電話
激しくキスを交わして俺たちはベッドに倒れこんだ。
ほんのりとした暗闇の中、飢えるようにエンゲルベルトの服を脱がす。俺も自分で服を脱ぐと、彼の首や頬にキスを浴びせた。
ああ。
ちがう……
あんなにしたかったセックスなのに、エンゲルベルトの匂いを嗅ぐごとに、皮膚の弾力を知るごとに、肌を味わうごとに、心が急速に冷えていく。
ちがう。
ちがう。
まさむねと違う。
あきとと違う。
…………
…………
「カエデ……」
エンゲルベルトが目を開けた。
動きが止まったまま、涙をすすった俺。
「どうしたの? 」
「ごめん……俺……やっぱ出来ないや」
「なんで? 」
「……調子悪いみたい。……ほんと、ごめん。こっちから誘っておいて」
しばらくじっと俺を見上げていたエンゲルベルトは、ふって笑うと、手を伸ばして俺を抱きしめた。
「カエデは好きな人がいるんでしょ? 」
「え? 」
「何となく分かっていたよ。……けど、もしかしたら、ちょっとはチャンスあるかな、って。…………酔わせて襲っちゃえ、って考えてたんだ。ふふ」
エンゲルベルトの胸で聴く彼の声はとても優しかった。
「カエデは、俺にとって少年主人公に見えた。ラピュタのパズー、999の鉄郎、うーん、ちょっとエヴァンゲリオンの碇シンジも入っているかな」
「はは、アムロじゃないから許す」
「なんか、面白い。カエデのキャラクターって」
「エンゲルベルトは……悟空みたいだよ」
「え! あの孫悟空? ドラゴンボールの! 」
超・喜んでます。
あのノーテンキさと、優しさと、二面性のなさと、アホっぽさが似ている……とは、言わないほうがいいだろうな。
「うわお、明日っから、俺、スーパーサイヤ人になる! 」
「止めたほうがいいよ。エンゲルベルトの名前が泣くよ」
天使の輝き……
彼に惹かれたのは、名前のせいかもしれない。
結局、俺は、あの天使たちにどこまでも囚われてしまっているんだ。
「ふっ」
自嘲気味に笑うしかなかった。
家に帰ってモバイルを取り出すと、暁斗からメールが入っていた。
俺が送った「ゲーテアヌム体験」に対する感想と、是非いちど行ってみたい、という強い希望。
ああ。
暁斗とゲーテアヌムに行けたら、どんなに楽しいだろう。きっと、暁斗はすごく興味を持ってくれる。「楓、すごいね」って瞳を輝かせるんだ。いっぱい、いっぱい話しをするんだ。嬉しいな。想像しただけで愛しさがいっぱいになる。
『今から電話していいですか』
メールを打った。
こっちが夜中の一時だから、日本は夕方の五時くらいだ。……学校が終わっていて、タイミングがよかったら、電話できるかもしれない。
トゥルルル…………
夜中の電子音に驚いて、すぐに電話を取った。暁斗からだ。
「もしもしー かえで」
「あきと! ごめん、こっちからかけようと思ったのに」
「いいよぉ。何かあった? 」
「いや、別に用は無かったんだけど……暁斗の声が聞きたくて」
「そっかー。オレも楓の声が聞けて嬉しい。………………」
しばらく黙った。
何も話さなくても、お互いの存在を感じていることが嬉しくて、胸がいっぱいで……
こうやっていると胸の奥の何かがつながっているみたい。
嬉しくて、恋しくて、涙が出てきた。
「ズズ……ありがと」
「うん」
また、しばらく間があく。
暁斗は、俺の感情なんて全部分かっている。正宗が「暁斗と俺は心がつながっている」て言っていたけど、俺とだってこうやってつながっているんだ。
「かえで、愛してるよ」
「うぅ……」
涙が溢れて止まらなくなった。
「俺も……俺も、暁斗を愛してる」
「ここから楓を抱いておいてあげるよ」
「……ぅん……」
暁斗の気に包まれているのが分かった。
それは、とても優しくて暖かくて癒される気だった。その気に包まれて俺は泣き続けた。
愛している
愛している
エンゲルベルト。
これなんだよ。
気やフォースは、戦うだけじゃないんだ。
こうやって、相手を抱きしめることもできるんだ。
愛を与えることも出来るんだよ。
「……ありがと、あきと」
鼻水をすすりながらも気持ちが上向きになっているのが分かった。
「うん。時々は、こうやって電話で抱き合おうよ、楓」
「えっ」
「だめ? 」
「ううん。いい。嬉しいよ。でも、いいの? 暁斗? 」
「なにが? 」
「正宗に妬かれない? 」
「じゃ、正宗にも電話するよう言っておく」
「……あいつ、嫌がりそう」
「そんな事ないよ。あれで、楓のこと気にしているからね」
「ほんと? 」
「うん。…………でも、やっぱり止めたほうがいいかな」
「えっ、なんで? 」
「だって楓、正宗と電話したらヤりたくなっちゃうでしょ? 」
うっ、
そうだった。
正宗は俺のエロスの天使だったからな。
一度だけ正宗を抱かせてもらったんだ。ものすごく綺麗だった。おいしかった。最高に気持ちよかった。もう夢中で彼を抱いた。感動で泣きそうだったよ。今でも夢に見る。毎晩、毎晩、彼を夢で抱く。ペニスを一切触らなくても、抱きしめるだけもイっちゃえる。この世で抱きたいのは彼の体だけだ。
「い、いいよ。ヤりたくなっても。声が聞きたいから、話がしたいから。電話してって言っておいて」
ちょっと小さく息を吐く音がした。どこか笑っているような気配だった。
「もしもし、楓」
「まさむね! 」
意外な声に、心臓が飛び出しそうだった。
「おまえ、何やってんの? もっと電話してこいよ。こっちは、そっちの状況分からないんだからさ。おまえは、こっちの生活パターン分かってんだから、そっちから電話かけてくるべきだ」
「う、うん。でも、迷惑かと思って……」
「ヘンな遠慮するな、今更、気持ち悪い」
「……ごめん」
相変わらず、口悪い。
けど、その毒舌さえも懐かしくて恋しい。
しばらく、また黙ってしまった。沈黙していてもちゃんと、すぐそばに正宗がいるのが分かる。すごく嬉しい。
ああ、まさむね、まさむね、まさむね……
「あと、もうちょっとだろ?」
「あ、ああ。でも二ヶ月もある」
「じゃあ、もう帰ってくる? 」
「…………ううん。がんばる」
そうなんだよなー。そう言われると、ここで帰るなんてカッコ悪すぎ。自分で一旦決めてこっちきたんだからな。正宗と暁斗に「情けない男」て思われるのは絶対に嫌だ。
「……うん。……待っているから」
優しい声。
恋しくて甘い気持ちがいっぱいになる。
その上、(シニカル正宗が)俺の帰りを待っていてくれているなんて……
「あああああ、まさむね、会いたい! 会って抱きしめたい! 」
愛しさと、切なさと、官能と、性欲と、……すべてが爆発しそうだった。
「だから止めておいたほうがいいって暁斗が言ったのに」
はぁ、はぁ、と息を吐いている俺に、正宗はあきれていた。
「あんまり我慢はよくないぞ。テキトーにぬけ! 」
「無理だ! もう実験したけど、無理だった。おまえ以外の奴とはセックスできないことがよく分かった。……おまえは、全く違うんだ。もう抱き合った瞬間から快感度が普通じゃねーんだよ…………はあ」
「………………」
正宗は何かを考えているようだった。
「じゃ、今も感じる? 」
「ああ、もうブルブルする」
本当に背中と足先が興奮でぞくぞくした。快感だ。
「ふふ。テレフォンセックスだな。こんな簡単なセックスもあったんだ。……分かったよ…… とにかく、ちょっとは満足したろ? こうやって時々電話してこい。俺と話すのがキツいんだったら、暁斗だけにでもいいよ。暁斗とだったら落ち着くだろ? 」
「……うん」
まだ、ブルブルしながら返事をした。
確かにその通りなんだ。
暁斗のあのキラキラした細かい愛情を受けていると、心が安らかになるんだ。癒されるんだ。ひまわりのような暁斗の声を聴くだけで胸がときめく。
一方で正宗には、強い快楽を感じてしまうから困ってしまう。いや、ものすごく求めていたんだけど。それを。
「じゃあね、ダーリン。また、電話でエッチしよう、ちゅ」
そう言うと電話は切れた。
な、
なんちゅー、
下半身にくる色気。
あれが、堅物修行者で、クールな秀才で、恋の話が通じない冷血漢で、どうしても俺が勝てない剣士、……なのか?
あまりの二面性に俺はクラクラする。
正宗は普段は本当に強くてしっかりしている青年だからな。なのにセックスしている時の正宗は、女性顔負けに色っぽい。違反なほど可愛い。あれ、暁斗が引き出したんだろうな。うーーん、そう考えると、やっぱ暁斗はすごいのかもしれない。
結局。
あのふたりがいて、俺の天使は完成するんだ。
「何これ?」
エンゲルベルトに手渡された二枚の写真を見比べた。
なぜか、孫悟空のコスプレをしたもの、と、平安時代の貴族風衣装をきて気取っているものとがある。
「だから、どっちがいいと思う? こんどのコスプレエキスポに出ようと思ってるんだけど、いくら俺が悟空と似てるっても、孫悟空はやりつくされた感あるじゃん。その点、安倍清明ならまだ有名じゃないからいいかな、って思って」
「マニアックすぎて分からないんじゃない? 」
「いいんだよ、それが。きっと皆が『それ何のコスプレ? 』って聞いてくるから、『これは陰陽師っていうエクソシストの衣装だ』て説明してやるんだ。『青の祓魔師』が流行っているから、分かる人には分かるよ。くくく、あー面白そうだなあ」
エンゲルベルトに孫悟空に似ている、なんて言わなけりゃ、よかった。『陰陽師』のマンガなんて貸さなけりゃよかった。本職の正宗にとっても悪い気がした。
「でね、カエデのぶんもあるんだ。これ、源博雅の衣装。絶対似合うよ。だって、カエデが一番ぴったりなキャラクターは源博雅だから! パズーより鉄郎より、源博雅なんだよ。誠実で純粋で真面目で、ほんといい奴なんだ。ね、ぴったりだろ? 」
俺はガックリと下を向いた。
あと二ヶ月は、この訳分からないオタクと付き合わにゃならんのだろう。でもって、案外それが楽しめそうだってこと。ドイツ語も使う機会が増えそうだし。
でも、エンゲルベルトには本物の陰陽師と知り合い、ってことだけは知られないようにしなくちゃな。
そんな事言ったら、日本に着いてきかねないもん。
俺の大事な大事な天使は、絶対に教えてやらないんだ。
(完結)




