバカ! 佐渡さん、こんなところじゃなんですから上がってください、私の部屋にどうぞ」

「ちょ、ちょっと待って彼方ちゃん! 靴が……!」


 僕と彼方ちゃんの間に立つお母さんを彼方ちゃんが強引に退け、僕の手を引いて、部屋まで誘導してくれる。

 突然のことに靴が上手く脱げずに失礼ながら適当な脱ぎ方になってしまった。本当に申し訳ない。

 そしてそのまま彼方ちゃんに手を引かれ、彼方ちゃんの部屋の中へと足を踏み入れる。


 中は前と大きく変わったところのない、女の子らしいかわいらしい部屋。ピンクを基調としたかわいらしい部屋にはぬいぐるみがたくさん飾られている。その中にはこの前と同じく僕が彼方ちゃんと一緒に暮らしていた時にプレゼントした黒いウサギのぬいぐるみが置かれている。それも、ぬいぐるみの並ぶ真ん中の位置に。

 あんな目立つところに置いてくれているなんて相当喜んでもらえたんだな。と、前と同じく内心ほっこりする僕。


「佐渡さんはそこに座っててください。私は下で飲み物を取ってきますので」


 僕が悪いなー。と思いつつ、彼方ちゃんにお礼を述べ、彼方ちゃんが笑顔で部屋を出たその時、彼方ちゃんが廊下を見て、固まった。


 いや、正確に言えば固まってはいない。なにやらプルプルと震えているように見える。

 何があったんだろう。

 そう思った僕が立ちあがり、彼方ちゃんの方へと行こうとしたときに彼方ちゃんが口を開いた。


「何やってるのお母さんっ!」

「え? うふふ」

「笑ってごまかそうとしないで! どうせ聞き耳でも立ててたんでしょ!」


 どうやら彼方ちゃんのお母さんがドアの前で聞き耳を立てていたらしい。


「ち、違うわよ……。お母さんは佐渡さんが来たから飲み物と、ちょっとしたお菓子でも、と思って持ってきただけよ。彼方の言うような聞き耳なんて……」

「じゃあ私がさっき佐渡さんに告白したのは聞いてないよね?」

「え!? 彼方、告白したの!? ドアの向こうじゃお母さん聞こえなかったけど! ねえ彼方、どういう告白をしたの!? 佐渡君のお返事は!? ああ、もう今夜はお赤飯ね!」

「……」


 無言でお母さんを見下ろす彼方ちゃん。

 あの視線、前に彼方ちゃん歓迎パーティーでお母さんがお父さんに向けていた目によく似ている。彼方ちゃんはどうやらお母さん似のようだ。

 僕が内心でそんなことを考えている中、なんで娘にそんな目で見られているのか本当にわからないらしいお母さんは頭にハテナを浮かべながら彼方ちゃんを見上げる。


「どうしたの彼方? なんでそんな目でお母さんを見ているの?」

「……やっぱり聞き耳立ててたんだね」


 彼方ちゃんの今までに聞いたことのない冷たい声、僕の位置からでは彼方ちゃんの背中しか見えないのではっきりとは言えないが、表情も冷たいものになっているかもしれない。


「……」


 黙り込むお母さん。

 まあ、自分で自分のやっていたことを自白してしまったんだから仕方がないのかもしれない。ただ、同情もできない。


「あら? 電話が……」

「鳴ってないでしょ! あ、こらお母さん!」


 状況が悪いと見た彼方ちゃんのお母さんはその場に持ってきていた飲み物とお菓子だけを残し、なってもいない電話に向かって逃げていった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 彼方ちゃんの家に上がらせてもらってから三十分。まだそれだけしかいないのに何とも濃密な時間を過ごした僕は、ようやく彼方ちゃん二人落ち着く時間を取ることができた。


「すいません母が……。これ飲んでください。お菓子もどうぞ」


 そう言って彼方ちゃんがテーブルを挟んだ僕の正面に腰を下ろしながら飲み物とお菓子を勧めてくれる。

 ここで断るのもなんか悪いので僕は素直に「うん、ありがとう。いただくね」と、言ってから早速飲み物を一口。


 彼方ちゃんのお母さんが持ってきてくれたのは紅茶とクッキー。紅茶からはいい匂いが漂っており、クッキーはその紅茶と合うような控えめな甘さになっていて、とても相性がいい。

 本当においしい紅茶や、その紅茶と合うようなクッキーなんてものは食べたこともないけど、これは素直に相性抜群だと僕は思う。

 そのおかげか自然と手が進む。


「これおいしいね。少し甘さが控えめだけどこの紅茶と合っててすごくおいしいよ」


 黙々と食べているだけでは失礼だと思い、咄嗟に素直な感想を述べる。そんな僕の素人がそれっぽいことを言っているような感想を聞いて、彼方ちゃんは笑顔を浮かべてくれた。

 本当にいい子だ。


「それ、昨日私が作ったんです。おいしかったのならよかったです」


 そして彼方ちゃんの口から放たれる衝撃の事実。

 確かに一緒に生活していた時に料理慣れしているなあ、とは思っていたけどまさかこんな紅茶と相性を考えたクッキーまで作れるとは正直予想外だった。


「彼方ちゃんは本当に料理上手だね。本当に将来のお婿さんは幸せ者だよ。こんなにかわいくて、料理上手な女の子をお嫁さんにできるんだから」


 あまりの衝撃にそんな恥ずかしいことを口にする僕。

 しかし、この時の僕は驚きのあまりそんなことすら気にできていなかった。


「そそそ、そんなことないですよ」


 顔をリンゴのように真っ赤に染めた彼方ちゃんが俯く。


「そういえば、今日はどういったご用事で?」


 二人で紅茶とクッキーを食べること数分。

 紅茶とクッキーの絶妙な組み合わせに驚かされて忘れそうになっていた本題が顔を出す。


「ああ、今朝の体育祭の話なんだけど、翔君たちもオッケーだって」

「……え?」

「え?」


 お互いが頭にハテナを浮かべつつ、向かい合う。


「ごめん。もしかしてみんなは呼んじゃダメだった?」


 今までの感じからして、彼方ちゃんはみんなを呼んだと思ったのだけどもしかして違ったのかな。と内心汗だくになりながら彼方ちゃんに問う。


「い、いえ! そんなことないですよ! ただちょっと驚いただけです」

「驚いた?」

「いえ! 踊っただけです!」

「踊ってないよね!?」


 よくわからないうちに初めて彼方ちゃんとの漫才が成立してしまった。


「えっと、本当に迷惑ならみんなに僕から言っておくけど……」


 みんなには申し訳ないが、僕が早合点したのが悪いのだ。みんなはこんな小さなことで怒るような人じゃないし、誠心誠意話せばきっと笑って許してくれるだろう。


「本当に大丈夫ですから。それより用っていうのはそれだけですか?」

「あー、ううん。それで肝心の体育祭の日程っていつなのかなー。って思って……」

「あー、なるほどです」


 僕の言葉に納得したような仕草を取る彼方ちゃん。


「日程なんですが、再来週の日曜日です。雨の場合はその日次の曜日になります。急と言えば急なんですけど、佐渡さん大丈夫ですか?」

「うん。正直休日はやることなくて困ることが多いんだ。午前中は普段は掃除できない所の掃除とか、普段は時間がかかるから洗えないカーテンとかの洗濯とかあるんだけど、毎週それをやってるとやることなくなちゃって……」


 休日の僕の過ごし方。

 それは朝起きて、洗濯物をして、朝食を取って、掃除をして、することがなくなる。よくて普段は作らないような料理に挑戦するくらいだ。


「フフッ。なんとなくその佐渡さん想像できます」


 そんな僕の想像が簡単にできてしまったのか、彼方ちゃんは柔らかなに笑いながら紅茶に手を伸ばす。

 なんとなく、今のこの現状が、彼方ちゃんが家にいた時と雰囲気が雰囲気が似ているような気がして、僕も小さく微笑む。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 そう思わずにはいられない、楽しいひと時だった。


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