雪の狭間で
恋愛です。
話が強引過ぎる所もありますっ。
『人はね、1人では生きられないのよ?』
そう言ったお姉さんは少し悲しそうだった。
朧げな記憶だけど、その印象だけは鮮明に残っている。
『だから、大切な人が出来たらその人にだけは素直でいなさい。そうすれば、貴方は1人にはならないわ』
でもお姉さん。
私は裏切られました。
私はただ、想いを伝えただけなのに。
彼は私の事を悪魔だと言いました。化け物とも言いました。嫌そうな目で私を見ました。
だから私は、もう恋はしません。
裏切られると知ってしまったからーー。
さて。そんな記憶も既に何百年も昔の事です。
彼が私の事を化け物と言った理由はあの記憶の時から10年くらい経った時に分かりました。
私は一定の成長後、1ミリも成長していません。
老い、というものをしていませんでした。
ですから私は直ぐに納得しました。
——ああ、私は化け物なんだな
と。
まぁ、確かに歳をとらない薄気味悪い女に言い寄られて嫌がられるのは当たり前でしょうね。
私は自分が化け物と分かった時に決めました。
——1人で生きよう、と。
あのお姉さんに反するのは嫌ですが、1人の方が楽だと気付いたのも事実です。
ちらり、と窓の外を見ます。真っ白です。
何時迄も終わらない吹雪は、人を寄せ付けません。おかげで私は何時も平和です。
誰も私を怖がる人はいませんし、石を投げる人もいません。
私は自由に今を生きて行くんです。
なのに。
「…まさか、人間があの吹雪を突破してくるとは…」
ドアを開けると同時に倒れ込んだ人間の男。
あの人を殺す吹雪を抜けてきたのには驚いた。ですが、それ以上に——
「…邪魔ですね」
男のおかげでドアは全開のまま閉じられません。
入ってくる雪は、ただ、私に寒さを与えてきました。
兎に角、出入りに支障をきたす人間を中へ引きずり入れました。
重かったもので、つい。
数日して人間さんは潔く目を覚ましました。それからかれこれ2年。何度帰れと言ってもここに置いてくれと頼み込まれ、ずるずると追い出すのが長引いてしまったのです。で、気付けば今に至る、ということです。
長生きなので感覚が狂っているのです。私は化け物らしいですからね。
こんこん
軽いノックの音が聞こえてきました。
この雪に閉ざされた私の家に来て、尚且つノックするものといえば限られてきます。が、例外がここにいますから警戒は必要です。彼は現在、自分のご飯の調達の為に雪山でいます。
「…どちら様」
「おや。ここにわざわざ来るものなんて、私以外にいるのかえ?」
綺麗なお姉さんです。真っ黒のローブで顔を隠していますが、長い付き合い上美形さんなのは知っています。黒の間から溢れる金色の髪がやけに輝いていて眩しいと常々思います。
この人はレアさんと言って、正真正銘の化け物です。人には『魔女』と呼ばれているそうです。雪女なのに。
レアさんは私にじっと視線をおくった後、ふいと視線を外します。
私の体を見ていましたから…成長しない私に同情したのでしょうか?
「怒ったかい?」
「…少し」
私の答えにレアさんが訝しんでいるように感じました。
レアさんが今日の様に顔を出す事は度々あります。レアさんはレアさんなりに私の事を心配して下さっているのでしょう。
女が1人、山奥で住んでいるという事。それと、私の感情が動かない事。
私が私と理解する前から、私の心はまるで凍り付いたように動かなくなったのです。なのに、今はその氷が溶け始めている。
親心というやつですね。私の体はどう見ても10歳代。保護欲が湧くのもなんとなく理解出来ますよ。
最も、レアさんより私の方が数百年年上ですけど。
「…? 人間の…男の匂いがするねぇ?」
「…拾いました」
「お前がか?」
心底驚いたという風にレアさんが目を見開きます。
もしかしたらレアさんが心配している事は交友関係だったのかもですね。知り合い、片手で数えられる程度ですから。
「それなりに濃い匂い…いつからだい?」
「…2年前」
「見た目は?」
「…美形?」
「髪の色は?」
「…綺麗な青」
レアさんは暫く思案するように黙り込むと困った様に口を開きました。
「それ、隣国の王子かもねぇ」
「それじゃあ捨てて来て下さい」
厄介ごとの臭いを感じてレアさんに擦り付ける事にしました。
ですがレアさんは苦笑して無理だと手を振ります。
「見た感じ、あんたはその王子様に感化されているようだしねぇ?主に精神面で」
そういわれぐっと息が詰まりました。
否定が出来ません。確かに私は久しい人間との触れ合いで、自分が変わった様に感じます。
心が、動かされているような。
彼だからなのか、彼が私にとって深い意味をもつ人間だからなのか…。
感情が戻りだしている。
だから、戻った感情に対して喜ぶ思いと、自分が変わってしまう恐怖が競り合っているような状態になっているのです。
何百年ぶりに感じるその葛藤は苦痛でしかありません。ですがその感情とは別に、彼と離れたくないという漠然とした思いがあるのも分かります。
ほんと、人は私という存在を揺るがすのですね。
「っ、誰だお前!」
鋭く、殺気のこもった声にレアさんが面白そうに笑みを零します。
「ほう?君がこの子の…」
何やらぶつぶつ呟いたレアさんはからからと笑って吹雪とともに消えました。
彼が目を見開いて驚いていますが、それは消えた事ではなく声が聞こえた事に関してでしょう。私には聞こえませんでしたが、レアさんが彼にだけ話しかけたのは分かります。
何を言ったかは不明ですが…。
暫くして、吹雪で見えなかった彼の姿が近づいてきました。
きらきらと幻想的に光を反射する髪は雪に埋もれて尚その艶やかさを失っていません。真っ黒な瞳は私と雪だけを映しており、その瞳の深い色にほうと息が漏れます。私よりも高い位置にある瞳がとても遠く感じて、手を伸ばして手に入れたい衝動に駆られます。
「…お帰りなさい」
「た、ただいま」
頬をほのかに赤く染める彼がとても可愛く感じて、つい口元が歪むのも仕様がないと思うのです。
彼はいずれ、私を、私の世界を壊してしまうかも知れない。
でも、今のこの穏やかな一時は大切にしたいと思うのです。
「今日は貴方を拾って2年目記念ですよレオン」
「な、なんかその言い方は恥ずかしいよセピア」
そういって私は彼の捕って来たもので料理をするのです。
彼の、為に。
恋愛ですね。
少し急展開過ぎる気もしました(汗
読んで下さってありがとうございました!