約束
雨が降りしきる。
クレッシェンテの夏は長い。その大半は雨が降るのだ。
ジルがうんざりとしながら書類仕事をこなしていると、ベッドの上の瑠璃はぼんやりと窓の外を見ていた。
「暇だ……」
「……僕は忙しい」
「私は暇だ。この拘束具をなんとかしてくれないか?」
瑠璃が言う拘束具は足枷のことだ。
彼女は足枷があることによって自由に動き回ることが出来ずに暇だと告げているのだ。
「身体が鈍る」
「まだ完治してないでしょ」
「このくらい平気だ」
瑠璃はうんざりとした様子で再び窓の外へと視線を移す。
「……沙羅双樹の花か」
「なに?」
「いや、私の可愛い妹は沙羅双樹が好きなんだ」
夢に出てきてさと瑠璃は言う。
「そういや任務が終わったら植物園に連れて行ってやる約束してたなって思ってさ」
「ふぅん。妹、いくつ?」
「同じ歳。双子だからさ」
「へぇ、想像できないな」
「だろ」
瑠璃が笑うと、ジルも微かに笑う。
「沙羅双樹ってさ」
「なに?」
「形あるものは必ず壊れ、生あるものは必ず死ななければならないって意味なんだってさ」
「ふぅん」
「あいつ、いっつも沙羅双樹を見て『盛者必衰』とか『栄枯盛衰』とかそんな言葉を口にするんだ」
「世の真理をわかっているね。そう、いつかはこの王宮も朽ち果てる。だけど、それは今じゃない」
彼が言うと彼女は目を見開く。
「違うよ。玻璃が言っているのはクレッシェンテのことじゃない。マスターのことだ」
「は?」
「自分が絶対的に信じている組織でさえ、風の前の塵に同じだと言っている。あいつはそういうやつなんだ」
だから守りたいと、彼女は言う。
「君とは本当に似ていないね」
「ああ」
「君は自分に自信を持ちすぎだ」
「それだけの実力と実績があるからな」
瑠璃は悪戯っぽく笑う。
「あー、玻璃に会いてぇ……玻璃の顔みりゃ一瞬でこんな傷塞がるのに」
「……どんな化け物だい?」
「失礼な奴だな」
「事実だよ」
なんかムカツクと瑠璃は頬を膨らませる。
「こんな足枷壊そうと思えばすぐに壊せるんだけど?」
「だったら壊して逃げ出せば? まぁ、すぐに捕まえるけど」
ジルは瑠璃を見もしないで答える。
「随分な自信だな」
「怪我人に逃げられるほど宮廷騎士団は甘くないってことだよ」
ジルの言葉に瑠璃は苛立つ。
「私も、宮廷騎士団ごときに殺されたりはしない」
そう言って瑠璃はベッドに横たわる。
「君、今逃げ出すって宣戦布告しなかった?」
「今、無駄な労力を使うことも無いだろ? 外は雨だ」
それに、まだ時じゃないと瑠璃は言う。
「時を待って永遠に出られなくなるとか君ならありえそうだね」
「馬鹿言うなよ」
瑠璃は鼻を鳴らす。
「どうもこの部屋は私には狭すぎる」
「失礼だね。君は」
「お前ほどじゃないさ」
そう言って瑠璃は目を閉じる。
ジルが何かを言いかけたとき、既に寝息が聞こえてきた。
「……全く……警戒心って物がないのかい?」
ジルは呆れてため息を吐いた。