間章 月の女神
「そうですか。瑠璃は失敗したと」
「いえ任務は成功です。ただ、その帰りにリヴォルタの内戦に巻き込まれて……」
「任務は成功して当然です。それで瑠璃は?」
男に鋭い視線を向けられ訊ねられた少年は、恐怖に震えた。
「ヴェントは…瑠璃様は負傷していて…その…巻き込まれたときに、黒い男にぶつかって、そのまま連れて行かれてしまいました」
「黒い男?」
少年の言葉に男は考え込む。
「宮廷騎士団の紋章の入った腕章をしていました」
「……宮廷騎士、厄介なのに捕まりましたね」
男は再び考え込む。
「一刻も早く瑠璃の回収を。万が一寝返った場合は……」
一瞬言葉を切り、そして先程よりさらに鋭い眼差しで言う。
「殺しなさい」
冷たい声が響いた。
「で、ですが!」
「僕の命令に背くのですか?」
「い、いえ…ですが…」
男の言葉に少年は反論すら出来なくなる。
そう、彼に逆らえば誰であろうと消されるのだ。
「大丈夫です。貴方なら巧くやれるでしょう?」
先ほどまでとは打って変わり微笑を浮かべながら男が言う。
少年はその微笑に勇気付けられたかのように大きく頷く。
「頑張ります」
彼が部屋を飛び出していくのを見て、男は満足そうに笑った。
「無能な部下は必要ありません。貴方のような子供は特にね。でも、ヴェントとなると話は別です。何があっても取り戻す必要がありますね」
彼は妖しく笑い、一枚の書類に目を遣る。
『宮廷騎士団長 ユリウス』
極秘情報を纏めたとされるその書類の文字を追い、彼は深いため息を吐いた。
「この男は敵に回したくは無かったのですがね」
そう言って、机の引き出しに書類をしまい、彼は部屋を出た。




