出逢い
『次は新影~、新影です』
高2の秋。帰宅ラッシュが激しい満員電車の中で、私は貴方に
…一目惚れをした。
『新影~、新影です。お降りの際は足下に注意をして下さい』
貴方は肩に担いでいた鞄をずり落ちないようにもう一度担ぎ直し、開いたドアに向かって歩を進めた。
…此処で降りるんだ
私はラッシュと共に消えていく貴方の後ろ姿をずっと見つめていた。
…貴方にこの想いを伝えたかったから
私立鷹坂高等学校。
街中に立っている、普通の私立校だ。
そして私、佐々木京香の通っている高校でもある。
「京香~、今日一緒に帰ろう?」
夕暮れ時。また帰宅ラッシュが始まる時間帯だ。
「あ、うん。良いよ」
窓際の私の席に、友人の立花八重が寄ってくる。
私は急いで机の中を片付け、八重に微笑み掛ける。
八重は私が窓の外を見ていた事に気付いたのか、
「…また例の彼、探してたりしてる?」
少しいたずらっぽく言ってきた。
「そっ、そんな事は…っ」
心中を言い当てられて動揺する私に、
「もしかして図星だった?京香慌てすぎ」
八重は可笑しそうに笑う。
「別に慌ててなんか…。もう良い!一人で帰る!」
「えっ、ちょっ…京香っ!」
勢いよく席を立つ私に、八重は少し動揺し、
「ゴメンって…。ただちょっと、からかってみたかったから…」
謝罪してくる。
私はため息をつき、それでも何だか嬉しくて笑みを溢しながら、
「じゃあ、教室から駅までどっちが早く着くか競争しよ?私の方が早く着いたら、今日は一人で帰るから」
何気なくそんな話題を切り出してみた。
八重は頷き、
「良いよ!絶対勝ってみせるんだから…!」
冬服の袖を捲り上げ、走る態勢をつくる。
「じゃあいくよ。よ~い…ドンッ!」
号令と共に教室から八重と私は勢いよく飛び出した。
八重の足は速く、どんどん差がついていく。
学校から出て駅に向かう道中、私は息切れが苦しくて足を止めてしまった。
ふと隣を見ると、何時も何気なく通っている本屋が見える。
…参考書、そろそろ買った方が良いのかな
自然と足が本屋に吸い込まれ、店内に入ってしまう。
「いらっしゃいませ」
店員の明るい声。
何処となく落ち着く。
…と、隣を何処か懐かしい面影をもった人が通った。
反射的に振り返る。
「………っ!!」
私はその人の姿を見て言葉を失った。
その人があまりにも、あの時に一目惚れした男子校生に似ていたから…
私は店を出て行こうとする彼の後を慌てて追った。
彼は私が向かおうとしていた駅の方向へと歩いていく。
彼の歩く速さがあまりにも速いため、彼の後ろ姿を追うのに精一杯で、制服や顔などをはっきり確認することが出来ない。
彼が足を止めたのはやはり、駅の前だった。
…やっぱりこの人は、あの時の……
高鳴る胸。身体が熱くなるのが判った。
私はホームに入って、改めて彼の姿を確認して驚愕した。
………彼じゃない
私が追っていた彼は、あの時の男子校生が着ていた制服じゃないのだ。
…あの服は、私と同じ鷹坂校の…
そこまで考えていたら、急に両肩に重みが掛かった。
振り返ると、
「八重!」
「京香遅すぎでしょ。私の勝ちだね♪」
八重が満面の笑みで立っていた。
八重は私の異変に気付いたのか、
「…何かあったの?」
眉を吊り下げて、聞いてくる。
私は首を振り、
「何でもない!ちょっとボーッとしてただけだから気にしないで!」
出来る限りの笑顔を返した。
結局この日、捜していた彼の姿を見る事なく、私より早く下車する八重を見送り、私は座席に腰を掛けた。
今日は何時もより空いていて、簡単に座席につけるくらいだったので、先程まで立っていた一目惚れの彼によく似た男子校生も座席の方へと向かってくる。
そして…
「……っ!!」
偶然私の隣に腰を下ろした。
別に一目惚れの彼の訳じゃないのに何故か鼓動が早くなる。
…もしこの音が隣の彼に聞こえてたらどうしよう
私は脳内が半分パニック状態に陥っていた。
そのため制服のポケットから取りだそうとした携帯が床に落ちてしまった。
「あっ」
慌てて携帯を拾おうと手をのばすと、私の手の横を少し筋肉質な腕が通り、携帯を掴んだ。
「…え」
身体を起こし、隣の彼を見る。
彼は無表情のまま、掴み取った携帯を私に差し出す。
「…えと、有難うございます」
私はお礼を言い、携帯を受け取った。
瞬間、彼の頬が一気に赤く染まる。
「…あの?」
不思議に思い、彼の顔を覗こうとするが、彼は完全に余所を向いてしまい、中々見る事が出来ない。
暫く考え、彼が赤くなる理由について少し心当たりを見つけた。
…そう言えば私が携帯を受け取る時、一瞬だけど指が触れあったっけ
私はもう一度彼に声を掛ける事にした。今度はちゃんと会話として…
「あの…、鷹坂校の人ですよね?」
私の声に反応して彼は頷く。
「えと、な…何年生ですか?」
気まずい雰囲気にしたくなかったため、私は必死に会話を続けさせる。
彼は口を開き、
「…二年。二年A組」
小さく呟いた。
「二年A組って…」
私と同級生だ…。しかも私はB組だから、隣のクラス…!?
私が驚いている最中に放送が掛かる。
『次は新影~、新影です』
その放送と共に彼は立ち上がり、ドアが開き掛けていた時、私の目を見て言葉を発する。
「浅倉壮介。お前の事は大分前から知ってた。兄貴だけには絶対に…」
そこまで言ってドアが閉まりそうになり、彼は急いで降りていった。
その場に残された私は、彼の発言が頭に残り、ただただ呆然と立ち尽くすほかなかった。