3章:馬鹿になるほど君が好きだ。
3章:馬鹿になるほど君が好きだ。
あの日、初めて彼女を見た時、彼女を助けたのは本能なんかじゃない義務感だ。
人の命をどんなことがあっても見捨てない、そう決めていた僕が出会った初めての命の危機。今まで頭の中で、何度も想像したそんな状況が僕の目の前で初めて起こった。
だからここで彼女を見て見ぬふりをすれば、僕は僕でなくなる気がした。
全てが嘘になって、僕が偽物になってしまう。
僕は僕の正義を守らなくてはいけない。正義をかざすことで、僕は初めて行動できる。
だから僕は正義を失ってはいけない。そうじゃなければ僕は僕でなくなる。
何を犠牲にしようと、誰からも理解されなくても、僕は僕の正義を貫く、長いものに巻かれない、一時の感情に流されない。「絶対」というものを持った揺るがぬ正義。
その不倒不惑の僕の正義が今揺らいでいる。
彼女を受け止めたあの時、最初に感じたのは彼女が無事だった事の安心感。
でもすぐそのあとに僕の頭の中は受け止めた体が柔らかくて、甘い匂いがした驚きで、腕に走る痛みを忘れていた。彼女の体は同じ人間とは思えないほど軽くてやわらかく細い。
そんな事で彼女を僕は好きになった。一目惚れだ。
いや、僕はいつだって一目惚れだ。すぐに誰かを好きになる。
でもいつも僕はそんな自分自身で否定する。
僕はそういう浮ついた人間なんかじゃない。僕は人を好きになるのが怖いんじゃない。
僕には夢があって、その為に僕の正義を貫き通し、そういう人間の感情はすべて捨てる覚悟をした。
一歩が踏み出せないんじゃない。道を踏み外さないだけだ。
そう思い込もうとして、実際そう思っていた。
そんな僕を変えてくれたのは彼女の言葉、僕の事を「好き」だという言葉
僕は弱い人間、そしてひねくれた人間、人の善意には必ず裏があるとそう常に考える。
だから人の嘘には敏感に気づける。なのに、あの時出会ったばかりの僕の事を好きだといってくれた彼女の言葉に嘘があるとは到底思えなかった。
あの時如月君が見ていなければ、僕は勢いに任せて、抱き着いてきた彼女を抱きしめていたと思う。それほど彼女は衝撃的で魅力的だった。
あの時僕は彼女の名前も、性格も、何も知らない。
知っているのは顔と匂いと、彼女の感触。そして何より「好き」という言葉。
体目的そう思われても仕方がない。
如月君は陽菜の事を電波女だといっているが、僕にはそうは思えなかった。素直で感情的な子。
ずっと引きこもっていた彼女が僕の事を追いかけるために勇気をもって一歩を踏み出し、全力で好きだといってくれた。そんな彼女に僕は今メロメロだ。
遠野大和は空っぽな人間だ。彼女に出会うまで、本当に何もない人生を歩んできた。
思い出せるほどの感動的でもなければ、想い出したくない悲劇もない。
浅く、薄く、目の前の全てに興味が持てず、全部現実だが、全部に必死になれないから実感がないそういう日々。
つまらない世界なんて言うつもりはない。きっとつまらないと思っている誰かの感動も、形から入っていくうちに、自然に本当に楽しくなるんだと思う、自分が歩み寄ろうとしないだけ、自分が変わる事を恐れ、自分の檻から出ようとしないだけ、
でも、それでも僕は嫌だった、そういう風になるのが、そうして嘘を本当に変えていくうちに僕は僕のなりたくなかった人たちに近づきそうで、それならいっそ、今のままの固執しないそういう人生がいいと思った。
良くも悪くも平穏を望めば、それをかなえる程度には今の社会は無関心で、安心で、完成されている。
思い出がない、友達もいない、大切なものも何もない。そういう人間だ。
でも最初からそんな僕だったわけじゃない。
小学生の僕は消極的で、何事につけてもいつだって安全策を取るいい子。
そう、大人にとっての都合のいい子だった。文句も言わず、言われるがまま言われたことだけをこなす。空っぽという本質は変わっていないが、表面上は今とは真逆の子供だった。
学校の昼休みもずっと一人、グループ行動もいつも違う人たちと、休みの日はおとなしく両親の邪魔をしないように家にいるか、一人で山に行くか、人気のいないところへ、そういう、とにかく迷惑がかからないようにすることばかりを考え、自分から誰かに関わる事がなかった。だから、僕はいつだって協調性のない子だといわれていた。
そんな僕を変えたのは小学校でのいじめだ。
最初にいじめられていたのは僕じゃない、他の子供だった。僕は勇気を出して、その子を助けようとみんなにやめるように言った。そうして今度は僕がいじめられるようになった。
でも、僕は気にしなかった、元々いないも同じような僕が、意図的に無視されただけだし、持ちものには手を出される事はなかったから傷つくのは僕の心と体だけだった。だから僕はそれを受け入れた。
でも、5年生のある日、いじめられて1年以上たった日、調子に乗ったいじめっ子が、僕の妹のりんをいじめた。いや正確には大分前からいじめられていた。それをりんはずっと黙っていた。僕は僕が傷つく事で、誰かが救われればそれでいいと思っていた。
でもそれは間違えだった。
りんにとって僕は家ではとても頼りになるお兄ちゃんが、学校でいじめられていることを知っていた。でも僕のプライドを傷つけないように黙っていた。黙ってりんも僕の妹だという事で、いじめられていた。しかも、りんをいじめていたのは僕が助けた、いじめられていた子もいた。僕が黙っていじめを受け入れていたせいで、誰も彼も罪悪感を無くしていた。
そして僕とりんは特別だ、むしろいじめられることを望んでいる。
そんな狂った誤解を招いた。
そう理解した時、僕の中で何かが壊れた。
それが僕が初めてした喧嘩だった。僕はあの時本気で全員を殺すつもりで喧嘩をした。
妹が傷つけられたことで、僕の中の恐怖心は消え去り、怒りではなく殺意だけが僕を満たしていた。あまりの事に、それは学校中の騒ぎとなった。僕をいじめていた人間に怪我を負わせ、妹をいじめていたクラスメイトは骨折。僕は先生4人がかりで取り押さえるの学校始まって以来の大惨事となった。
その日の夜、僕は自分のしたことが怖くて手の震えが止まらなかった。自分がしたことが怖くて仕方がなかった。でも、その時同時に、僕は自分の力を知った。僕はその力にうぬぼれる事で、恐怖を抑えた。
次の日から、誰も僕をいじめることはなかった。みんな僕の事を怖がっていた。たぶん本気で殺されると思ったのだろう、実際僕をいじめていた首謀者たちはこれを機に転校した。
でもその事で僕は今まで以上に一人になった。
でも僕には心地よかった。あんなに僕をいじめて笑っていた人間が、今はみんな僕を恐れ、
僕におびえながら陰口を叩くしかない。
でも後悔はあった。彼らを調子に乗らせたことが間違いだった。彼らは僕とは違う自分で自分を抑制できない。そんな奴らと仲良くなる必要はない、一人でいる方がいい、こんな奴らと一緒にされるなんて最低だ。
何でそれに気付けなかったのかと、僕と皆は違う、そう違うんだ分かりあう気がないんだ。
学校はいじめの事実を無かった事にして、この件に関しては僕の事も攻めなかった。その時思った。自分は自分で守るしかない。
僕の中の教師への失望と、僕の正義の始まりの出来事だ。
まぁ、今にして思えば、大人がこの件で何も言われなかったのは、いじめの事実が僕のお母さんに知られ、騒ぎになり人生設計を壊されることを恐れた保身の結論だったと思う。
それから、僕は一人で負けないように強くなるための努力をした、幸い。僕には高虎兄さんがいた。高虎兄さんは僕の8つ離れた父親違いの兄で、別のところに暮らしていたが、僕にはとても優しくしてくれた。
高虎兄さんは、ぼくとは違い当時から完成された人間だった。詳しい話はしないが、人の心を操る事に長け、恐ろしいほど頭のまわる人だった。
いつも自分が少し損をすることを選ぶ事で、人から恨みを買わず、うまくやっていける。上の人間であろうと、下の人間、自分の好きなように人を操り、彼らから尊敬される。悪魔さえもこうべを垂れて教えを乞うような全てが計算通りの僕のあこがれの人だ。
そんな高虎兄さんは、本当に一度も敵を作ったことがないために、喧嘩をしたこともないが、それでも強かった。
僕に喧嘩のコツや1対多数で戦うための方法を教えてくれたのは全部高虎兄さんだ。
僕は高虎兄さんの元で技術を磨いた。
そうして中学校に入るころには実践も相まって、僕にかなう相手はいなくなっていた。
天性の動体視力と反射神経、経験による判断能力と、訓練された冷静な思考。
そして何より力、そう腕力だ。
中学一年生の時すでに、僕は3年生相手に僕の正義を行使し、力でねじ伏せていた。
本来中学生は成長期、2歳年が違うというのは大きな違いだが、僕はそれ理解できない程の力を手にしていた。だからだ。僕はもう後戻りはできなかった。
周りがどうであれ自分は人とは違う。
自分は強い、自分は人間じゃない、そう言い聞かせる事で僕は、孤独に耐え、一人で学校生活多くることが出来、僕を保つことが出来た。
そうして自分に言い聞かせる事で、自分の中の不安を押し殺し、やがて僕は心からそう思うようになっていた。僕は特別で、普通じゃない、だから、人と違っていてもいいんだ。
好かれる事がないから人を失望させることはない。
どんな人間でも同じく接して自分には特別がない
だから僕は僕の正義を貫ける。人にはできない事も僕にはできる
僕がこの世で、一番中立で、この世で一番揺るがぬ正義を持っている。
それに支えられ、僕は僕であり続けた。
僕は失うことを恐れないふりをしていた、失うことが怖くないんじゃない。自分には何もないと思う事で、行動できた。
その結果が今ある僕、一人ぼっち。誰からも好かれない。
たった一人の正義。望まれないダークヒーロー、居場所のないビジランテ。
でも高校生になり、将来の事を考えると僕は不安になった。このまま一人で、一人ぼっちで、僕に何が残る。正義をかざしたところで、私刑は犯罪で、誰も望まない。
今更僕は孤独の恐怖を感じていた。でも、僕はそれを見ないようにしていた。
それでも不安は襲ってくる。だから少しずつでも変わろうとした高校生、
でも、その時にはもう僕は僕の中の正義を抑える事が出来なくなっていた。
自分の中で一番コントロールできない感情は怒りや不満ではなく、僕の中の正義。
それを抑える事で今までの自分を否定する。
自分が曲がって、今までの自分が空っぽだと証明される。それが怖かった。
そんな中、僕は彼女に出会った。僕が彼女を救ったんじゃない。
彼女が僕を救ってくれたんだ。
彼女を助けて、彼女の話を聞く中で、僕は自分の弱さを素直に話せる彼女をすごいと思った。偽らず、自分の心の痛みを教えてくれた。
僕が心の弱さは甘えだと思っていた、でもそれが痛みである事を教えてくれた。
彼女は自分の弱さを知っている、自分が一人でどうしようもないと助けを求められるそういう強さを持った人間だ。
僕は彼女を助けたいという気持ちから、だんだんと彼女に頼りにされたいと思うようになっていた。強い者として、年長者としてではなく、男として、遠野大和という個人として彼女に見てほしいそう思えていた。彼女の敬意が欲しい、そう望んだ。
そして僕に大きな変化をもたらしたのが彼女の姉、双子島瑠璃生徒会長と話した時だ。
彼女は陽菜を僕から守るために僕に敵意をむき出して迫ってきた。
そんな会長にいつものように僕はいつもの自分で接した。でも内心は不安でしょうがなかった。
彼女に陽菜を奪われてしまう。彼女なら陽菜を助けられる、僕なんかいらない、でもそうなれば陽菜が僕の所からいなくなってしまう。
だから僕は『今の陽菜には僕が必要で、あなたの出番はまだ後だ』と言った。
それは嘘の言葉、自分の欲のため、あれだけ嫌っていた嘘を簡単についた。だってあの時は陽菜の好きだという気持ちに何も答えていなかった。だからあの時、あの時点で会長に本気で陽菜を取り戻そうとされれば、本当に奪われる気がした。血のつながった姉妹と、粗暴で嫌われ者の学校が同じでたまたま命を助けただけの自分。
いやそれ以上に、会長が陽菜を思う気持ちに、僕の陽菜と一緒にいたいという気持ちが負けていた。だからそう言った。
そして自分に発破をかけるために、奪えるものなら奪って見せろと宣戦布告した。
陽菜は僕の事を好きだといってくれるが、僕から陽菜にはそういったことはない。いつまでもそんな事をしていれば陽菜は僕の元から離れてしまう。だから僕は陽菜と一緒にいる時間を何かと理由をつけて伸ばしていった。
そんな生徒会長との2回目の話が僕の気持ちに決心をつけさせた。
僕には彼女が必要だ。彼女がいてくれれば僕は変われる気がする。
いいや、変わってきている。なんでもない事が楽しいと感じられる。
今までも楽しい事はあったけどそれとは違う。今まで他人がいる時が苦痛でしかなかったのに、それが変わった。今は人のいるところに行くのも苦痛じゃない。
それに僕は、今は明日を意識することが出来る。
ゲームの発売日以外に特別な日などなかった僕に特別な日が生まれた。
人の決めた『特別な日』、無関係な『特別な日』が僕にとっても特別な日になった。
街と人と、つながる事。彼女はその意味を教えてくれる。
僕は彼女の事が大好きだ。彼女の為に何かをしてあげたいし、彼女が喜んでくれる事がすごく嬉しい。
今まで景色以外取ったことのなかった僕の携帯の画像は今は彼女ばかりだ。
思い出を残す事、僕の空白の過去が埋まっていく。写真は記録のためだけじゃないと初めて知った。
そんな僕が、夏休みの最後の日曜日にデートに誘った。遊園地に行こうと、
今まで他人からしてみれば信じられない事ばかりしてきた僕だけど、その言葉を彼女に伝える時が間違いなく人生で一番の修羅場だった。
前の日、いや、思い立ってから一週間言葉にするまで、僕はいつだって彼女に断られないか不安で悪夢を見ていた。でもそんな事をしてでも、そう僕に決意させたのは、僕が彼女を失望させたからだ。
夏祭りのあの日、花火大会の日。僕は彼女の期待には応えられなかった。
恋人らしいことをしてあげられなかった。
夏祭りも、花火大会も楽しかったし。手だってつないだし、花火大会の時には履きなれない下駄で、足をひねった彼女を半ば強引におんぶして連れ帰ったりもした。
でも、彼女が一番求めていることを僕はしてあげられなかった。
それは、好きだと言葉で伝える事。
「陽菜の事を好きだ」
僕はその絶好の機会を2回も逃した。
別れ間際まで彼女はそれを期待していた、なのに僕は僕の勘違いでないかと彼女にその言葉を期待した。でも、彼女は僕にそれを求めていた。別れ間際のあの表情で
その日、一日の楽しい思い出が全部チャラになった。あんな顔をもう見たくはない
だから今度は僕から機会を作った。
陽菜は僕の誘いを喜んで受けてくれた。
その為のシュミレーションもばっちりだ。ネットと小説とゲームで勉強もした。
財布には正月のお年玉全額が入っている。
だからこれは、失敗は許されない。
「なぁ、りん。明日、時間貰えないか?お前のセンスを信じて、一生に一度の頼みがある。」
真剣な僕とは違い、りんはお菓子を食べながらテレビを見ながらこっちを見もせず了解する。
「遊園地に、デートに来ていってもおかしくない服を選ぶの手伝ってくれ。あと、どうすれば喜ばれるか、順路ややり方を助言してくれ」
今までどんな馬鹿をやらかしても、慣れてしまい驚くことのなかった妹のりんが、驚きのあまり食べかけたクッキーを床に落とした。
そしてりんは聞き返す。
「相手は2次元、それとも男?」
我ながら嫌になる。可能性の中に普通の可能性を考えられないようにした。僕のふるまいに