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ホームレス少女  作者: Rewrite
九重翔編
110/234

9話

更新しばらく滞ってしまってすいません。

どうにもリアルのこの時期は忙しいですね。

本当にすいません。どうか見捨てないで!!

 あれから何時間たっただろう。

 俺は今、人気のない林の近くの公園にいる。時間を確認するものがないから今の正確な時間は把握できないが、外は暗くなってきていることから、少なくとも七時を回っていることは分かる。


「……先輩」


 俺はあれだけのことがあったのに、まだ先輩を諦めきれていない。

 あれは嘘なんじゃないか、夢なんじゃないのか、そんな現実逃避の繰り返し、結局俺は未だに現実を受け入れられていない。

 男のくせに情けないとか、もっと現実を見ろ。と、俺の中の少しだけ残った理性が何度も囁く。それを俺は受け入れられない。

 先輩がここに居れば来てくれる、またあの笑顔の先輩と話せる。そんなありもしない夢物語を俺はまだ望んでいる。


「みーつけた」


 そんな時、先輩の声が聞こえた気がした。

 あの優しい先輩の声が聞こえた気がした。

 首を捻って声の方向を向く。そこには……。


「……九重君たら、こんなところに居たんだね。探しちゃったよ」


 佐渡とかいうやつが立っていた。

 どうやらさっきの声は、俺が勝手にコイツの声を先輩の声に変えてしまっていたらしい。どんだけ未練がましいんだ俺ってやつは。


「……なんだよ、なんか用か? 俺は今、見ての通り落ち込んでんだ、手早く頼むぜ」


 コイツを追っ払う精神力すらなくなっていた俺は、らしくもなく、話を聞いてやることにした。


「九重君が突然高校からいなくなったって聞いて、それで探してたんだ。お父さんもお母さんも、弟君も、みんな心配してるよ。……帰えろ?」


 そう言って差し伸べられる手。

 水中で溺れてしまったときに、手を差し伸べられたらこんな感じなのだろうか。

 でも、俺の心はこの手が優しい手であることもわからないくらいに傷心しきっていた。何もかもがどうでもよくて、何にも気にならなくて、とにかくどうでもよかった。


「……。そんなことか、悪いが俺は帰らない。……一人にしてくれ……」


 そう言って差し伸べられた手を振り払う。


「あのさ、先輩さんのことなんだけど……」

「っ!」


 先輩の名前が出て、俺は佐渡を睨みつける。それなのにコイツは俺に笑顔を向けて話してきた。


「……僕、知ってたんだ。噂でだけど、あの先輩の悪いうわさ……。怖い人とどこかのカフェで話してたとか、変な人たちと一緒にいたとか、……僕、知ってたんだ」


 何を言い出すのかと思えば、いきなり懺悔みたいなことを始めやがった。本当に何がしたいんだコイツは。


「だから君に話しかけた。正直、噂程度で君のことを邪魔したくなかったけど、一応伝えたかった。九重君に……知っておいてほしかった」

「……だからなんだよ。それで何がどうなるってんだよ。今更遅えんだよ……。……教えてやるよ、俺はなぁ、今日、先輩の本性を知ったよ。悪魔みたいなやつだった。天使みたいに見えてたのに、一瞬で悪魔に変わっちまってよ。どうだ、笑えるだろ? お前も笑えよ」


 もう完全に自虐心だけで喋っていた。

 何もかもがどうでもいい、どうにでもなっちまえ、どうせ俺は、学校の連中が言うような屑なんだよ。

 そんな自虐だけが頭を埋め尽くしていく。


「佐渡、てめえが本当に俺のことを思ってくれてんだったら笑ってくれよ。俺をバカにしろ、俺を罵れ、俺を……嫌えよ。みんなみたいに、俺を嫌え、そして二度と話しかけるな」


 俺は最後の理性を振り絞ってコイツを拒絶した。

 コイツは俺に先輩のことを忠告してくれようとするような奴だ、きっと学校の連中のような奴ではないのだろう。俺のことを影で笑ったり、バカにしたりするせこい連中ではないのだろう。もしかしたら本当にいいやつかもしれない。だからこそ、だからこそコイツは俺みたいな底辺と付き合うべきではないのだ。

 だからコイツは、きっとこれが最後になる俺の優しさの対象だ。


「笑わない」

「……は?」

「僕は笑わない。君の本気の気持ちを僕は笑わない。絶対に」


 本当になんなんだコイツは。

 なんでここまで拒絶されて逃げねえ。なんで諦めない。

 なんで……。そんなに真っ直ぐな目で俺を見れるんだよ。


「君の気持ちは本物だった、そして大切なものだった。それを笑うなんて僕にはできないよ。もし、その君の大切な気持ちを笑うような人がいるなら、僕はその人を許さない」


 見たこともないような真っ直ぐな目が俺を捕えていた。

 そんな目に見られたからだろうか、それともコイツの優しさに触れたからだろうか、俺は心が少し軽くなった気がした。


「……ありがとよ、お前みたいなのにもっと早く会いたかったわ。そしたら俺の人生ももっといいもんになってたかもな」


 自然と笑顔がこぼれる。まだぎこちない笑顔だろうが、さっきまでの表情に比べたら幾分かましだろう。


「そんなことないよ。これまでが嫌な人生だったなら、これから楽しくすればいい、その中にもしよかったら……僕も入れてよ」

「ホントなんなんだよお前、わけわかんねえ。わかったよ、こんな俺とでいいなら勝手にしろ」

「う、うんっ」


 佐渡はなぜか本当にうれしそうな顔で俺を見た。

 その顔は俺には明るすぎて、眩しすぎた。


「じゃあ、僕は行くところがあるから。九重君も早く家に帰ってあげてね。ご両親や弟君が真剣に君のことを探してるから、お母さんなんて泣いてたし、早く安心させてあげてね」

「ああ、そうするわ」

「じゃあね」


 そう言って佐渡は走って俺の元を離れて行った。


「ありがとよ佐渡。でも、もう遅いんだわ……」


 俺がなんでここに来たのか、それはきっと無意識のうちに死に場所を探していたんだろう。こんな絶望に苛まれ続けるくらいなら、いっそうのこと楽になってしまおうと、考えたのだろう。

 その考えは佐渡と話しても変わらない、むしろ強くなった。

 これからの俺がどう頑張ったってアイツのような明るい道は進めない。

 そんなことを考えながら、俺は近くからたまたま落ちていた手ごろなロープを拾って来て、それを丈夫そうな枝に巻きつける。そして垂れているロープを使って上手く輪っかを一つ作った。


「……」


 何か言って死のうと思ったけど、何も思い浮かばなかった。

 いや……一つだけある。


「先輩……。二葉……葵先輩……」


 最後の最後まで我ながら未練がましい。男らしくない。

 でも、これが俺なんだ。

 砂場の辺りに落ちていたバケツを持って来て、それを踏み台に俺は自殺用のロープに首を掛ける。

 そして首が確かに輪っかに入ったのを何度も確認をしてから、俺は、地面のバケツを蹴飛ばした。


「うっ……!」


 行き先を亡くした俺の体は地面を求めて下に落ちる。しかし、首にくくったロープがそれを止めた。

 一気に呼吸が苦しくなる、息ができないし、声も出ない。少しして意識も遠のいてきた。

 ……やっと死ねるのか。でも、こんな俺を見たら佐渡の奴傷つくだろうな、下手したら泣いてくれるか? はあ、どうせなら、人生をもう一度やり直せるならアイツと友達になりてえな。

 そう思って俺はすべてを諦めたように目を閉じる。



「バカ野郎っ!!」


 誰かの声が聞こえたかと思ったら急に体が宙に浮いた。

 いや、正確に言えば誰かに体を持ち上げられた。少しずつ意識が戻ってきた俺は静かに目を開け、俺の渾身の自殺を邪魔しようとしたおせっかい野郎の面を見た。視界がまだ少しぼやけているが、誰だかはっきりとわかる。


「……なんだ、親父かよ。げほっ……げほっ。それに母ちゃんと、駆か……。なんだよみんな揃いも揃って」


 身体が足りない息を欲しているからか咳が止まらない。


「なにが、なんだ、だ。バカ息子っ!」

「ホントよ、何やってるの翔っ」

「兄ちゃん心配したんだぞっ」


 ようやくちゃんと見えるようになってきた俺の目には泣いている親父と母ちゃん、それと駆が見えた。


「……なんで泣いてんだよみんなして」


 心の底からわからなかった。

 なんで親父たちが泣いているのか、俺には見当もつかなかった。


「泣くにきまってるでしょっ! アンタが他校の生徒と喧嘩したって先生から連絡があったと思えば、あんたが急にいなくなったって佐渡君が家に駆け込んできて、見つけたと思ったら死のうとしてるんだものっ! ほんと、何考えてんのあんたわっ」


 母ちゃんが俺の頬をぶった。


「そうだよ兄ちゃん。俺、兄ちゃんが心配で勉強が手に着かなかったんだからなっ」


 駆が俺を怒鳴った。

 そして……。


「……翔。すまなかった」


 親父が謝った。


「なんで親父が謝んだよ。別に俺は家のことが嫌で死のうとしたんじゃねえぞ」

「そうだとしてもだ。俺はお前の不安定な気持ちに気づいてやれなかった。お前が本当に辛いと思ったときに一緒にいてやれなかった。そして終いにはお前が自殺をしかけた。それが俺にはどうしても許せない」


 親父のこんな表情初めて見たかもしれない。そう思うほど、親父は嬉しそうに、それでいてどこか悔しそうに、まるで神様に何かの罪を懺悔するかのような顔で、俺を見ていた。

 母ちゃんと駆を見ても、二人とも親父と似たような顔をしている。


「なあ、なんでお前は自殺をしようとした。なにがお前をそこまで追い込んだんだ」


 親父にそう問われた俺は、今までのことを覚えている限りすべて話した。その最中、俺は何度言葉を詰まらせただろう、何度涙を流しただろう。

 俺が誰からも信用されない話、誰も信じてくれない話、もはや愚痴に近いそんな話を、それでも親父と母ちゃんと駆は、何も言わずに、ただ黙って、俺の拙く、要領を得ない話を聞いてくれた。


「……それで、辛くなって、いっそのこと死んじまおうって……」


 そして俺の話が最後まで終わった。

 何を言われるんだろう。怒られるのか、叱られるのか、怒鳴れるのか、ダメだ、全部怒られる未来だ。


「……ふざけんじゃないわよ」

「え……?」


 母ちゃんが聞き取れないくらい小さな声で何か言った。


「ふざけんじゃないわよって、言ったのっ。誰が信用されてないって! 誰が信じてくれないって! ちゃんといるでしょ! クラスメイトや同年代の友達じゃないかもしれないけど、しっかりいるわよ」

「そうだよ兄ちゃんっ! 俺たちがいるだろ。俺たちはいつだって兄ちゃんを信じてるよ。俺は今だって兄ちゃんが他校の人たちと喧嘩したなんて信じてないよ」

「……母ちゃん。……駆」


 涙が出かけた。というかもう少しで涙が出そうだ。


「いいか翔。お前は誰からも信頼されてないとか、信用されてないと思ってたのかもしれない。でも、覚えておけ、俺と母ちゃん、それと駆はいつだってお前を信じてる。……お前の味方だ」


 涙のタンクが許容量を超えてあふれ出た。

 自分で止めようにも止められない。自分の体なのに、いうことを聞いてくれない。涙がこんなに流れているのに、底を尽きない。とめどなくあふれ出る涙が俺の視界を奪った。

 いや、それだけじゃない、親父と母ちゃんと駆が俺に抱き着いてきていた。

 そうか、俺は誰にも信用されてないとか、信じられてないとか、思ってたけど、ここにいるじゃないか、俺のことを心から心配してくれて、信用して、信じてくれる人たちが。


 『家族』がいるじゃないか。


「……ふっ」


 母ちゃんたちに抱き着かれながら、俺は思う。

 さっきまであんなに傷心しきっていた俺の心を癒し、死のうとした俺を最後のところで一旦とはいえ、引き留め、俺たち家族を救ってくれたのは間違いなく……


「あんがとよ。……佐渡誠也」


 佐渡誠也だ。


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