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 夕陽の街

 相馬蓮見そうまはすみは、相対する夕日を避けようとサンバイザーを下した。仕事を終え帰宅する車でごった返していた大通りに、蓮見の車も合流する。


 白や黒の車が多い中、蓮見の真っ赤なスポーツカーは、一つだけ早熟したトマトのように目立っていた。蓮見の隣に座った少年は、歩道に行きかう人の群れを眺めている。蓮見は少し残念そうに、紺のブレザーを着た少年に話しかけた。


「本当にこの辺りで良いの?」


「寄りたい所があるんです」


 少年はそう言うと、ウェーブ掛かった長い前髪を、鬱陶しそうに指先で避ける。しかし、窓から入る風が髪を乱し、何度分けても眼前に張り付いた。


「切ればいいのに」


 蓮見の意見を気にした様子もなく、少年は無言で風から逃れようと車窓を上げる。助手席に深く腰掛け、ドアに顎肘を付く少年を、蓮見は懐かしい気持ちで垣間見ていた。


 言葉数は最小限。鋭い瞳は長い前髪に隠され、心理を量る事も叶わない。人を安易に寄せ付けない雰囲気は、一見冷たい印象を与えた。蓮見が探偵倶楽部の部長をしていた当時から変わらない容姿と風貌だが、彼が誰よりも思慮深く、先を読む力に長けている事を、蓮見は入部当初から見抜いていた。


 眩しい程の西日に照らされ、少年の黒髪が熟れたオレンジのように煌く。神秘的で謎めいた少年に蓮見は、神々しい輝きでも見たかのように目を細めるのだった。


「大崎君の寄りたい所って、あの書店でしょ? 学校帰りに、よく行ってたわよね」


 大崎と呼ばれた少年は、少し驚いた表情で相槌を打った。


「ええ」


「やっぱりね」


 何でもわかるのよと言わんばかりに蓮見は微笑むと、書店近くの車道に車を寄せる。


「今日は、ありがとうございました」


 大崎レイ(おおさきれい)は鞄を持つと、車のドアを開け歩道へと降り立った。ドアを閉めると、大きく深呼吸した。するとすかざず助手席の窓が下りた。蓮見は運転席からいたずらっぽく笑う。


「大崎君、緊張してたでしょ?」


「え? そ、それは……。まあ」


 見透かされていたことに、あっさりと観念する大崎を見て、蓮見は少し寂しそうな顔をした。

 

「ちょっと変わったね。大崎君」


「そう……。ですか?」


「そうよ。でも今の大崎君も、嫌いじゃないかも」


「え?」


「またね、大崎君」


 ポカンと口を開け固まる大崎を尻目に、蓮見はそれだけ言うと真っ赤なスポーツカーを再び走らせた。大崎は頭を掻きながら蓮見の車を見送った。


「まいったな」


 卒業以来一年ぶりに再会した先輩が、ずっと大人に見えたのだから、大崎が緊張するのも無理はない。大崎もこの一年で自分が変わったことは、彼自身が一番感じていたことでもあった。


「どけ! 邪魔だ! どけって言ってんだろ!?」


「きゃああああ!」


 大崎が書店に入ろうというその時、悲痛な叫び声が聞こえ、大崎はハッとして振り向いた。歩道にいた人波が、恐怖から逃れようとあっという間に左右に切り裂かれる。頭一つ飛び出た長身な男が、物凄い形相で大崎のいる方向へと迫っていた。


「待て!」


 その後ろに警官の姿が見受けられる。他にもスーツを着た男達が人込みを掻き分けながら、長身の男を追っていた。


「あの男……。どこかで」


 膝の敗れたジーンズを履き、縺れる足を引きずりながらも逃げる男に、大崎は見覚えありと記憶を探った。


 大崎まで数十メートルという所で、体力に限界を感じたのか、男の足がピタリと止る。そんな中、一人の幼い少女が、母親の手から離れ人込みに押され転倒した。男のぎらつく目が、恐怖に引きつる逃げ遅れた少女へと向けられる。その手には、夕日を受け金色に輝く刃物が握られていた。


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