間章 潜入
少年は困り果てていた。
メイドを一人気絶させ服を奪ってなんとか宮廷内部に潜り込んだものの、肝心の瑠璃の姿が見当たらない。
彼女を連れ戻さなくてはいけないと言うのに肝心の彼女の姿が無い。
「瑠璃様……」
僕には貴女を殺すことなど出来ませんと少年は零す。
碧い大きな瞳にうっすらと涙が浮かび始めた。
「おい」
後ろから声を掛けられ飛び上がりそうになる。
「は、はいっ」
精一杯女らしく聞こえる声を作り返事をする。
「悪いがこれを騎士団長の部屋に届けてくれないか?」
そう言うのは白い女だった。
全体的に白い。髪も肌も白く、瞳だけが灰がかっていて、狼を思わせるような鋭い瞳を持っていた。
「はい。えっと、私は新入りでして……騎士団長様のお部屋はどちらに?」
「その角を右に曲がって四番目の部屋だ」
「はい。ありがとうございます」
書類を受け取ってさっさとその部屋に向かおうと足を動かしたところで引き止められる。
「おい」
「は、はいっ、な、何でしょう?」
「世話を掛ける」
「は、はぁ……」
威厳はあるが、部下思いの上官のようだ。
あの制服は看守だろうか。
少年は少し怯えつつも騎士団長の部屋に向かう。
宮廷騎士団長ユリウスといえば、ディアーナでもSランク級危険人物とされているカトラスAに並ぶ実力者だ。極力関わるなと言われながら今まで平穏な生活を送っていたのに、ここまでその危険人物に近寄ってしまうことになるとは……。
少年は溜息を吐いた。
「これも瑠璃様の為」
上司である前に師匠である彼女を救い出すため、少年は覚悟を決めて足を動かす。
それほど多い量ではないはずの書類の束がとてつもなく重く感じる。
人生でここまで緊張したのは初めてセシリオ・アゲロの前に立たされた時以来だと感じつつ、深く息を吐いて戸を叩いた。
「誰?」
戸の向こうの声は、予測していた男の声ではなく、聞き覚えのある少し退屈そうな女性の声だった。