表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

電話

 激しくキスを交わして俺たちはベッドに倒れこんだ。


 ほんのりとした暗闇の中、飢えるようにエンゲルベルトの服を脱がす。俺も自分で服を脱ぐと、彼の首や頬にキスを浴びせた。


 ああ。


 ちがう……


 あんなにしたかったセックスなのに、エンゲルベルトの匂いを嗅ぐごとに、皮膚の弾力を知るごとに、肌を味わうごとに、心が急速に冷えていく。


 ちがう。


 ちがう。


 まさむねと違う。


 あきとと違う。


 …………


 …………


「カエデ……」


 エンゲルベルトが目を開けた。

 動きが止まったまま、涙をすすった俺。


「どうしたの? 」

「ごめん……俺……やっぱ出来ないや」

「なんで? 」

「……調子悪いみたい。……ほんと、ごめん。こっちから誘っておいて」


 しばらくじっと俺を見上げていたエンゲルベルトは、ふって笑うと、手を伸ばして俺を抱きしめた。


「カエデは好きな人がいるんでしょ? 」

「え? 」


「何となく分かっていたよ。……けど、もしかしたら、ちょっとはチャンスあるかな、って。…………酔わせて襲っちゃえ、って考えてたんだ。ふふ」


 エンゲルベルトの胸で聴く彼の声はとても優しかった。


「カエデは、俺にとって少年主人公に見えた。ラピュタのパズー、999の鉄郎、うーん、ちょっとエヴァンゲリオンの碇シンジも入っているかな」


「はは、アムロじゃないから許す」

「なんか、面白い。カエデのキャラクターって」


「エンゲルベルトは……悟空みたいだよ」

「え! あの孫悟空? ドラゴンボールの! 」


 超・喜んでます。

 あのノーテンキさと、優しさと、二面性のなさと、アホっぽさが似ている……とは、言わないほうがいいだろうな。


「うわお、明日っから、俺、スーパーサイヤ人になる! 」

「止めたほうがいいよ。エンゲルベルトの名前が泣くよ」


 天使の輝き……

 彼に惹かれたのは、名前のせいかもしれない。

 結局、俺は、あの天使たちにどこまでも囚われてしまっているんだ。


「ふっ」

 自嘲気味に笑うしかなかった。




 家に帰ってモバイルを取り出すと、暁斗からメールが入っていた。

 俺が送った「ゲーテアヌム体験」に対する感想と、是非いちど行ってみたい、という強い希望。


 ああ。

 暁斗とゲーテアヌムに行けたら、どんなに楽しいだろう。きっと、暁斗はすごく興味を持ってくれる。「楓、すごいね」って瞳を輝かせるんだ。いっぱい、いっぱい話しをするんだ。嬉しいな。想像しただけで愛しさがいっぱいになる。


『今から電話していいですか』


 メールを打った。

 こっちが夜中の一時だから、日本は夕方の五時くらいだ。……学校が終わっていて、タイミングがよかったら、電話できるかもしれない。


 トゥルルル…………


 夜中の電子音に驚いて、すぐに電話を取った。暁斗からだ。


「もしもしー かえで」

「あきと! ごめん、こっちからかけようと思ったのに」

「いいよぉ。何かあった? 」

「いや、別に用は無かったんだけど……暁斗の声が聞きたくて」

「そっかー。オレも楓の声が聞けて嬉しい。………………」


 しばらく黙った。

 何も話さなくても、お互いの存在を感じていることが嬉しくて、胸がいっぱいで……

 こうやっていると胸の奥の何かがつながっているみたい。

 嬉しくて、恋しくて、涙が出てきた。


「ズズ……ありがと」

「うん」

 また、しばらく間があく。

 暁斗は、俺の感情なんて全部分かっている。正宗が「暁斗と俺は心がつながっている」て言っていたけど、俺とだってこうやってつながっているんだ。


「かえで、愛してるよ」

「うぅ……」

 涙が溢れて止まらなくなった。


「俺も……俺も、暁斗を愛してる」

「ここから楓を抱いておいてあげるよ」

「……ぅん……」

 暁斗の気に包まれているのが分かった。


 それは、とても優しくて暖かくて癒される気だった。その気に包まれて俺は泣き続けた。


 愛している


 愛している


 エンゲルベルト。

 これなんだよ。

 気やフォースは、戦うだけじゃないんだ。

 こうやって、相手を抱きしめることもできるんだ。

 愛を与えることも出来るんだよ。



「……ありがと、あきと」

 鼻水をすすりながらも気持ちが上向きになっているのが分かった。


「うん。時々は、こうやって電話で抱き合おうよ、楓」

「えっ」

「だめ? 」

「ううん。いい。嬉しいよ。でも、いいの? 暁斗? 」

「なにが? 」

「正宗に妬かれない? 」


「じゃ、正宗にも電話するよう言っておく」

「……あいつ、嫌がりそう」

「そんな事ないよ。あれで、楓のこと気にしているからね」

「ほんと? 」

「うん。…………でも、やっぱり止めたほうがいいかな」

「えっ、なんで? 」

「だって楓、正宗と電話したらヤりたくなっちゃうでしょ? 」


 うっ、

 そうだった。

 正宗は俺のエロスの天使だったからな。


 一度だけ正宗を抱かせてもらったんだ。ものすごく綺麗だった。おいしかった。最高に気持ちよかった。もう夢中で彼を抱いた。感動で泣きそうだったよ。今でも夢に見る。毎晩、毎晩、彼を夢で抱く。ペニスを一切触らなくても、抱きしめるだけもイっちゃえる。この世で抱きたいのは彼の体だけだ。


「い、いいよ。ヤりたくなっても。声が聞きたいから、話がしたいから。電話してって言っておいて」

 ちょっと小さく息を吐く音がした。どこか笑っているような気配だった。


「もしもし、楓」

「まさむね! 」


 意外な声に、心臓が飛び出しそうだった。


「おまえ、何やってんの? もっと電話してこいよ。こっちは、そっちの状況分からないんだからさ。おまえは、こっちの生活パターン分かってんだから、そっちから電話かけてくるべきだ」


「う、うん。でも、迷惑かと思って……」

「ヘンな遠慮するな、今更、気持ち悪い」

「……ごめん」

 相変わらず、口悪い。


 けど、その毒舌さえも懐かしくて恋しい。

 しばらく、また黙ってしまった。沈黙していてもちゃんと、すぐそばに正宗がいるのが分かる。すごく嬉しい。


 ああ、まさむね、まさむね、まさむね……


「あと、もうちょっとだろ?」


「あ、ああ。でも二ヶ月もある」

「じゃあ、もう帰ってくる? 」

「…………ううん。がんばる」


 そうなんだよなー。そう言われると、ここで帰るなんてカッコ悪すぎ。自分で一旦決めてこっちきたんだからな。正宗と暁斗に「情けない男」て思われるのは絶対に嫌だ。


「……うん。……待っているから」

 優しい声。

 恋しくて甘い気持ちがいっぱいになる。

 その上、(シニカル正宗が)俺の帰りを待っていてくれているなんて……


「あああああ、まさむね、会いたい! 会って抱きしめたい! 」

 愛しさと、切なさと、官能と、性欲と、……すべてが爆発しそうだった。


「だから止めておいたほうがいいって暁斗が言ったのに」

 はぁ、はぁ、と息を吐いている俺に、正宗はあきれていた。


「あんまり我慢はよくないぞ。テキトーにぬけ! 」


「無理だ! もう実験したけど、無理だった。おまえ以外の奴とはセックスできないことがよく分かった。……おまえは、全く違うんだ。もう抱き合った瞬間から快感度が普通じゃねーんだよ…………はあ」

「………………」

 正宗は何かを考えているようだった。


「じゃ、今も感じる? 」

「ああ、もうブルブルする」

 本当に背中と足先が興奮でぞくぞくした。快感だ。


「ふふ。テレフォンセックスだな。こんな簡単なセックスもあったんだ。……分かったよ…… とにかく、ちょっとは満足したろ? こうやって時々電話してこい。俺と話すのがキツいんだったら、暁斗だけにでもいいよ。暁斗とだったら落ち着くだろ? 」


「……うん」

 まだ、ブルブルしながら返事をした。


 確かにその通りなんだ。

 暁斗のあのキラキラした細かい愛情を受けていると、心が安らかになるんだ。癒されるんだ。ひまわりのような暁斗の声を聴くだけで胸がときめく。


 一方で正宗には、強い快楽を感じてしまうから困ってしまう。いや、ものすごく求めていたんだけど。それを。


「じゃあね、ダーリン。また、電話でエッチしよう、ちゅ」

 そう言うと電話は切れた。


 な、


 なんちゅー、


 下半身にくる色気。


 あれが、堅物修行者で、クールな秀才で、恋の話が通じない冷血漢で、どうしても俺が勝てない剣士、……なのか?


 あまりの二面性に俺はクラクラする。


 正宗は普段は本当に強くてしっかりしている青年だからな。なのにセックスしている時の正宗は、女性顔負けに色っぽい。違反なほど可愛い。あれ、暁斗が引き出したんだろうな。うーーん、そう考えると、やっぱ暁斗はすごいのかもしれない。


 結局。

 あのふたりがいて、俺の天使は完成するんだ。




「何これ?」

 エンゲルベルトに手渡された二枚の写真を見比べた。

 なぜか、孫悟空のコスプレをしたもの、と、平安時代の貴族風衣装をきて気取っているものとがある。


「だから、どっちがいいと思う? こんどのコスプレエキスポに出ようと思ってるんだけど、いくら俺が悟空と似てるっても、孫悟空はやりつくされた感あるじゃん。その点、安倍清明ならまだ有名じゃないからいいかな、って思って」


「マニアックすぎて分からないんじゃない? 」


「いいんだよ、それが。きっと皆が『それ何のコスプレ? 』って聞いてくるから、『これは陰陽師っていうエクソシストの衣装だ』て説明してやるんだ。『青の祓魔師』が流行っているから、分かる人には分かるよ。くくく、あー面白そうだなあ」


 エンゲルベルトに孫悟空に似ている、なんて言わなけりゃ、よかった。『陰陽師』のマンガなんて貸さなけりゃよかった。本職の正宗にとっても悪い気がした。


「でね、カエデのぶんもあるんだ。これ、源博雅みなもとのひろまさの衣装。絶対似合うよ。だって、カエデが一番ぴったりなキャラクターは源博雅だから! パズーより鉄郎より、源博雅なんだよ。誠実で純粋で真面目で、ほんといい奴なんだ。ね、ぴったりだろ? 」


 俺はガックリと下を向いた。

 あと二ヶ月は、この訳分からないオタクと付き合わにゃならんのだろう。でもって、案外それが楽しめそうだってこと。ドイツ語も使う機会が増えそうだし。


 でも、エンゲルベルトには本物の陰陽師と知り合い、ってことだけは知られないようにしなくちゃな。


 そんな事言ったら、日本に着いてきかねないもん。

 俺の大事な大事な天使は、絶対に教えてやらないんだ。


(完結)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ