2話
「おつかれっしたー。お先失礼しますっ」
「おうっ。明日も頼んだぜ」
「おっす!」
仕事が終わり、先輩たちより先に現場を後にする。
時刻は既に八時を回っている、辺りはもう真っ暗だ。
等間隔で街灯が置かれているが、田舎だからなのか街灯は少なく、変に薄気味悪い。
これならいっそうのこと街灯がない方がマシにすら思える。
話しによれば東京の方はこんな時間でも外は昼の様に明るいと聞くが本当なのだろうか。
正直、この現状を見ると全く信じられない。
「いつか東京行ってみてーなー」
そんな夢みたいな独り言を呟きながら、家への道を急ぐ。
「たでーまー」
「おかえりなさい翔、今日もお疲れさん」
「おーう。それより母ちゃんふろー」
汚れた作業着を洗濯機に放り込みながら母ちゃんに風呂の催促する。今日も汗をたくさん掻いたので早く風呂に入ってすっきりしたい。
「今、お父さんが入ってるからその後に入んなさい。母さんは最後でいいから」
「わかったー」
風呂は親父が使用中のようだったので、居間で親父が風呂から上がってくるのを待つことにする。
ちなみに俺んちは部屋が三部屋しかない。親父と母さんの寝室、俺と弟の駆の部屋、そして今いる居間だ。
もちろんトイレや台所はちゃんとある。共同ではない。
「あ、兄ちゃんただいま」
「おう、なんだ駆。また勉強か?」
「うん。僕は○○高校行きたいからね。そのためには少しでも勉強しないと」
「そうか。まあ頑張れよ」
弟の駆は俺とは違う高校に行きたいらしい。
中二のくせにもう進路を気にしている。俺なんてこの時期は好き勝手に遊び歩いていたって言うのに。
俺の通う高校は偏差値は決して高くない、むしろ平均より少し低いぐらいの学校だ。しかし、駆はその何段階も上の高校を狙っているらしい。
まあ、俺の弟にしては俺と違って、勉強ができるやつだからどうにかなるだろう。
「それよりこの前のテスト見てよ。九十八点っ」
「マジかよっ!? すげーな。俺なんてこんな点数見たことねえよ。一桁ならあるけどよ」
「褒めてくれるのはありがたいけど兄ちゃん。……さすがに一桁はヤバいよ」
駆も中学はさすがに俺と同じ所に通っている。
だから勉強する内容は同じはずなのだが、点数には天と地ほどの差があった。
まあ、駆は成績がいい代わりに運動方面は全然できない。通知表も体育だけはたまに四が取れるくらいにしかできないらしく、いつも長期休暇の前は一人悔しがっている。
かくいう俺は体育だけは毎回五で、それ以外は二か三ばっかりだ。一がないのだけが救いというレベルだった。
運動方面は兄貴の俺、勉強方面は弟の駆。俺たちは正反対のような兄弟だ。
性格だって俺は大雑把、駆は慎重、身長は俺はでかい方、駆は低い方。本当に兄弟のなのかと自分たちでも疑いたくなるくらいに真逆なのだ。
「ちょっと内容見せてみろよ」
そう言って俺は学校の宿題らしき駆のプリントを覗き込む。
「あー。これな。……うんわからんっ!」
「兄ちゃん……それ自信満々に言うことじゃないよ……」
「いいんだよ。細かいことは気にすんな。卒業できたんだから問題なし」
「全く兄さんは……」
「翔ー。お父さんお風呂あがったわよー」
駆と楽しく会話していると、母ちゃんが俺を呼んだ。
どうやら親父が風呂から上がってきたらしい。
「あー。今いく」
そして俺は汗を流すべく風呂に入った。
「いただきまーす」
「はい。めしあがれー」
俺が風呂から上がり、少し遅い夕食の時間だ。
家の夕食はだいたい、いつもこの時間だ。
理由はこの時間くらいしか家族四人一緒に居られないからだ。
朝は俺が新聞配りのバイトで五時頃には家を出ているし、昼は親父は仕事先、俺と駆は学校、母ちゃんは家で同じ場所で食に就けない。
だから夕食くらいはということで、こんな時間に夕食を食べことになった。
「なんだ駆。またテストでいい点とったのか。俺の息子とは思えないな。なぁ、母さん」
「そうですね貴方。私に似たのかしら」
「確かお前もそんなに頭よくなかったような、……すまん母さんっ。嘘だ。母さんは頭脳明晰だったよっ」
「そう? ならよかったわ。うふふ……」
親父と母さんは同い年で同じ高校だったらしい。
だからテストの点数とかもある程度は知っていたのだろう。
なるほど、俺の頭が悪いのはこの二人の遺伝なのか。
「それにしても翔には本当に悪いことをしてるな。やっぱりお前も遊びたいだろ」
「別にー。そんなことねえよ。クラスの連中より少し早く大人になったってだけだ。むしろ俺にはこっちの方が性に合ってるんだよ。勉強は駆に任せた」
「そうは言うけど、翔だって好きなことぐらいあるでしょ? たまにならいいのよ? バイト代だって少しぐらいは自分のために使いなさい」
親父と母ちゃんがやたらと俺の心配をしてくる。
まあ、親父の言うとおり、遊んでるだけでいいなら俺だってもちろんそっちの方がいいし、楽だ。
でも、何度も言っているように俺は今の生活を気に入っている。嫌な勉強に本腰を入れるくらいならこっちの方が性に合っている。
バイト代だって、一応少しは俺も貰っている。
その額に不満もない。
「いいんだよ。少しは俺だってもらってるし」
「でもね……」
「そんなことより母ちゃん飯おかわり。足んねえわ」
「あ……わかったわ」
母ちゃんは何か言いたそうにしながら台所へと向かった。
そして次の日。目覚まし時計の音で目が覚める。
駆を起こさない様にすぐに目覚ましを止めて、居間に向かう。
居間には、すでに俺が家を出る準備を終えている母ちゃん。
挨拶もそこそこに顔を洗いもせず、眠気眼を擦りながら玄関へと向かう。
「それじゃあ行ってくるわ」
「はいはい。いってらしゃい」
玄関を出て、その足で新聞配りのバイト先へと向かう。
まだ早朝だからなのか、外もやや薄暗いし、肌寒い。
そんな中をバイト場所まで歩き、ようやく新聞配りのバイト先へと到着する。
「おはようございまーす」
挨拶と共にドアを開け、中に入る。
「おはよう九重君。毎日頑張るねえ。若いのに大変だね」
ここで一番年配の方が俺にそんなことを言う。
まあ、いつものことだ。
「そんなことないですよ。それより今日の俺の分はどこですか?」
「あー、九重君の今日の分はあっち、それじゃあ今日もお互い頑張ろうか」
「へーい」
返しも適当に俺は自分の分の新聞紙を持ってきて一番近くの最早、定位置となっている場所に座り、そこで自分の分の新聞をまとめる。
ここの新聞配りの会社では、配る前に雨の日などには自分たちで新聞をぬれたりしない様にビニールに入れたりする。
今日のような晴れの日は特に何もしないで持っていくことができるのだが、今日は少し時間があるので少しここで一休み。
眠気を払うために近くの自動販売機でコーヒーを買って来て飲む。
わざとブラックを選んだおかげか、苦さで目が冴えた。
「それじゃあ九重、行ってきまーす」
「はーい。気を付けてねー」
出ることを一応声にだし、バイト先を後にし、ここで借りられる自転車のサドルを跨ぎ、漕ぎ始める。
風を切りながら自転車を漕ぎ、慣れた手つきで自分の担当場所に新聞紙を入れていく。
最初の頃は地図を貰っても全然理解できなかったりで大変だったが、今はもう暗記している。
そして最後の担当場所を回り終わり、たくさんあったはずの新聞紙も全部なくなった。
朝のバイトは終了だ。
「……ふう。さて、今日も学校か……」
学校に行くことに若干嫌気をさしながらも、自転車を漕いでバイト先に戻る。
「終わりましたー。それじゃあ自分、学校ありますんで失礼します」
バイト先に戻るなり、会話もすることなく、終了の報告だけをして俺は今日も学校へと向かう。