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エンゲルベルト


「また長メール? 熱心だね。日本でシュタイナーってそんな有名なの? 」

 エンゲルベルトが笑った。

 彼はここ語学センターで教師をしている。お母さんが日本人のハーフで、日本語が堪能なので、ここでアルバイトしているのだ。二十歳の大学生。同じ年なので、何かと俺に興味を持っているようだ。


 ドイツにきて四ヶ月。

 生活にも慣れてきた。

 頭の中が、ッヒ、ンフト、ッァルト、ヒン……で、鼻濁音オンパレード。

 けど、ちょっと慣れてきたぞ。ボキャブラリーはまだまだだけど。


 この間は、スイスのドルナッハにあるシュタイナーの本部「ゲーテアヌム」の見学にも行ってきたんだ。


 シュタイナー教育の先生になりたい俺は、シュタイナー幼稚園の教育を見学させてもらって、まずますやる気がわいてきた。先生たちは子どもを本当に大事にしている。抱いて歌を歌ったり、抜けた歯はちゃーんと加工してペンダントにしたり、収穫した穀物を飾って後でパンにしたり……


 想像性がとっても豊かなんだ。

 愛が溢れている。

 それに比べたら日本の子どもたちは、本当にかわいそうだ。俺、もっと勉強頑張って、日本にシュタイナー教育を広めたい。


 シュタイナーの病院にも行ってみた。暁斗があんなに勉強したがっていたアントロポゾフィー医学の本場。イタベークマンクリニックは、家庭的でホッと出来る雰囲気に溢れていた。ここはアントロポゾフィーに基づいて治療をするんで、体に負担が少ないのがよく分かった。治療オイリュトミー、音楽や芸術的な療法、湿布、治療風呂など、外科的な療法……と、普通の病院ではありえないメニュー。


 暁斗のような繊細な患者は、きっとこういうメニューじゃないとダメなんだろうな。て思った。俺は出来るだけ詳細に記録をして、暁斗にメールを送った。


 暁斗は恋しい天使のひとりだ。

 俺は、暁斗と正宗というふたりの天使に恋をしている。彼らとの関係は微妙で、うまく説明することが出来ない。もともと恋人だった暁斗と正宗に、俺が一方的に片思いをして、ふたりも何とか俺を受け入れてくれている、っていう感じなんだ。


 ふたりの人間を好きになることはアリだと思うけど、そのふたりが恋人同士っていうのは、かなり異質だと思う。けど、俺の中では、正宗も暁斗も、同じ人間に思う時がある。ふたりでひとり、っていうかな。そんな感じなんだ。だから、正宗&暁斗と俺っていう関係はある意味、一対一のようなものなんだ。



「シュタイナーのこと、興味ある人には知りたい情報だから」

「ふうん。こっちじゃ、結構カルトっぽく見られているけどな。……あ、『陰陽師』持ってきてくれた? もう、あの続きが気になってさあ」

「あー、うん。持ってきたけど……」


 エンゲルベルトは日本のマンガが大好きだ。ドイツも九十年代に入って『AKIRA』から日本マンガブームに火が付いた。このジャストな世代に入っている彼。マンガ読みたさに、サボりがちだった日本語の習得にもかなり力が入った、と言う。



「カエデってドイツ人オタクからしたら、ものすごく興味ある。ケンドーやってるし、絶対こっちでは手に入らないようなマンガ貸してくれるし、不思議なこといっぱい出来るんだろ」

「不思議なこと? 」

「ブシドーとか知ってるんだろ? 剣にフォースを込めて相手をやっつけたり出来るんだろ? 」

「はあ? 」


 端正な顔立ちの美青年は期待のこもった目で俺を見た。おいおい、マジかよ。ジャパメーションの見すぎだぜ。けど、こっちのオタクは、カッコイイんだな…… 


 エンゲルベルトの栗毛色のくせ毛と、色素の薄い瞳を見つめていると、正宗を思い出してしまってどきどきした。いや、エンゲルベルトと正宗は全く似ていないけどな。あいつは可愛いけど、エンゲルベルトは外人カッコイイって感じだから。


「そんな事、出来るわけないよ。あれはアニメの演出だよ」


「えー だってケンドーの番組見てたら〝気〟を込める、てやってたよ。あれ、フォースのことだろ? ほら気功の達人が〝気〟で人を倒したりするじゃない? 剣道も同じようにするんでしょ? 」


「うーーん…… 似てなくはないけど、マンガやアニメみたいに、魔法みたいなフォースを使って、それを相手にぶつける、なんて普通しないよ。……気持ちとしたら、まあ、無きにしもあらずだけど……」

「えー」


 上手く説明できない。

 マンガやアニメで描かれている超能力や気は過剰演出しすぎと思う。銃やカラテなんかの『力技』が、超能力に置き換わっただけ。本当は、気やフォースってもっと個人的なものなのに。自分の中を落ち着かせて、滞りなく気がめぐらせれば、実力が発揮できて相手に対して勝つことが出来る。そういうもの。


 相手に直接〝気〟あてて、やっつける、てのは、長年、自己鍛錬してきた人が、付属的に出来る行為であって、それを使って「戦って勝つ」なんて、幼稚な発想なんだ。


「けど、陰陽師は戦って、悪をやっつけるんでしょ? 人助けするんでしょ? 日本に陰陽師はいる、って聞いたよ」


 はい。ラブリー正宗は陰陽師です。

 けど、俺、あいつの仕事、実際には知らない。けど、危険な仕事なのは確かで、そのせいで正宗は、半年も意識不明だった。あの事件で、周りの人間たちは、悲しくて苦しい思いをいっぱいしたんだ。


「俺、陰陽師のことは詳しく知らないんだ」

 立ち上がると、帰り支度を始めた。

 マンガ『陰陽師』の続きをエンゲルベルトに渡すと、俺は教室を出た。


 外はもう薄暗かった。日照時間の短いドイツは、冬は本当に陰鬱だ。ちらちらと雪が降る中、俺は通りを歩いた。


 無性に正宗と暁斗に会いたかった。

 抱きしめたかった。


「ボーイ! プレイ、ウィズミー? 」

 不意に女性に腕を組まれた。

 キツイ化粧、強い香水、毛皮のコートを開けて、マイクロミニの下着だけのボディをちら、っと見せ付けた。


 いつの間にか、そういった通りに来てしまったらしい。無意識にそういうことを求めていたのかもしれない。


「Are You Chinese? Japanese? I reduce it」

 ちらちらと下から覗くような視線で誘いながら、英語で聞いてくる。結構美人。年はちょっといっているかな? 外人の年って分からないんだけど。日本人って分かったらふっかけてくるかな。バックパッカーに見えないもんな、俺。


「50 euros is all right?」

「うーん」

 高いじゃん。50ユーロって。


「カエデ! 」

 はっ!

 呼ばれた名前に振り返ると、エンゲルベルトが走ってきた。

「Er ist mein Liebhaber」

「え!」

 そう言うと、毛皮の彼女にウインク。俺の腕をとって歩き出した。


「何やってんだよ。あそこはヤバいんだぞ。遊ぶならもっと別のとこにしろよ」

 密着しながらこそこそと囁く。

「俺の後、つけてきてたのかよ」

「だってカエデ、帰るとき様子がおかしかったから。まさか、そういうトコに行くとは思わなかった」

 ムッとした。

 別に何しようと俺の勝手だ。エンゲルベルトに言われる筋合いはない。彼の腕を解いた。

「じゃ、どこだったらヤバくない? いいとこあったら教えて」

 驚いたようにエンゲルベルトは俺を見た。


「……知らない。本当はよく知らないんだ。けど、あの通りはヤバイって評判なんだ。ホテトルみたいことしている、とか、麻薬も一緒に出されるとか」

「ふうん」

「カエデ、俺と飲もう。いい店知ってるんだ。ね、今日はおごるから」

「……そんなに気をつかわなくていいよ。……でも、飲むのはいいかな」


 ひとりでいたくなかった。エンゲルベルトは性格的にちょっとムカつくところがあるけど、日本語でしゃべれるのは嬉しかった。


「だろ。じゃ、Gehen wir!(さあ、行こう)」

「ふふ、Gehen wir!」


 ドイツ風居酒屋みたいな店に入って、ドイツビールを飲む。

 おいしいんだ、これが。

 ソーセージのつまみは格別だし、ビール煮込みのシチューとかさ、パンもおいしくて。酔いも回って、いつの間にか、いい気分になっていた。



「さっき、mein Liebhaber(私の恋人)って言ったよな。なんで? 」

 酔って赤い頬をしたエンゲルベルトは、じっと俺を見つめた。


「カエデが好きだからだよ」

 眠そうに目を伏せてから、笑った。その顔がちょっと正宗に似ていた。


「じゃあ、俺と寝てよ」

 エンゲルベルトの目が大きく開かれた。

 そして、一秒後に

「いいよ」

 って笑った。

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