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名前


 女を拾って三日。ジルは仕事の合間に何度も彼女の様子を見に部屋へ戻った。

 しかし彼女が目を覚ます気配は無い。




「ねぇ、いつまで寝たふりしてるの?」

「…ばれてたか」

「当然だよ。君、寝息が均一すぎるんだよ。本当に寝ているときはもう少し深い」

 ジルが言うと女は微かに笑う。

「あんた、観察力良いね。で? 私の手当てをしてくれたのもあんた?」

「いや、僕の部下にさせている。一応女みたいだしね」

 ジルが言うと、女はおかしそうに笑う。

「一応、でも女に見えたか。自分を女だと思ったことは無いんだけどね」

「君、何者?」

「私かい? まぁいい。助けてもらった礼だ。三つまで質問に答えてやるよ」

 女が悪戯っぽく笑う。


「名前は?」

「瑠璃」

「所属は?」

「所属? どういう意味だ?」

「どこかの組織のものだろう?」

 ジルが言うと瑠璃と名乗った女は一瞬驚いた表情をして笑う。

「ああ、私はフリーだよ。どこにも所属できない性分でね」

「ふぅん。じゃあ、職業」

「戦士、かな?」

 女は少し考えていう。

「随分いい加減だね」

「まぁね。私は、殺し屋には向かない。戦うのが好きだからね」

「変なの」

 ジルは不思議そうに瑠璃を見る。

「何だよその目」

「いや、君、黙ってれば結構美人だね」

「はぁ?」

 ジルの言葉に瑠璃は呆れたような表情をする。

「美人はあんたじゃないの?」

「僕は男だ」

「そりゃ失礼」

 ちっとも謝る気も無いが口先だけで瑠璃が言う。

「あんた、名前は?」

「ジル」

「そう、ジル、助けてくれてありがと。で? ここどこ?」

 瑠璃はきょろきょろとあたりを見回す。

「君、質問多すぎ。大人しく寝てなよ。ここは僕の部屋だ。食事ならあとで僕の部下が運んでくる」

 それだけ答えてジルは部屋を出ようとする。

「なぁ」

「何?」

「これ、外してくれないか?」

 瑠璃が言うのは手錠。

「ダメだよ。君に逃げられるわけにはいかないからね」

「…逃げねぇよ。ってか痛いんだけど」

 瑠璃の言葉にジルはため息を吐く。

「君、今の状況分かってる?」

「ん?」

「一応、捕虜扱いね」

「なんだ、てっきり保護されたのかと思ったよ。宮廷騎士団長ユリウス殿」

 瑠璃の言葉にユリウスは目を見開く。

「どこでそれを?」

「お前の腕章、宮廷騎士団の紋章だ。それにジルって言ったら宮廷騎士団長は名前で呼ばれるのを嫌って略称で呼ばせていると聞いた」

 瑠璃は悪戯っぽく微笑む。

「本当にユリウスって呼ばれるのが嫌いなんだ」

「分かってるならその呼び方を止めなよ。拷問部屋に移すよ?」

「わかったよ。ジル。一応恩人だからね」

 それに拷問部屋は遠慮したいと瑠璃は笑う。

「大人しく寝てなよ」

「分かったよ。ジル」

 瑠璃がわざわざ略称で呼んだことに少し驚きながらも、悪い気はしないと思う。

 部屋を出たジルは、自分の表情が僅かながら緩んだことに驚きながらも、先ほどの瑠璃の表情を思い浮かべる。

 なんとなく温かいような気がした。








「ペネル・ポーチェ」

「は、はいっ」

「僕の部屋に何かスープっぽいもの持って来て」

「えっと…スープでよろしいのでしょうか?」

「うん。野菜多めに、塩味は薄めのね」

 ペネル・ポーチェは自分の上司がなぜこのようなことを自分に言いつけるのか理解できなかった。

「お言葉ですがジル様、そのようなことは料理長に申し付けたほうがよろしいのでは?」

「なら君がやってよ。僕は忙しいんだ。ああ、それとあの女目覚めたみたいだから包帯替えておいて」

 一方的に用件だけを言いつけてジルは鍛錬場へと出る。

 これから無能な部下たちを鍛えなくてはならないと思うと少しばかり気が重かった。










「ジル様、もう少し手加減してくださいよ」

「君、実戦なら死んでるよ?甘ったれないでよね」

 出来の悪い部下に不機嫌そうにジルは言う。



 思いっきり暴れたい。



 ジルの中にあるのはそれだけだった。

「ディアーナでもハデスでもリヴォルタでもなんでもいい。情報が入ったらすぐに僕の元へ」

「はい」

 部下に命じ、部屋に戻ろうとしたときだった。

「ジル様!」

 部下の一人、ラミエルだった。

「何?」

「ディアーナ幹部、ヴェントが行方不明という情報を入手しました」

「ヴェントが?放っておいていいよ。名前の通り気まぐれな奴らしいからそのうちまたどこかに現れるんだろう?」

「それが…任務の最中に消えたという情報で…」

 ラミエルの言葉にジルは驚く。

「へぇ、ありがとう。僕のほうで確認しとくよ」

 それだけ答え、ジルは部屋へ向かう。

 丁度ペネル・ポーチェがスープの入った皿を乗せたトレイを運んでいたところだった。

「やぁ、彼女の様子は?」

「眠っています。というか…暇だから寝る以外にすることが無いと…」

 ペネルが困ったように言うのでジルは笑う。

「彼女は、そういう女だよ」

 それだけ答えて、トレイを受け取り部屋に入る。

「ねぇ、起きなよ」

 また寝たふりかいとジルが問うと、瑠璃は悪戯が見つかった子供のような表情をする。

「もう、仕事は終わったのか?」

「あとは書類と睨めっこさ。ほら、食事くらいは上げるからちゃんと食べなよ」

「あれ? てっきり彼女が運んでくれるのかと思ったのに」

「部屋の前まで運んでた。邪魔だから帰らせただけだよ」

 ジルが言うと瑠璃は不思議そうにジルを見る。

「私は邪魔じゃないのか?」

「君を監視するのも僕の仕事だ。ヴェント」

「“風”か。何かあったのか?」

「とぼけないでよ。君が“ヴェント”だろう?」

 ジルが言うと瑠璃は悪戯っぽく笑う。

「質問は三つしか答えないといったはずだ。さっき答えただろう? 名前と所属と職業」

 そう言って、瑠璃はベッドサイドに置かれたトレイを膝に乗せ、皿に口を付けてスープを啜る。

「スプーンくらい使ったら?」

「まだ手先の感覚が戻らないんでね。両手で押さえるのがやっとだ」

「行儀悪いよ」

「見逃せ。普段からだ」

「ここに居る間に少し教育してあげようか?」

 妖しく笑うジルに瑠璃はゾクリとする。

「遠慮しとく。お前が言うと別の意味に聞こえる」

「どういう風に?」

「そうだな…洗脳教育とか?」

 瑠璃はジルの質問に疑問系でのみ答える。

「質問しているのは僕だ」

「だから、質問は三つまでしか答えないと言った。まぁ、世話になる期間が思ったよりも長くなりそうだからあと二つくらいは答えてやってもいいけど」

 質問は慎重に選べよと瑠璃は悪戯っぽく笑う。

「なら、君がヴェントだろう?」

「イエスでありノーだな。ヴェントに実体があっちゃいけない」

「なら、君が今まで答えた僕の質問の中に嘘はいくつある?」

「…へぇ、鋭いね。驚いたよジル。気に入った」

 瑠璃が嬉しそうに言うとジルは眉間に皴を寄せる。

「質問に答えなよ」

「ああ、一つ。一つだけ嘘を吐いた」

「じゃあ、君はディアーナ幹部ヴェントだ」

 ジルが確信を持って言うと瑠璃は笑う。

「幹部って程じゃないさ。それにもうすぐ殺されるはずだ。何せ宮廷騎士団長に捕まってるんだからね。マスターは考えるさ。拷問を受けて洗いざらい吐いちまったら厄介だってさ」

「じゃあ拷問に掛けてあげようか?」

「フン、拷問くらいじゃ吐かないよ。それより、この手錠外してくれない? 食べにくいんだけど」

 起きるの結構痛いしと瑠璃が言うのでジルは仕方なく手錠を外し足枷をつける。

「…用心深いな」

「性分でね」

 笑うジルに瑠璃はため息を吐いた。

「ったく…任務断れば良かったか」

「今更遅いよ」

「ああ、まさか本当になっちまうとは思わなかったぜ」

 瑠璃はつまらなそうな表情で、皿を机に戻し、ベッドに横たわる。

「何かあったの?」

 どうでもよさそうにジルが書類に目を通しながら訊ねる。

「…運気最悪だから外に出るなって、時の魔女に言われたんだよ」

「時の魔女?」

 ジルは驚いて聞き返す。

「あ、ああ」

 それがどうかしたかと瑠璃が訊ねるが、ジルは固まって書類を落とす。

「まさか…実在したのか……」

「ん? ああ、いろんな場所を転々と移住してるよ。あいつは。昔なじみでさ。今どこに居るかは知らないけど、玻璃が熱出したときとかに世話になったことがある」

「玻璃?」

「妹だよ」

 瑠璃があまりにも愛おしい様子でその名を口にするのでジルは思わず口に出す。

「妹居るんだ」

「ああ。全然似てないけどな」

 本当に愛おしそうに妹を思う彼女を見て、ジルは考える。

「ねぇ」

「何?」

「早く怪我治しなよ。妹のところまで送ってあげる」

「ん?」

「もう少し情報をくれるなら君の妹の安全は保障してあげるよ」

 ジルは微かに笑う。

「僕は愛しい愛しい宿敵コイビトさんに逢えればそれでいいからね」


「コイビト?」

 瑠璃は不思議そうに訊ねる。

「セシリオ・アゲロだよ。僕の仕事を横取りする愛しい宿敵だ」

 愛しいというよりは憎悪という感情のほうが明らかに多いだろうと瑠璃は小さく呟く。

「ジル、マスターには手を出さないほうがいい」

「なんで?」

「私はお前のことを嫌いじゃないから忠告するんだ。私なら絶対敵に回したくないよ。あの人は」

 瑠璃はそれだけ言ってベッドの中で丸くなろうとする。

「痛っ…足枷あるの忘れてた…」

「ほら、こっち外して手錠掛けなおすから手だして」

「…ほんっと拘束するの好きだな……」

「煩いよ」

 ジルは軽く瑠璃を小突く。

「痛っ…お前さ…傷口触るなよ…」

 瑠璃が小さく呻く。

「これくらいで痛いなら拷問なんか耐えられないんじゃないの?」

「…なら拷問受ける前に自害するよ」

「させないよそんなこと」

 ジルの言葉に瑠璃はびくりとする。

「そういうことできないようにもっとしっかり拘束しとかなきゃダメかな?」

「……わかったよ。大人しくしてりゃいいんだろ?」

「そういうこと」

 瑠璃は大人しく、ジルに逆らうことを諦めたようだ。

「ジル」

「何?」

「随分忙しそうだな」

「そう見えるなら邪魔しないでよ」

「手伝うか? 拘束されてるのもすっごく暇なんだ。書類整理くらいならできるぜ? こっちもってこいよ。速いからさ」

 自慢気に言う瑠璃にジルは苛立った様子で言う。

「あのさ、君、さっきから自分の立場分かってる? 一応捕虜なんだよ? 大人しくしてなよ。それとこっちの情報見せるわけにはいかないでしょ?」

「はいはい…暇なんだよ。身体も動かせねぇしさ、朔夜とか居たらいろんな話してくれて退屈しのぎになるんだけどさ」

「朔夜って?」

「姉貴」

「へぇ、姉妹多いね。何人居るの?」

「姉と妹だけだよ」

 瑠璃が短く答えると、ジルは再び書類に視線を戻す。

 瑠璃は退屈そうに欠伸をして、ベッドの中で丸まる。

 架け替えられた手錠がかしゃんと音を立てる。

 その音を聞きながら、ジルは退屈そうに欠伸をして、再び書類に視線を戻した。



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