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1章:あの日僕は馬鹿を見た。

その男、馬鹿につき


1章:あの日僕は馬鹿を見た。


今まで大変だったことは聞かれれば

僕は今までの人生で苦労をしたことがないと答える。

それを聞けば、多くの人はそんな事はあり得ないというだろう。

だけどそれは事実だ。

父親がいない事や、家事全般をするために部活に入れないこと、母と父の実家とも離縁し、家族3人以外頼れる人がいない事も人によっては苦労なのかもしれないが、僕にとっては、何が苦労なのか分からない。

それにもし、苦労というものが、まだ遭遇した事のない事だとしても、

自分の周りに起こる事の全てが、主体的な出来事でなくても、何もしない事を選択した自分の行動の結果で、どうしようもない事はどうしようもないと受け入れるしかないのだから、それを嘆いても何の意味もない。

この世界に「もしも」はなくて、偶然であれ必然であれ、そんな事は僕には関係なく、今ある『状況』がすべてだ。その出来事が、苦労だと思う前にそういう状況なのだと納得してしまう。

だからそうだとすれば苦労なんて今後もしないと思う。

他人と自分を比較しても、過去と今を比較しても、理想と現実を比較しても、無意味だ。

そうそれを無意味と思えるから、僕の心は苦労を感じない。

だから僕の事を見て子供はいいなという大人は嫌いだ。だってそれは自分の心が今ある状況を拒絶しているだけだ。


僕には苦労もない、恨みもない、不満もない。全部が自分の結果ならそういう者を感じる必要はない。でもそうは言ってもどうしようもないことだってある、という人もいる。

例えばこの国に対する不満を口にする。

こんな政治家のいる国だからよくならない、弱者が切り捨てられると、

でも今のこの国の政治が腐っていると口にするなら、しっかり納税をし、ちゃんと考えて選挙を行うべきだ。選ぶべき政治家も信頼できる官僚もいないなら、自分で立候補すべきだ。

例えば、今の若者が昔に比べ~と語るなら、そういう子供たちしか育てられなかった、自分自身を嘆くべきだ。今の時代を作ったのは今を生きている皆だ。

誰がこうした、が問題ではなく、そういう状況を変える事が出来ない事が問題なのだ。

届かない世界じゃない。不満がある時点でそれは自分とつながった世界の問題だ。

繫がっているのなら、どうしようもない事じゃない。

近年、アラブの春と呼ばれた、中東諸国の政治の出来事は、インターネットを通じてつながった民衆が起こした新しいタイプの革命が起こった。その行動の結果が、かつて民主化を勝ち取った市民革命のようになるか、あるいはかつて白人を追い出し、より貧しくなってしまった南アフリカの様に混乱を招くか、その結果はまだ出ていないし、それを判断するのは後の世の仕事だ。

だが、あの出来事は「民主化の結果」はともかく、そこに生きる人たちが「変わるという事」を「選択し行動」した、「結果」である。

この国もリスクを覚悟し、変わる事を選べば、この国だって変われる。

だけどみんなそれを望んでいない。だって目に見えるところで、人はめったに死なないし、みんな権利を持って生きていける。様々な問題をはらみつつも大多数、いやほとんどの国民は食うに困らずに生きていけている。だからこそ、今あるものを捨てる覚悟ない。だから変わる覚悟もない。

つまりは今のままを望み、選んでいる。それを小言の様に今の政治が腐っている、今の世の中が悪いそうやって誰かのせいにするのは僕には理解しがたい。

まぁ、僕がこういう風に思えるのは、僕が食うに困らず、大きな不満もない日常の中で暮らしているからだ。

昔の人が夢見た、命の心配も、明日の食事の心配もしなくていい平和な世界。

僕が生きる『僕の世界』はそういう理想を獲得している。

僕の日常は非常に平和で、平穏だ。波乱に満ちた日常を過ごすことを望む人間に取ってはつまらない日常だろうが。将来の夢が地方公務員第Ⅰ種か国家公務員第Ⅱ種の僕にとっては十分に満足が出来る。

でも、その平穏を望んでいるのは僕だけじゃない。勤勉だとクラスの中で有名な、僕の隣に座っているこの学校の特進クラスに入ったたったそれだけの事を心のよりどころにしている僕よりいつもテストの総合点数の低い林君の話をしよう。

念のために言っておくけど、この長い肩書は嫌味じゃない。ただの事実だ。

その林君は良く仲のいいクラスメイト、いわゆる勉強が出来れば後はどうでもいい感じの根暗、、じゃなかった、決してわざと間違えたわけじゃない事も言ってこう。では訂正、おとなしいグループの友達に、新聞やネットに掲載された政治に関するコラムを自分で考えた考えの様に、理解できない言葉をそのまま利用したり、あえて略称を使いそのあとに略さないで語るような、無駄な時間を浪費して空白な会話でいつだって政治家たちを否定する。そんな彼の将来の夢も、僕と同じ公務員だ。

僕はそんな彼の精神構造はすごいと思う。だってさんざん否定している政治家の下で命令されるがまま、思いつきのままの指示で働きたいといっているのだ。無駄にしているという税金を自分が公務員になる事で自分の為に使わせてやるといっているんだ。すごい、僕には到底まねできない、面の皮の厚さだ。

僕が彼を嫌って嫌味を言っているかのように聞こえたのなら、それは受け手の心がねじ曲がっているからそう聞こえるんだと思う。事実、僕はそんな彼とも仲がいい。それは嘘じゃない、少なくとも彼は僕の事を友達だと思っている。

彼だけじゃない、僕はそれほど仲のいい友達がいない反面、僕を嫌っている人間もおらず、クラス全員、知人全員と友好な関係だ。

元々母子家庭で育ち、5歳離れた妹のいる僕は放課後や土日に遊びに行く習慣がないため、

昼休みにはその場にいれば話せる友達、グループワークの時に一緒に入れてくれる友達がいる。そういう学校の中での関係は学校の中だけで完結する仲間意識があれば十分、いやそれ以上は僕の時間を邪魔するだけの重荷になる。

自分で言うのもなんだが、クラス全員に仲のいい友達に順位をつけていき、その合計点を表すと1位になる自信はある。個人では誰一人1位には入れないだろうが、男女ともに好感度は高い自信はある。

まぁ、女子からはたぶん誰ひとり恋愛対象としてみてくれていないが、話しかけやすい男子では一番、、、だと思う。ちなみに、逆に間違いなく、女子の話しかけにくいランク1位、仲のいい友達でクラス全員が最下位に持ってくるだろう人も決まっている。


それが彼、遠野大和。

力と才能を持ちすぎた化物、孤独の申し子、正義の奴隷、狂った価値観、それが遠野大和。

あぁ、そうだ僕の名前をまだいっていなかった。僕の名前は如月檸檬。DQNネームか普通の名前かの瀬戸際だが、僕は響きがいいし、漢字もカッコいいから気に入っている。

僕は身長が低く、気持ち悪くない程度に体の線が細く、女装をして化粧をすれば女の子に間違われるような顔立ちをしているのに対し、

遠野大和は身長175cmと身長はそれほど高くないが、ごついとは言わないが、手首に血管が浮き出て、実際以上に大きく見える筋肉質な体を持っている。

そしてそれより特徴的なのが相手の目線をまっすぐに見つめる、力強い目力。

目つきが悪いというわけではないが、彼と話す時相手はみんな自分が責められているかのように感じ目をそらしてしまう。それほど彼の目力は強く、彼は威圧的に感じさせる何かがある。確かにそれが見つめられることが苦手な、シャイな日本人の皆に、彼の嫌われる理由の一つであるが、あくまでそれは+αの問題だ。

では何故彼が一番の嫌われ者か、

嫌味な人間は他にたくさんいるが。彼の場合、とにかくめんどくさいのだ。

異常なほど、真面目で、先生であれ、上級生であれ、正しいと思ったこと(いや、実際に彼の方が正しいのだが)は絶対曲げずに、思ったことは口にする。

他人よりも、自分を貫く事を優先した自己中心的な人間だ。

付け入る隙でもあればよいのだが、彼は失敗こそすれ、手抜きはしないし、全力だ。

だから先生であっても、彼の事は嫌がる。

ただ自分勝手なだけの人間だと言える人間ならどれほど良かったか、彼は率先してボランティアにも参加するし、お年寄りや子供にも優しい。

当たり前の事として人が嫌がる事も率先してやるし、誰も協力しなくても、一人でもやり遂げる意志と行動力を持っている。

自分の意見は曲げずとも、人の話は聞くし、納得する理由があれば彼は素直にそれにしたがう。

だが、彼にはしかたなく、という言葉は存在せず、そこには必ず「理由と納得」が必要なのだ。だから彼の間違えを正そうとする場合、たいていの人間が途中で諦めてしまう。

彼は間違っているが、そこまで彼の為に何かをしてあげる必要はない。

彼と真剣に向き合うだけ損だ、そういう風潮が彼の周りには常にあるのだ。

高校一年生の時、彼は上級生と喧嘩をしていた。理由は正確には知らないが、確か上級生がタバコを吸っていたか、お酒を飲んでいたかそんな感じだったと思う。

それを咎め、喧嘩になって3対1での殴り合い。もちろん1が彼だが、彼はそれに勝った。とはいえやりすぎた。少しも自分が傷つくことを恐れず、武器を手にした上級生3人相手に、素手で、彼のルールの中での正々堂々と戦った。

そしてその結果として3人を病院送りにした。

さらに、彼らの罪を初犯だという事、彼らの親の中にこの市の市議会やPTA会がいた事を理由に見逃そうとした先生をも糾弾した。その糾弾たるや壮絶で、

今でも先生たちの中ではトラウマになるほどで、それが理由でその内の一人は疲れ果て、1週間近く休んだという。

6時間にも及ぶ彼と先生8人と生徒会長による話合いは彼に先生が折れる事で先生はやっと解放された。結果上級生は退学。その事に抗議しようと現れた彼らの親に対し、彼は教師を庇うように一人その両親の前に凛として立ち向かい、その子育ての至らなさを切々と語り、モンスターペアレント扱いだった彼らの親さえも撃退した。

彼は喧嘩で負けることはなかったが、自らの暴力を肯定する一方、暴力を使用したことが世間的に許されないことも理解していた。

だから彼は暴力を頼りにすることはなかった。でも力以上に恐ろしいのは彼の心だ。

彼は彼の事を気に入らない体育教師がいいというまで立っていろといわれ、おとなしくそれに従った。体育教師はそれで彼が根を上げ反省すると思ったのだろう。

だが、体育教師が自分の経験に基づく主観での考え方だった。彼は自分の方が大人で、自分の方が根性もあると思っていたのだろう。

だが、遠野大和の精神力と根性はその想像をはるかに超えていた。

遠野大和は実に20時間超、直立不動で立ち続け一切値を上げなかった。昼間に始まったそれはほぼ丸一日近く続き。体育教師の心を嫌というほど折った。

そして次の日、正確にはその日の朝。

体育教師が遅刻する中、彼は何事もなかったかのようにいつもの時間に登校した。

それ以降だ。誰も遠野大和とかかわる事を避け始めた。

遠野大和は相手の心が分からないわけではなく、自分の信念と他人に合わせる事を天秤にかけた時、自分の信念を選び、そのために生じる軋轢を受け入れる覚悟がある男だ。

遠野大和は、違法行為以外は、自分から積極的に他人を咎めたりはしない。自分の信念が普通ではない事を理解している以上相手の価値観も認める。降りかかる火の粉は払えど、自分の信念を押し付けたりはしない。まぁ、その火の粉の払い方に問題があり、

まるで江戸時代の火消しの様に火を消すためなら周りの建物も容赦なく壊す、徹底的に壊す、それがお殿様のお城であっても壊すような男だ。

でも、火種さえ彼に降りかからなければ彼は何もしない。

それが分かってからは、みんな彼に気を使うのではなく、彼に話しかけることをやめた。

それでも遠野大和は変わらない。

そして彼に関わらないようにする。その暗黙のルールは僕も例外ではなかった。

僕自身、彼のそんな性格を嫌いではなかったが、彼と仲良くするよりも、みんなと仲良くした方がよい。嫌いではないが、別に好きでもない。

ならみんなと一緒がいいに決まっている。

そうした、彼との人間関係が完成し、ただのクラスメイトの関係が1年以上が経過し、

1学期末テストを終え、高校2年の夏休み、を待つ7月最初の土曜日の事だ。

僕と彼との関係を変える出来事が起きた。今回はそんな彼の話をしよう


僕はその日、2週間後から始まる塾の夏期講習のクラス分けの為のテストを終え、蒸し暑い中、涼を求め、塾から比較的近い市営の図書館に向かって歩いていた。

そのまま家に帰ってもよかったのだが、今日は妹の友達が来ている。別に妹と仲が悪いわけではないが、珍しく妹の友達が家に来ているのに、隣の部屋に自分がいたのでは気を使うだろうというただそれだけの理由だ。

かといって僕には無駄に使えるようなお小遣いがあるわけでもない。だったらおとなしく図書館で涼むのが一番の得策だ。本は読まないけど、知り合いに会う事も少ないし、何よりタダでゆっくり絨毯の上に座ってくつろげるのがいい。

僕はそんな不純な動機で図書館を利用しようとしていた。

今日は日差しが強く、正直ただ歩くだけでも、体中に汗がまとわりつき、何より異常なほど高い湿度のせいで、不快感はハンパではない。あまり日焼けをしたくなかったから長袖を着てきてしまったのも失敗だ。脱げばいいのだろうけど、Tシャツ一枚は、僕は嫌だ。

そんな僕が、少しでも暑さをしのぐためにできる事と言えば、できるだけ日影の多いマンション群の並木通りを通る事だ。

流石に日影でも暑いが先程までと比べれば天と地ほどの差、少し遠回りになるが、たまに吹く風が冷たく気持ちいい。

そのおかげで、思考を奪うほど熱を上げていた僕の頭はクールダウン。僕は少し余裕が出てきて、周りの様子を感じる余裕が出てきた。

そんな時だ。マンションの方から、騒がしい人の声が聞こえる。何かあったのだろうか、

普段の僕なら興味を示す事がないが、今日は時間を潰す事が目的だ。だから少しくらいならと僕の足は声の方に向かった。

外観美を意識した今どきのマンションとは真逆の二昔前のコストパフォーマンスと実用性のみを重視し無機質に同じマンション群の一番手前、最初の僕の位置からは見えなかったが、並木通りから一番近いマンションの駐車場に声の主が集まっている。

そしてそこにいるみんな一様に空を見上げている。

僕もそんな彼らの様子を遠目に見て少しだけ視線を上にあげた。そこには女の子がマンションの屋上のフェンスの外に立っている。

飛び降り自殺だ。一目でそうわかる、そしてそれは間違いではなかったのだろう、

彼女を見上げている人たちもまた。お互いに僕が感じた事と同じように自殺ではないかと推論をめぐらしている。

そんな時だ。

「どうかしたのか?」

僕の後ろから良く知った凛とした声が聞こえる。遠野大和の声だ。

自転車に乗って、買い物帰りかカゴには所帯じみたスーパーの袋を乗せている。

「あ、うん、あれ、屋上に女の子が」

大和とろくに話した事のない僕は、この同級生とは思えない同級生を大和君と呼べばいいのか大和さんじゃないといけないのか、そもそも名前より名字ないといけないのかを考え、結果、名前を呼ばない選択をした。

大和は自分の目でその女の子を確認すると少し駆け足で、僕をおいて、人だかりの方へ向って行った。

「自殺志願者ですか?」

その言い方はどうだろう

突然背後から話しかけられ、彼らがみんな大和の方を振り返る。だが、誰が答えるべきなのか、誰も口を開こうとしない。そこに大和は続けざまに口を開く。

「警察への連絡は?それと屋上には誰かいますか?」

彼らは誰か警察に連絡したかをお互いに、確認するだけで結論が出ない。

「あなた達は何をしているんですか、見ているだけですが?」

その言葉に不快に感じたのかある住民が、口を開く。

「なんなのよあんた、高校生?突然出てきて偉そうに、だったらあんたがなんとかしてみなさいよ。」

「当たり前です。ですがここにいる以上皆さんにも協力してもらいます。どなたか、このマンションの住民の方は?」

また誰も口を開かない

「化粧をせずに裾の伸びた部屋着に、サンダルそれに炊事をしていたであろうその手。あなたはこのマンションの住民ですね。」

失礼な物言いを堂々と、、、、

「布団をお借りできますか、最悪、それで受け止められるかもしれません。」

「え、私、」

「そうです。」

「なんで私が」

「あなた達が誰も応えず、あなたが一番わかりやすい、恰好をしているからです、早く急いで!できる事をする、当たり前でしょ!」

大和の声にビビったのか彼女はあわてて自分の家に向かう。

「あなたと、あなた、それにあなた、彼女について行って、一人で布団を持つよりそっちの方がいい」

「なんで、突然出てきたお前に色々言われないといけないんだよ、だいたいお前誰だよ。どこの子だ。」

「いまはそんな事どうだっていいでしょ。今やるべき事をしなさい!まったく、あなたもここのマンションの住民でしょ、いいんですか自殺者が出れば、ここのマンションの評判悪くなりますよ。それに本当に自殺して、彼女が死んだら、僕証言しますよ、あなた達が見ているだけで協力してくれなかったと。」

怒り気味に、全く悪びれる様子もなく、彼は大人たちに脅迫まがいに行動させる。

「如月君!携帯持ってる?」

その様子を見ていた僕に彼は大きな声で呼びかける。そのせいで周りの人たちは僕の事を彼の友達と思ったのか、僕の方を睨みつけるように見る。最低な勘違いだ。

「うん、一応、」

「警察に連絡を、それと、万が一に備えて救急車も、あと一応はいらないよ」

「うん、分かった」

僕はそう答えたが、人生で初めての警察への電話、本当に電話をしていいものなのか考え、一瞬ためらってしまう。

僕がそんな事をしながら、警察に電話をかける。

そんな僕の第一声は「お忙しいろ事申し訳ありません~」から始まる。

営業電話のような前置きだ。今の状況はひっ迫している事は分かっているし、この電話が、しても良い電話だとは分かっているが、それでも、大和以外の人間が状況をみるだけで行動に移せなかったように、僕自身もこの状況にありながらも、行動することにためらいがある。

そんな僕とは対照的に大和は、他の住民にも危機感をあおり、この状況が自分にも関係のあるものだというように、早口で抑揚のついた声で、どうすべきかを指示を出す。

そして、蒲団が届き、最低限の準備が出来たところで、大和が上にいた女の子い話しかける。

「君!そんな所にいたら危ないだろ!早くフェンスの内側に戻ってください!」

しかし彼女からは返事がない。

「おーい、聞こえているんだろ!危ないから早く戻れ!」

「うるさい。放っておいてあなたには関係ないでしょ。」

「関係ないが、危ない事をしている子供がいたら注意するのは当たり前だろ!」

子供が?確かに大和は大人びて見えるが、格好からして年齢はおそらくあの女の子と変わらない気がする。

「なんなのよ!邪魔よ、そこをどいて!」

「飛び降りるつもりなのか」

「そうよ」

「死ぬぞ!」

「はぁ、当たり前でしょ!」

「どうして死にたい。」

「あなたには関係ない。」

「関係はある、君が死のうとしているを見かけた以上、僕には君を止める権利がある」

「はぁ、何それ訳変わんない!」

「何で死のうとしている?納得のいく理由はなら、俺は止めはしない。」

「あなたに分かるわけないでしょ」

「言ってくれなきゃ分からない、それに君がそこから飛び降りるのをためらっている以上、俺はまだ君に迷いがあり、交渉の余地があると考えている。どうかな?」

「なんなのよ、あんた、私を止めて、ヒーローにでもなりたいわけ?ばっかじゃないの」

「ヒーローになりたいわけじゃないが、目の前で死のうとしている女の子くらいは助けられる男にはなりたいと思っている。」

周りの人間は少し引いている、それはそうだ僕は遠野大和という人間を知っている、彼はそんなセリフを何の恥ずかしげもなく、本心から言えてしまう人間だ。

彼が熱く興奮すればこんなものじゃない。まるで、ヒトラーの演説のような口調で仰々しく、高校2年生にもなって中二病全開のセリフをなんの恥ずかしげもなく言ってのける。

「なによ、それ訳わかんない。」

「俺も、君が分からない。死のうとする気持なんかわからない。だから理由を聞かせてほしいと言っている」

「あなたには分からないわ」

「どうしてそう決めつける」

「お母さんだって、お姉ちゃんだって、学校の先生だってわからなかった事がどうしてあなたに分かるのよ、分かるわけないでしょ。良くも知らない人間の悩みなんか、」

「僕は君の母親でも、お姉さんでも、先生でもない。だから彼らが分からなかったから僕も分からないという理由にはならない。確かに君の事を良くも知らない人間だが、それは君も同じ、君も僕の事は知らない。だから君の事を理解できないと決めつけるのは早い!」

「あなた死にたいなんて思った事ないでしょ、死んだ方がましなくらいつらいことなんて経験した事ないでしょ。」

「ない!」

断言した。いやたぶん彼に限っては本当にそうなんだろうけど、今それを言ったらダメでしょ。共感する気なしの上から目線か

「死んだ方がましだったら、死ぬほど頑張ってその状況を打破する。

それが人だ。いつだって心が折れない限り終わりじゃない、そして僕の心は折れない。

何故なら、己に負けることなどありえない。己に負けたと思えるような選択はしない」「

「意味わかんない、何言ってんのあんた馬鹿なの!」

うん、僕もそう思う

「君が僕はどうかと聞いたから答えたまでだ。まぁ、僕の事はいい。自分で自分がイカれているのは百も承知。」

あ、自覚はやっぱりあるんだ。でも、それでも何とかしようとする気がないのがタチが悪いな。

「でも、そんな僕でも君より分かっていることがある。死に希望を持つな、死は死だ。これは絶対の真理だ。天国や地獄なんていう者は生きているものを救うためにある者だ。残されたものの、心の重みを軽くするために天国があって、生きているものの欲を抑えるために地獄がある。死者に待っているのは死だ。何もないそれだけだ。」

中二病全開バリバリ。今の彼女は別に天国があるかどうかなんてどうでもいいんだよ。ただ逃げたいだけなんだから。

「あなたみたいな人間を見ているとムカつくのよ、あんたも他のみんなと一緒よ、綺麗度とばっかり言って、結局何も理解してない。自分がそうだから他人もそうだと思いこんで、何も出来る訳ないでしょ、もう放っておいてよ、誰も私の事なんていなくなっても気にしないわよ。私は死ぬの、こんな最低で最悪な世界はもうたくさんよ!」

その言葉を聞いて大和は黙り込んだ。

なぜ黙りこんだのか、周りの人は分からないだろう。でも僕は知っている、この沈黙、あの深呼吸。理由はともかく、これは、悪い意味で、大和が切れる前兆だ。

あぁ、たぶんやらかすぞ、ブチ切れるぞ。

「だったらこんな時間に死のうなんて考えるんじゃない。馬鹿じゃねぇのか!構ってほしくないなら、こんなところで死のうとすんじゃねぇ!俺が来る前に死んどけや!

それにな、楽に死のうとすんじゃない。どうせその低能で、飛び下りれば一瞬で死ねるとでも思ったのかよ、でも残念。痛ぇぞ、すっげぇ痛ぇぞ。いや、それ以前にたかだが、7階程度、下手すると死ねもしないな。一生体の自由が利かずに、ベッドの上で誰かに迷惑かけながら生きるだけかもな、死ぬこともできず、生かされるだけ。そうなりたいのかよ。

それにな、ずっと気になってたんだ。言わせてもらうぞ。いいこと教えてやる!今のその格好だと、パンツが見えてんぞ、露出魔か、そんな高さでミニ履いてれば見えるに決まってんだろ!死ぬのになんだその恰好は死ぬなら着飾るな、自分を飾り付けるな!」

あまりの事態に、彼女は顔を赤くし、座り込み、みんなが呆然とする中、僕は、心のどこかで、自分も真下いっておけばいいと思わなくも、、、いや、ないない、それくらい空気は読む。ここは僕も唖然としていた事にしてく。

「いいか、お前がお前の価値を見失えば、誰がお前の価値に気づけるんだよ!それに~」

たぶん、大和は痛いなりにきっといい事を言っているのだろう、でもさっきの言葉が印象が強すぎて、誰も彼の言葉を聞いてない。

「っておい、聞いてるのかよ。」

「馬鹿じゃないの最低、デリカシーの欠片もない。」

「何の話だ?」

大和の中ではパンツのくだりがそれほど印象を与えていた気がなく、そこに詰まっているとは思ってもいない。

「何の話って、、、、それは、その、、」

それはそうだこんなに人がいる中で、こんな状況で言える訳がない。

「ああ、パンツの話か、なんだ、本当に気付かなかったのか、まぁ、何だ変なものはいているわけじゃないんだ。かわいかったし、いいんじゃないか、いいか、」

いや、そういう問題じゃない、なんてフォローの仕方をするんだ、可愛かったってなんだよ。それ、

「恥ずかしさが残っているくらいだ。まだ何も捨てられてないじゃないか、死ぬなんて辞めろよ。死んだら後悔なんてできはしないんだ。終わりなんだ自殺はやめても後から出来る。死んだらそれで終わりだ。君はまだ学生だろ、来週からは夏休みだ。楽しい事もあるに決まっているだろ、少なくとも7月27日の花火大会まで見てからでも遅くないだろ、それに再来週は全国民が待ちに待ったファイナルクエスト10の発売日だぞ」

一同沈黙する。そしても僕も唖然とする、あんたゲームするんかい、そして全国民待望前提なのか

「そんな理屈、、、、あなたって馬鹿でしょ」

「これでも俺は成績優秀だ。」

そういう問題じゃない。

「そういう事言ってるんじゃないわよ」

「それともあれか、ゲームソフト買うお金がないのか、だったら一緒にやろう」

ファイナルクエストは完全一人用だろう、というかそこを引っ張るのか、

「な、何で、あんたなんかと一緒に。」

「じゃあ分かった、買った日に貸してあげるから、」

「そういう事言ってるんじゃないわよ、そもそも私はゲームになんて興味ないわ」

「だったら何にだったら興味があるんだ。」

「何って、私は、その、、、、、、」

「聞かせてくれ、君の事、僕は君の名前も知らない。でも、君には死んでほしくない!」

彼の眼は真剣そのものだった。その言葉もきっと彼の本心だ、まっすぐに名前も知らない人に生きていてほしいと言えるんだ。

「どうして、私なんかに。」

「君は悪くない。そうだろ」

「、、、」

「さっきは死に希望を持つなっていって君の決意を安易なものだと否定した。でも、それでもそれは俺の価値観で、君が死にたいって思えるような事なら、君にとってはそれだけ辛い事なんだよな。」

だんだん怒りが収まって我に戻ってきたのか、超早口が早口に戻ってきた

「さっきは言いすぎた。すまない。君も本当は死にたくなんかない。そうだろ?でも死ぬ以外に方法が見つけられないんだろ。だったら俺が見つけるよ、

君が笑える理由を、君の素敵なところを、だからまずは聞かせてくれ、君の事を、君の話を俺は聞きたいんだ。」

先まで自分の価値を見失えば他人は気付かないだの、死ぬ事は逃げる事だと言っていたのに、むちゃくちゃだ数分前に自分で言っていた事を否定している。

でも、必至だ。彼女を死なせたくない気持ちは本物だ。

「信じていいの?」

周りの音にかき消されそうな声で彼女がそういった。正直、僕の位置から聞こえない。ただ口の動きがそう言っている気がした。

「あぁ、もちろんだ、信じてくれていい。俺は絶対に約束は守る。そういう男だ。」

そう言って大和は力強く断言し、彼女に自信満々に笑いかける。

彼女に思いが通じたのか、彼女はゆっくりと立ち上がり、フェンスの内側に戻ろうとした。

だが、次の瞬間、彼女の体は宙を待った。

後から知った事だが、そのタイミングで屋上に騒ぎを聞きつけたこのマンション群の管理人たちがかけつけていた、彼らが、怒り気味に彼女に対して大声をあげた事で、彼女は驚きとっさに手を離して、反射的に身を引き足を踏み外してしまった。

あまりの事に周りの人間は茫然としている

「ちっ!」

7階の高さから人が落ちる。わずか2秒足らずだ。誰もが何もできずに、ただ見つめる中、

彼は、遠野大和は彼女に向って走り出した、わずかな迷いも、思考もなかった。

彼は本能でそうした。そうして、その両腕で彼女を受け止め、バランスを崩し、座りこみながらも彼女をかばうようにして受け止めた。

信じられない光景だった。まず受け止めるだけでも信じられないが、彼女は無傷で、彼も生きていた。

仮に彼女が軽く、体重40キロだとしても7階から落ちれば、単純に考えてその衝撃は1t近く、それを彼は受けとめたのだ。

僕はあわてて二人に駆け寄る、彼女は震え、目を閉じている。

「怪我はないか?」

その大和の声に彼女はゆっくりと目を開け小さくうなずく

「よかった。大丈夫、君は生きている。」

大和も安心したように全身の力を緩める。

「死ぬかと思ったか?死ぬほど怖かったか?それが死ぬってことだよ。死ぬっていうのは怖い事なんだ、今君が震えている、その眼に涙を浮かべている。生きてて良かっただろ」

彼女は、自分の潤んだ目頭を触ろうとするが、手が震えうまくいかない。

彼女は自分が彼のままに乗ったままだと認識すると慌てて彼からどこうとする、しかし、いう事の聞かない体。立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれず再びからの太ももの上に落ちてくる。

「あわてなくていい。ゆっくり、俺の肩に手を載せて、」

彼女が立ち上がると彼もまたゆっくりと立ち彼女の目線に腰を落とし話しかける・

「もう、死ぬ気はなくなったか。」

彼女は無言でうなずく。

「落ち着くか、それでも死にたいと思ったのなら、君の事を聞かせてくれ、俺は遠野大和、この近くの月之浦高校2年1組で生徒をやっている。詳しくは、彼に聞いてくれ、」

そう言って突然大和は首を振り、僕の方へ視線を移させる。

「悪いな、急用が出来た後は頼んだぞ。」

「え、あ、ちょっと」

カッコつけているつもりなのかポケットに両手を突っ込み、

後は任せるとだけ言い残し、呼びとめも聞かずにさっさと帰ってしまった。

何なんだあいつは、やる事だけ、好き勝手にやって、勝手にいなくなってしまった。

「君、彼の友達だろ、何なんだい彼は?」

「いや、ただのクラスメイトで、ろくに話した事もありませんよ。僕だって何が何だか分かりません。」

「まぁ、とりあえず、その子が無事で何よりだったね。いやー、何があったのか知らないけど、もうこんなバカな事、するんじゃないよ。」

「本当よ、どれだけ心配したか。」

大人たちは彼がいなくなると旧に彼女の事を心配するように声をかける。

「とりあえず、もう少しで警察が来るから、あとは警察の方が話を聞いてくれるから、」

「なによそれ、急に私の心配して、面倒事は警察に、、やめてそういうの!」

彼女は感情的になり、大声を出す、それに大人たちは驚く、きっと彼女をどうすればいいのか分からないんだ。ここで知らぬふりをして悪者になりたくない、ここで迂闊な言葉で、彼女を傷つけ、加害者になりたくない。この問題のある子を何とかして警察に引き渡したい。そうすれば自分たちに役目も終わるし、もう、彼女がここに来る事もない。

そういう雰囲気、僕にだってわかる。

彼女はそんな空気が嫌で、走って逃げようとする。

僕はそんな彼女の腕をつかんだ。

「ダメだよ、ここにいなくちゃ、これだけの騒ぎを起こしたんだ。君は警察署で怒られなくちゃいけない。それに、この人たちだって君の事が心配でここにいてくれたんだ、蒲団だってほら、もう汚れて、洗わないと使えない、今からだと夜には間に合わないね。」

「、、、、、」

彼女は一応僕の話を聞いてくれたのか、力づくで腕を振るほどこうとはしない。

「遠野君が言ったように君が悪いわけじゃないのかもしれない。僕もいじめられたり登校拒否になったり、嫌な事ばかり経験してるから、死にたくなる気持ちは良く分かるよ。」

本当はいじめられた事も登校拒否になった事もない、でも今は彼女の同情を引く方が優先だ。

「でも、それでも、君は警察に何があったのか話さないといけない。」

そうじゃないと呼んだ僕が事情を全部聞かれて、僕の騒ぎ過ぎた迷惑電話と思われるかもしれない。

「嫌でも、それはしなくちゃいけない。望まなくても、君の行動の結果だよ。わかるね」

彼女はうなずきも、答えもしないが、ゆっくりと僕のつかんだ手を離し、おとなしく立って待っている。どうやら納得していなくても理解はしてくれたようだ。

間もなく、警察が到着し、彼女は一旦交番で話を聞かれる事になった。

一方僕は軽い状況説明のみで、後は住民の人が引き継いでくれている。解放された僕は少し時間はかかったが本来の目的通り、図書館で涼むために、元の道に戻ろうとした。

ああいう事があっても、すぐにいつもどおりに戻れるあたり、やっぱり僕は現代っ子なのだろう、

「あ、自転車」

そこには鍵こそ掛けてあるものの、大和の自転車が放置してある、籠の上にはスーパーの袋が、かっこつけ自転車に乗って帰るのが格好がつかないからか、それとも、ただ忘れたのか、いずれにしろやっぱり彼は馬鹿だ。

「アイス、溶けるよ」

でも、僕は彼の家を知らない、そしてそこまでしてあげる義理もない。

だから僕は自転車を出来るだけ、日陰の道の脇によけるだけはしてあげた。

その日の夕方、18時過ぎ、図書館を閉館時間に出て、近くの本屋でさらに時間をつぶした帰り道、同じ場所を通った時には自転車はなくなっていた。

大和が取りに来たのだろうかあれだけ立派な鍵がかかっていたのだ。盗まれたとは考えにくい。やっぱり忘れてたのだろうか、人目がいなくなって取りに来たのだろうか、

いずれにせよ、僕が帰る頃には昼間の騒ぎがまるでなかったかのようにこのマンション群はいつもの日常に戻っていた。

まるであの時間が夢だったかのように、何事もなく、何事もなかったかのように休日は過ぎて行った。あの自殺騒ぎは当然報道される事もなく、いつも通りだ。


そして翌週月曜日、僕は学校に行って唖然とした。いや、それ以上の衝撃で正真正銘の馬鹿をみたのだと確信した。

いつもは僕が一番クラスの中で早いのに、その日の月曜日には遠野大和が僕より早く、来ていた。そう両腕をギブスで固め、つった状態で、椅子の後ろの足だけ地面につけて不安定な状況で座っていた。

そうなのだ。彼は彼女を受け止めた衝撃で、両腕を骨折していたのだ。

「おはよう、」

平静を装うとしているのか、普段挨拶なんてした事のない彼が、挨拶をしてくる。

「お、おはよう、その腕、やっぱり土曜日ので?」

「ん、まぁ、、大したことないけど、一応ね。」

そうだ、あの時彼が言っていた急用とは病院に行くことだったのだ。

「ぽっきり?」

「失礼な、少し、ひびが入った程度だ。この俺が女の子程度で骨が折れるとでも?」

怒っている、怒るポイントが全く分からない

「、、、、どれくらいで治るの」

「えっと、、、病院は1か月半だから、、、3週間、お盆前には」

何なんだその計算は、いや彼の中での美学だ、深く突っ込むまい。

考えてみれば、あの時もそうだ。痛みを素直に言えばいいものを、わざわざ周りの心証を悪くしてまで、両腕をポケットに入れて勝手にいなくなったのは痛みをごまかす為とカッコつけていたのだろう。

必死に我慢をして、何事もなかったかのようにあの場所から離れていたが、その実ただのやせ我慢。どんな心境だったのだろう、引っ込みがつかない感じなのか。それにひびが入っているだけだといっているが、それも彼のルールの中での見栄で折れているのかもしれない、そう考えると大和がかわいく思えてきた。

いつもだったら大和から見られると目をそらすのだが、この時僕は、僕を見つめる、大和の目線をそらさなかった。

「なんだよ」

「別に、」

「言いたい事があるなら、言えよ。」

「いや、馬鹿だなって思って。」

「な、」

何の見返りもなく、何の勝算もなく、彼は彼女を助けようと動いた。

「でも、そこまでカッコつけたらかっこいいかなって思えるよ。」

「別に俺はカッコつけてなんかいない」

「そうだね。カッコつけなくてもカッコいいよ。」

「馬鹿にしてるのか」

「馬鹿だとは思うけど、馬鹿にはしてないよ。助けたあの子の事知っている子なの?」

「いや、、、あの子はあの後大丈夫だったか?」

少し眉を顰め、弱気な表情、やっぱり心配している。

そうか、あの子に心配をかけない為のやせ我慢か

「あの後、警察に引き渡してからどうなったかまでは分からないけど。でもたぶん大丈夫だよと思うよ。あの子気は強そうだったし、何となくだけど、もうあんなことはしないと思う。」

「だといいけどな、如月君はあの子の事を知ってるのか?」

「いや、残念ながら。ねぇ、遠野大和君」

「遠野でいいよ。」

名前ではないのか、大和の方が呼びやすいんだけど、まぁ、確かにそんな間柄ではない

「聞いていい?」

「なんだ?」

「あの子の事、好きなの?」

「、、、、、」

ヤバい、怒らせたか、確かに彼は色恋沙汰には興味がなく、下の話を聞くだけで嫌悪感を示す表情をしていたな。彼の頭の中はまだ中学生だと考えないと、

「どうしてそうなるんだ。」

「僕だったら、好きな子じゃないとあんなことできないから、」

あ、少し、表情が和らいだ、きっとお前とは違うんだと上から目線に立ったんだ。

「君と一緒にするな。」

「そう?でもそれは普通だと思うよ、遠野君みたいな人が普通じゃない。

知らない人のために迷いなく行動できたりしない。例えば、あの子が僕の妹だったら、僕は遠野君と同じことをした。でも、そうでもない限り、普通はあんなことはできない。

もちろん、あの時みたいに誰もが無関心ていうのも、異常な気がするけど、あの時あの場にいた皆が作り出していた空気、みんな彼女心配はしているけど他人事、最初に口を開いた人が、彼女の命の責任を負わされる、誰もそれを追いたくない。

だから、見守る事しかできない。

なのに君はその空気を欠片も読まずに、動いた。あの中で、ねぇ、あの時少しは、そういう風に怪我するとか思わなかったわけ?ううん、それ以前に、受け止められたからいいものを、そうじゃなければ遠野君も巻き込まれて死んでしまう事だってあるんだ。そうは考えなかったわけ」

「考えていないよ、というより、そんな事どうでもいい、考える自体無意味だ。」

「無意味?どうして」

「あの時は、そんなこと考える暇なかったし、考えるべきは助けるか助けないかじゃなく、どうやれば助けられるかだ。」

それは非常に冷静に建設的な思考回路だ。でも普通の人はその前提に立つかどうかから始まるんだよ。なるほど、質問の意図をくみ取れない時点でやっぱり前提なんだ。

「それにもし考えたところで、怪我は、治るし、もし、あの時俺が彼女を受け止めきれずに巻き込まれたとしても、何もしないで地面に落ちるよりかは助かる可能性はある。もしそうじゃなかったとしても、あの時俺は、最善を尽くした。それなら、彼女を救えなかったことにも納得がいく、彼女を殺したという事も背負う覚悟がある。」

殺した、君の言葉が原因であぁなってしまったからか、それを背負う覚悟だなんて、人の死を背負う覚悟、その時点で君の覚悟は偽物だよ。

誰も人を生き返らせたりできない。だからこそ死は重く命は尊い。

償えぬものを背負う、果たせぬ約束をする、それは無意味だ。

償いは許されて意味を成す、約束は守るためにする。

最初からそれが出来ない事が分かっているもの、そんな言葉の上での覚悟だなんてただ自分の心が救われたいだけの言い訳だよ。

「行動して結果が最悪なら、俺が無能なだけだ。でも、あの時周りの目を気にして自分が失敗する事を恐れて動けなかったら、俺は自分自身の気持ちに嘘をついて、心の怠慢が招いた結果になるそれは許されることじゃない。」

あぁ、痛々しい彼なりの青春か、

だが、僕は嫌いじゃない。

彼の思想はともかく、今回の彼の行動は間違いなく善であり、僕にはないものだ。

見返りなく、ただ命を助けたいそれだけだ。

もちろん以前の事件の時の様に自分の中の正義を貫くために、相手と対立する事をいとわず、

言葉であれ、腕力、行動であれ、決して曲がらず、力でねじ伏せる正義も彼は持ち合わせている。

誰かを助けるための正義と悪を滅ぼすための正義。

彼の正義はその両方だ。

でもどちらも彼の正義だけど、どちらが彼の本質か、

「遠野君はいつだってそうだね。」

「?」

「どうあっても、嘘をつけない。頭もいいんだし、上手に生きようとは思わないの?」

「俺の中で何が優先かはっきりしてるだけだよ。僕の中には1か0か、イエスかノーか2択しかない。どんなに複雑に見える問題でも、その実ただ2択が複数重なっているだけ、どちらの選択が都合がいいか、人よりそれを客観的に見えて、決断力が速いだけだよ。」

「人間そう単純じゃないように思えるけど」

「君が今僕に話しかけているが、もしこの瞬間ほかのクラスの人間が入ってきたら君はどうする。」

「どうするって、、、」

「おそらくしばらく、会話を続け1分未満で収束に持っていき、自分の席に戻るだろう。そうさせる君の考えは、俺と仲良くしていると思われる誤解、世間体と、俺と会話を続ける事で得られる、俺の情報、その二つを比べた時、得られる情報に対して、失う可能性の世間体のリスクが高い。

人生の選択、結婚や就職から、今ある日常の行動の選択まで、人の選択は常に2択。

やるかやらないか、その二つの結果を秤にかけ選択する。

世間体や今後の可能性、失敗した時に失うもの背負うべきリスク。もし人が確定的に未来を見通す力があるなら、人は迷うことはない。たとえどんなに受け入れがたい結果でも、最初から、そうなるしかないとわかっていれば人は受け入れられる。

まぁ、そういうのが俺の場合極端にそうと割り切っている。決断までの時間も俺の中では十分なリスクだからね。」

「ふーん、なるほど、それじゃ遠野君。もし、遠野君の前で今すぐに助けないと死んでしまいそうな人がいて、そのすぐ横で、その人を死に追いやった殺人鬼が逃げようとしている。そういう状況だったらどうする?」

さぁ、君の正義はどっちだい

「それだけじゃ判断のしようがないね。でももし、そうだな、俺独自にその状況に要素を加えていいのなら、俺は殺人鬼を捕まえる事を選ぶよ」

「それは殺人鬼という悪を許さない為?今後の被害者を救うため?」

「それもそうだけど、そもそも、俺に殺人鬼に殺されかけた人を救える術がないからさ、殺人鬼っていう時点で、被害者は致命的な外傷を追っているってことだろ、そうなったとき、俺はその人を救える術はない。できても励ます事や、傷口を抑える事だけだ。

逆に聞くけど、その状況で僕はどうすればその人を救えるんだい?」

「それは、救急車を呼んだり、とか」

「それなら殺人鬼を追いながらでもできる。でもま、君の意図はそういう事じゃないだろう、人の命を救うか、悪を滅ぼすか。その瞬間であれば僕は人の命を救う。でも悪を許すつもりはない。」

僕の意図を見透かして、、、だったら

「それじゃ、もしその悪が、誰かにとってとても大切な人だったら、」

「それはもしもじゃないね、必ず人は誰かの大切な人だ。僕はそれでも法に、この場合はこの国の法だ、に背く人を許すつもりはないよ。まぁ、裁くのは僕ではないけど。」

「普段の君を見ているとそんな気はしないけど、俺が法であり、俺が裁くって感じだけど。」

「手を出させるようには仕向けるけど、俺から手を出したことは一回もないよ、それに手を出された回数以上、手を出したことはないよ。もちろん、それでも十分犯罪だけど、それくらいは守らないと、俺の周りはもっと凄惨で、確実に俺は塀の中だよ。」

この人は本当にそうな気がする、、、たぶんきっとずっとそうで、

「ねぇ、遠野君、彼女っているの?」

「いると思うか」

「その性格がなければいない方がおかしいと思うくらいいると思うけど、」

「君はさっきからずっと話が飛ぶな、何が言いたい。」

「うん、そうだね、元々その骨折が気になって、いつもそんなことしてるのかなって、せっかくの機会だし、遠野君の事を聞こうかなって、でも目的はないけど話はつながっているよ。彼女がいないか聞いたのか、彼女がいた方が遠野君の為になると思ったから、

僕思うんだけど、遠野君が攻撃的で、曲がらないのは、それを止める人がいないことも、遠野君よりもまっすぐで正しい人がいないのもそうだけど、

それ以上に遠野君にとってどうしようもないほど大切で、特別な人がいないとだめだと思うんだ。それも、その人は強い人じゃ、正しい人じゃダメなんだ。

遠野君が認めるような正しい人がいても、その人の話は聞くし、いう事は聞くけど、きっと変わらないと思うんだ、結局遠野君が認める人って遠野君の価値観で評価される人だから、同じ方向性なんだ。

だから、その攻撃性も、曲がらないのも変わらない。」

「柔軟性があった方が社会でも認められ、社会生活に適応できる。

そうやって嘘をついて、人に合わせて作り笑いをして、人を心の中で見下して、そのうちそれが本当に楽しくなってきて、正しいと思えるようになっていく、」

具体的な誰かのことを言っているのか?

「でも俺はそういう大人になりたくないから、こうしているんだ。どこまでも俺である事を貫く、俺が死んだ時、俺が俺に恥じる事を何一つしていない、そういう生き方をしたいんだ。」

この人はすでに終わっている人なのかもしれない。もう生きる意味も目的も決まっていて、ただそのシナリオ通りに生きるだけ、そのシナリオは終わり方と、主人公の設定は決まっていても、その過程は決まっていない。だから途中で終わっても構わない。終わるまで自分という作品を完璧な状態で持っていく、それが至上にして唯一の目的。だからそれ以外はどうでもいい。

「つまらないね。その生き方。」

僕の言葉に怒るかと思っていたが、彼はそうか、というだけで少しの感情の変化もない。

きっとそんな事は最初から言われ続けているんだ。

「彼女とか欲しいと思ったことないの?」

「ないな、さっきも言ったみたいに俺の価値観には1か0かしかない。俺の最優先事項は俺の正しいと思ったことを貫くこと。恋人には、優しくしたいだろ、幸せになってほしいと思うだろ。それは俺の信念とは両立しない。両立できると思い込み、そんないい加減な気持ちで人を好きになったりしない。」

「本当に君はまじめだね。」

「そういう君も恋人も思い人もいたことないだろ?」

「え?いや、そんな事ないよ」

ないけど、口元がわらった、どや顔で言われると抵抗してみたくなる。

というかこれは大和の抵抗だ。

「如月君、君とちゃんと話したのは初めてだけど、地の性格は悪いよな。」

「そうだね、」

「自覚ありなのか」

「そう、それで治そうとしないから、悪いじゃなくて最悪、だよ。」

「、、、、君たぶん、君が思う以上にその性格の悪さ伝わっていると思うぞ。君に恋人がいない理由はそこにあると思う」

「いや、そんな事はないよ。」

何だこいつ、うまく嘘はつけてたはずなのに、、

「俺も性格に難があるけど、君のその性格の悪さもよっぽどだよ。君、人を操る事に楽しさを見出している。そう言う時、口元笑ってるぞ。悪人ではないから、俺が別にそういうのも構わないと思うが、そういう所、直した方がいいぞ、君が思うほど、君は完璧にいい人の君を演じられてはいないよ。」

「検討しておくよ、一応ね。」

余計なお世話だよ。

「人の心を思い通りにできる、自分にはそういうことが出来る。そう思って君はいつか必ず、その慢心から災いを招く。そうでなくても恋人や家族や大切な人でも君は嘘をつける人間だ。人を見下すような傲慢さは俺と同じだが、俺は思う事を口にして僕なりの理由をもって人を見下し人と対立するが、君は思いを隠し、人に付け入る。君は人の怒りや憎悪強い感情を自由にできると思っている。

それは大きな間違いだ。君の嘘は君が思うほど嘘じゃない。君は本当の君を隠しきれていない」

「へぇ、そんなことまでわかるんだ」

「小さい頃、そういう嘘ばかりつく人間ばかりの中で、見分け方を教えてもらったからな。君は遊んでいるだけだ。本心からじゃない、強がっている人間への『ささやかな抵抗』とでも言っておこうか、」

彼のその言葉はきっと僕を思っての事だろう、確かに僕には思い当たる節がいくつもある。

その人の味方のフリをしてその人が望む言葉を与え、その人の怒りを増長させる。

その人にとって、いい人でいる事で最も面白い場所で他人の茶番劇を見ることが出来る。

「どうかな、遠野君が、いつまでも自分を貫けると思っているように、僕も人をだまし続けられると思っているよ。今は君に見抜かれても、そういう事を繰り返すことでうまくなっていく。それに何より本当のことを言うだけが最良じゃないよ。人間なんだ。大切な人にだって嘘をつくさ、それがその人のためさ。」

「それが善意から出る嘘なら、な。君は人を操りたいという願望から出る嘘。」

「それでも君みたいに嘘をつけないよりはよっぽど立派な人間だよ。嘘を必要としない人間は強い人間だよ。暴力、権力、金力、総じて人より突出力を持ちそれ以上に心が強い人間にだけ。強さの上に成り立つ理屈だよ。」

「その顔、やっと君の本当の顔を見れた気がするよ。キレた顔、いい顔。男の子の顔だな。」

そういって大和は笑う。背筋がぞくっとする感覚。戦いを望む大和の顔だ。両手を折れているし、正直この感じ頭にくる、全部むちゃくちゃにしてでも殴ってやりたいでも微塵も勝てる気がしない。それにこんな奴の為に今の僕を失いたくない。

僕は感情的な自分を押し殺し、いつものように表情を作る。こっちの方が僕の本質だ。

そう自分に言い聞かせる、何事もないように言葉をかえす

「そう、それは良かった」

と、すると彼は、そんな僕に折れた右腕を差し出してきた。

折れているのは腕の骨、手を使うことはできる為、彼は僕に握手を求めてきた。

「何これ?」

「そういう君なら、友達になりたいと思ってな、それに昨日はありがとう。」

さっきまであの態度助言程度で、本当に僕への悪意はないのか、歯牙にもかけないから僕の感情など取るに足らないのか、

僕は握手を無視して話を続ける。

「そう、でも、君場合、友達とか、敵を作る前に、君の事を好きでいてくれる彼女を探した方がいいよ。君の正義も僕の嘘と同じように君をダメにする。君の正義を抑える鞘みたいなものが必要だよ。」

「こんな俺を好きだっていうような酔狂な人がいるなら会ってみたいよ。」

その時だ、教室の扉があいた。このタイミング、きっと運命だとかいうものがあるなら、きっとこういう事を言うのだろう。

そこにいたのは見おぼえない女の子。薄く塗ったピンクのグロスと、綺麗にとかれた髪の毛が朝日を浴びて本当に輝いている。

だから、僕は彼女が彼女である事を理解するのに相応の時間を要していた。

「あ、あの、遠野大和さん。」

でも彼は、彼女が彼女だと声を聴く前に理解していた。

「君は昨日の、その制服うちの生徒だったのか」

彼女は扉に手をかけたまま一呼吸を置き、まるで僕のことなど見えていないように、大和を目線から外さす、彼に近寄ってく。

「あの、遠野大和さん、」

「は、はい」

彼女の迫力に圧倒させ、大和は身をそらす。そんな彼を抑えるように折れた両腕を抑え、逃げられないようにして、さらに顔を近づけ、言葉を発する。

「私、大和さんの事、好きです。愛しています。私と付き合ってください。」

唐突だあまりに唐突、その時僕は彼女が昨日の自殺少女だとわかった。

そして同時に思った、まずは思いを伝える前に君のせいで折れたその腕の事に触れるべきではないのか

「あの、ごめん。あまりに突然の事で状況が呑み込めていない、、、」

それはそうだ、完全に電波な発言だ。さすがの彼も動揺して言葉に詰まる。

というよりこの子は誰だ、昨日までの悪態はどこに行った、その笑顔、その作り声、その化粧、そして何よりそのスカート、恋する乙女は校則違反も関係ありませんか、モロばれしてんのにキャラを作るか。

「私、決めてたんです。次に大和さんに会ったら、最初に好きだって伝えようって、そしたら今朝、家の窓から学校に行く大和さんが見えたんです。そしたら、私、すぐに追いかけました。その時思ったんです、これは運命だって。」

それは違うそれはただ彼の通学路が君の家の前を通っているだけの事だ。

それにすぐに追いかけたのなら、その恰好はないだろ

「あ、いや、ちょ、ちょっと待って、まず落ち着こう。」

少し慌ててはいるが、大和は彼女と比べ物にならないほど大人で冷静だ。彼女をなだめ、彼女との距離を取る。

「とりあえず。元気そうでよかった。昨日ので怪我してないですか?」

普通は引くか、彼女の空気にのまれるか、なのに大和はいつも通りの大和だ。

「あ、はい、その手、もしかして昨日ので。」

冷静な大和に少し我に戻ったのか、大和の怪我にやっと気づいた。

「違うよ、」

どう考えてもばれる嘘だろ

「本当ですか?」

折れた両手を彼女は握り、再び彼に詰め寄る。

その時彼女の直視に耐えられなくなったそうして僕の方をちらっと見た時、きっと僕はドン引きで見下すような目で彼を見ていたのだろう。彼はすぐに安い嘘を正す

「って言っても明らかな嘘か、大丈夫仰々しくしているけど、大丈夫。すぐに治るし、痛くないよ。だからそんな顔しなくていいよ。」

「本当にごめんなさい。私のせいで、こんなことに」

「僕が好きでやったんだ。気に病む必要はないよ。そんな顔が見たくて君を助けたわけじゃないよ。」

なんだ、さっきまでと違って、眉間にしわもよっていないし、口調もやさしい。

好きなのか、好きだから助けたのか。

「本当にごめんなさい。」

「怪我なんて食って寝てればすぐに治るよ。それより君こそ、君に死に希望を持たせたほどの心の傷の方が心配だよ。」

「私の事心配してくれるんですか?」

「当然じゃないか!君はもう少し、自分の価値を理解すべきだ」

「そんなに私の事を、、、、」

二人だけの世界の会話がどれだけ続いただろう、実質5分もないだろうが、苦痛な時ほど、長く感じる。綺麗事だけで続く会話、僕に彼女はいた事はないがそれでも、どんなに浮かれてもこんな周りに不快感を与える会話をすることはないだろう。

でも、だ。たぶんだ、たぶんだけど、彼女は勘違いをしている。

この会話はかみ合ってない。

一見、彼女の身を案じ、心配しているように聞こえる大和の言葉も、冷静に聞けば聞く程、

大和は彼女の事を、恋愛感情をもって接しているわけではない。

いつも通りの大和、人の道を誤りかけた彼女を正しい道に戻そうとしているだけだ。

「とにかく、本当に君が元気そうでよかった。」

「それじゃ、私は恋人という事で、」

それじゃ、ってどういう意味だ、ヤバい。この子完全に電波ちゃんだ。

あっけにとられる大和に彼女は遠慮なしに、とびかかる。

椅子の後ろ脚だけで立っていた、大和は背中から地面に落下する。腕が万全なら受け身をとれただろう、彼女がいなければ、足をついて倒れ込むことが出来ただろう。だが、この男この状況で彼女に怪我をさせないように、自分の頭を打ちながら、彼女をかばうようにして倒れ込む。

腕の痛みと背中を打った痛みで一瞬顔がゆがみせ、せき込む。

「、、、、、いや、そうじゃなくて、」

大和が僕に助けを求めるかのように目線を送る。

だから僕は答える、彼の望まぬ答えを

「よかったね、オメデトウ。」

「なんだその目は、少しは感情を込めて言え。」

はっきり明言しておく、僕は決して羨ましいからこんな顔でこんなをしてこんな冷たい態度をとっているわけではない。

僕はこの突拍子もない電波系彼女に引いているだけだ。

繰り返し言うが断じて、彼が羨ましい訳ではない。決して、決してだ。

しかし、ちゃんとすればこの子、、、こんな子うちの学校にいたかな。こんなかわいい子いたら見落とすわけが、、、あ、いや、決してそういうつもりじゃなくて、、、

「あ、そういえば、君の名前、まだ聞いていなかったね。」

「あ、そうでした。それじゃ。」

彼女は大和から離れ、両手をお腹の前で合わせ綺麗に一礼をする。

「私、双子島陽菜と言います。ひなは太陽の様に菜の花の菜と書きます。この学校の1年生ですが、今はほとんど学校に来ていませんので、たぶん直接お会いするのは機能が初めてだとお思います。不束者で、至らぬところも多々あるかと思いますが、ご寵愛いただけるように努力いたしますので、今後とも末永くよろしくお願いいたします」

何の挨拶だこれ、、、

「登校拒否?」

「はい、」

明るく彼女は答える。先週末の自殺を見なければとても信じられないくらいにあっさり、明るくだ。

「今来ちゃってますよ、登校拒否はいいんですか?」

僕は怒り気味に彼女に尋ねる。

登校拒否が男を追ってのこのこ学校にやってきた。それにその恰好

「あなたには関係ないでしょ。」

あぁ、僕にはこんな態度なのか

「いじめか何かが理由か」

大和が起き上がり、怒りを含んで尋ねる。

「、、、、、そんなんじゃありません。」

「登校拒否に自殺、双子島さん。君がこうして会いに来てくれた。君に何があったのか話してくれないか。」

真剣で怖い表情の大和に我に返ったのか、彼女の顔から笑顔が消える。

その時だ。廊下から、他の生との声が聞こえる、それそろみんなが登校してくる時間だ。

「、、、陽菜、、」

「?」

「名前で呼んでください。」

「でも、いきなりそれは、、、、」

「私、嫌いなんです、苗字で呼ばれるとか、妹として思われることとか、、、」

双子島、彼女もしかして、、

「大和さん、もし、私の事を気にしてくれるなら、私の話を聞いてくれるなら、今日放課後、17時に、南ヶ浦運動公園の展望台で待ってます。」

「あぁ、分かった必ずいくよ。」

大和は力強くそう答える、その答えを聞いて彼女は教室から出ていく。それと入れ違うタイミングでクラスの女子が入ってきて、大和を見て驚く、おそらく喧嘩で怪我をしているのだろうと思っているのだろう。

僕は何事もなかったのように席に戻る。

後から知ったことだが、彼女はこの日も授業を欠席したらしい。

本当に大和の後を追いかけてきただけだ。

僕はあの子は嫌いだ。周りが見えていない自分の事だけ、だからこそ、あんな人目の付くところで自殺しようとしたり、自分を心配してくれた人に逆切れしたり、人の話を聞かなかったり、彼女はそういう人間だ。

僕は大和が彼女の事を心配する理由が分からない。

もし彼女の自殺の原因が、登校拒否の理由がなんであったとしても、たぶんその根源的な理由は彼女にある。彼女が原因で広がった問題を彼女自身がどうともしようとしなかった。たぶんそんな気がする。だからこそ、彼女はああやって平気で学校にも出てきた。

僕が頭の中でそんな事を考えていると僕の横に威圧感を感じ横を見る

そこには大和が普段そういうことを見た事のない女子生徒も僕の方を見る。

嫌な感じだ。

「如月君。南ヶ浦運動公園ってどこにあるか知っている?」

知らないのに、必ず行くって、、

僕は先ほどまでとは違い、他人行儀で携帯で調べた場所を彼に伝える。

それが僕と彼の対外的な今の関係。

土曜日の事が原因で、この日以降、僕と彼は二人だけの時は話すようになっていた。

でも、僕と彼が友達だとクラスの皆に気付かれるのは夏休み明けの事だ。


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