性格
ジルは不機嫌そうに珈琲を飲み干した。
「眉間のしわ、年齢を感じさせるな」
「うるさいよ」
からかうような瑠璃に、ジルは彼女を睨んだ。
「こわいこわい。マスターより怖いんじゃねーの?」
「知らないよ。君、うるさすぎ」
「だって、暇だもん」
失敗したぜと彼女は言う。
一体何に失敗したんだかと呆れた目で彼女を見れば、いつも通りベッドに身を放り投げ、退屈そうに天井を見つめている。
「僕は忙しい」
「私は暇」
「……ほんっと、良い性格だね」
「お互い様だろう?」
にやりと笑う瑠璃に、ジルは深い溜息を吐いて黙り込む。
「そういや、風の噂で聞いたんだけどよ」
「何?」
風の噂? 盗み聞きの間違いだろうとジルは思ったが、口には出さないでおいた。
「いや、なんでも、魔術師が騒がられてるらしいじゃないか」
「……何か知っているのかい?」
「顔と特徴くらいはな。古い知り合いだ」
「どういうこと?」
「依頼も無いくせに良く顔を出すんだよ」
忌々しそうに瑠璃は言う。
「どうも、うちの姉貴目当てっぽいんだよなぁ。あの男。まぁ、割と美人に部類されるとは思うけど、そこまでかねぇ」
瑠璃は呑気にいう。
「ふぅん。ねぇ、君のお姉さんってどんな特徴?」
「は?」
「いや、部下にそれに近い格好をさせてその魔術師を釣ろうかと思ってね」
それならカァーネよりラファエラの方がいい。
けれどこの女にラファエラの存在を教えるわけにはいかない。
「近い格好、ねぇ。特徴って言ってもなぁ。癖毛に鳶色の瞳、あとは、あれだ。垂れ目」
「は?」
「垂れ目なんだよ。姉貴はさ。珍しいだろ? この国じゃ」
確かにそう多くは無い。
だがそこまで自信を持ってそれを特徴と言われても困る。
「他は?」
「金には困っていないくせに貧乏臭い格好ばかりしやがる」
それは最早悪口だ。
全く参考にならない。だが、瑠璃は本心でそう思っているに違いない。
この女は彼女に似ている。
嘘を吐けない。
真っ直ぐだ。
「ジルはさ」
「何?」
「男ばっか追っかけて楽しい?」
私なら嫌になるねと瑠璃は言う。
「は?」
「いや、どうせ追いかけるなら可愛い女の子の方が良いだろ」
玻璃とかさと彼女は妹の名を口にする。
「妹が恋しい?」
「ああ。早く会いたい。お前にも見せてやりたいよ。本当に可愛い」
この世で一番可愛いのは間違いなく玻璃だと彼女は言う。
「へぇ。君の勘違いだと思うけど」
「いや、絶対可愛いって。見てから言え」
瑠璃が自信満々にもう一度可愛いと念を押した時、ふと彼女が思い浮かぶ。
いや、彼女は関係ない。
自分に言い聞かせる。
「そういや、ジルの部下って女?」
「ああ。そうだけど?」
「見たい。お前と二人っきりでこの部屋に居るのは飽きた」
「ポーチェが居るだろう?」
「食事の時だけな」
不満そうに瑠璃は言う。
「ポーチェだって暇じゃないんだ」
「だったら他の女の子でもいい。とりあえず生物学上女なら誰でもいい。気が狂いそうだ」
「安心しなよ。君は最初からおかしいから」
そう告げれば睨まれる。
「とにかく、女の子を要求する」
「君、家でどういう生活してるの?」
「姉と妹に囲まれた楽園だ」
「ああ、姉妹で満足できるんだ」
随分お手軽だ。
「仕方ない。明日、もしも戻ってきたらレイフに声を掛けておくよ」
「レイフ?」
「僕の部下だ。気が強くて言いたいことははっきり言う。君と少し似ているかもしれない」
「へぇ」
まぁ、戻って来たら、だけど。
「彼女は今ナルチーゾに行っている」
「へぇ、ナルチーゾ!」
「ああ」
「あの伯爵の相手?」
「知り合い?」
「まぁね」
随分と顔が広い。流石はヴェントと言ったところか。
「レイフが戻らなかったらアリエルにでも声を掛けておくよ」
「アリエル?」
「研究部の学芸員だ」
「ふぅん。結構人多いんだな。宮廷騎士って仕事あるのか不思議だったんだよ。うちよりは忙しそうだ」
「君、どれだけ暇なの?」
「私はあれだ。護衛専門だからそこまで仕事が多くないんだよ」
うちは殺しが専門だと瑠璃は言う。
「君は殺しは?」
「性に合わない。この国じゃ珍しいだろ」
瑠璃はいつもの豪快な笑みを浮かべたが、瞳は笑ってはいなかった。