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爆風

 どんよりとした空に、ジルはうんざりしていた。

 なぜこんな日にたかが王を侮辱しただけの男を捜しに行かなければならないのかと。


「……一雨来そうだね」

 雨は嫌いだとジルはつぶやく。

「僕は引き上げる。後は頼んだよ」

「え? ユリウス様?」

 部下の一人、アルメンが困り果ててジルを見上げる。

「誰が『ユリウス』だって? 僕のことは『ジル』と呼べと言っているはずだよ」

 部下でも容赦なく蹴飛ばす。

 全く、学習能力の無い部下は必要ない。

 ジルは思わずため息を吐いた。




 このどんよりとした天気の中でわざわざスラムに赴いてまで捕まえなくてはいけないほどの男とは思えなかったが、秩序無き国の唯一の秩序を守らねばならなかった。


 罪無き国で唯一の罪。


 それは王へ対する反抗であった。


「クレッシェンテ…罪無き国…よく言ったものだよ。犯罪大国だ。殺しも盗みも全て許される……だが…」

 僕はここで無ければ生きられない。

 ジルはぼんやりと考える。




「騒がしいね。今日は」

 随分と騒がしい。

 ここらの人間はあのどんよりした空のことなんてちっとも気にしないようだ。

 ジルは再びため息を吐き、早くここを抜けようと先に進んだ。


 その時、突然壁が崩れるような激しい破壊音が響いた。


「何? …った…」


 激痛。いや、違った。激痛ではなく衝撃があった。

 ジルは思わず涙が出そうになったが、自分の上に誰かが居ることに気がついたので必死に堪えた。


「ねぇ、君、どういうつもり?」

 不機嫌そうに自分の上で倒れている人間に声を掛けたところで気がつく。

「…女?」

 なんで女が吹っ飛んできたのだろう。

 そう考えても結論は出ない。


「大丈夫?」

 とりあえず声を掛けてみるが、女は苦しそうに呻くだけで、何一つ答えなかった。

「仕方ない。身元も分からないんじゃ保護するしかないか…」

 ただ、気に掛かるのはこの女をどこかで見たことがあるということだ。

 ジルはため息を吐いた。








 クレッシェンテ、王都ムゲットにある王宮の一角に、ジルは部屋を与えられていた。

 それだけ国王が彼を気に入っているという証だが、彼の部屋はとにかく物が少なかった。

 その数少ない家具の一つのベッドに、女を落とし、これをどこに預けるのが賢明だろうかと考え込む。

「まずは国王に話をつけ…いや、手当てが先か。女官を捕まえてくるか」

 いや、確か騎士団にも一人くらいは女が居たはずだと彼は思う。が、どんなに記憶を手繰っても顔も名前も出てこない。

 仕方なく彼は棚から資料を取り出し、騎士団員の顔と名前を一人ずつ確認していく。

「ペネル・ポーチェ…文官か。多少医学知識あり。こいつなら捕まるかも知れない」

 身元の知れない女を一人部屋に残して万が一脱走などされては困る。

 怪我人を拘束するのは少しばかり気が引けたが、ジルは手錠を取り出し、彼女の片腕をベッドの柱につないでおいた。

「尤も…この女がディアーナ幹部ならすぐに逃げ出すんだろうけど」

 幹部ならば関節をはずしてすり抜けることも可能だろう。中には柱ごと取り外して逃げるだけの技量を持った奴も居るかもしれない。

 そう考え、考えすぎかと自嘲する。

「さて、ペネル・ポーチェはどこだろうか?」

 この時間に居るとしたら資料庫だろうかとジルは考えた。

 しかし、運が良いのか悪いのか、一つ目の角を曲がった瞬間にお目当てのペネル・ポーチェが大量の書物を抱えて歩いているのを目撃した。

「ペネル・ポーチェ」

「は、はいっ」

 いきなり声を掛けられて驚いたのか彼女は書物を床にぶちまけた。

「……君、大理石は傷つきやすい。君の安月給じゃ修復できないよ?」

「す、すみません」

 慌てて書物を拾う彼女をジルはただ退屈そうに見つめた。

「ペネル・ポーチェ、怪我人の手当を頼みたい」

「え? 怪我人ですか? でしたら医者を呼んだほうが…」

「訳有りの急患でね。身元が分からないがかなりの重症なんだ。一応保護しようと思ったけど、敵なら不味い」

 ディアーナにもハデスにも女も居たはずだ。女だからと油断は出来ない。

 ジルは少し苛立っていた。

「早く目を覚ましてもらわないと何があったか訊けない」

「はいっ、すぐに道具を持って伺いますっ。と、ところでその怪我人はどちらに?」

「僕の部屋のベッドに括り付けてきた」

 ジルが言うとペネルは怪我人になんてことを! と叫ぶが、ジルは聞こえないふりをして欠伸をした。








 ジルが部屋に戻ると、出たときと同じように女は時折呻き声を上げながら横たわっている。

「…まだ目覚めないの?」

 殺気を放てば目覚めるだろうか。

 彼がそう考えたとき、戸の向こう側で派手に転ぶ音がした。

「…ペネル・ポーチェ……注意力が足りない。減点五。早く怪我人の手当てしてよ」

「は、はい…って、女の人だったんですか?」

 ペネルは驚いて再び箱を落とす。

「言わなかった?」

「聞いてません」

 少し怒ったように言ってから、ペネルは女のほうに近寄る。

「手錠の鍵は?」

「はずす必要は無い。逃げられると厄介だ」

「手当てが終わるまでの間です。あと、着替えが何かあるといいのですが…」

 女性なら女性だと言ってくださいとペネルは不機嫌そうに言い、鋏で女の服を切り裂きながら止血を始める。

「こんな露出の高い服で爆発に巻き込まれれば大怪我をして当然ですね。ああ、こんな短い服を着て! 上着が長袖なのが唯一の救いですね」

「…君は彼女の保護者かい?」

「いいえ、ですが、このような格好で爆発に巻き込まれれば…斬り傷?この人剣か何かで斬られてます」

 ペネルは驚いたように言う。

「ふぅん。あたりかもしれないね」

 ジルは笑う。

 ディアーナかハデスか。どちらにしても情報が入るかもしれない。そう思うとジルは嬉しくなった。

「早く手当て済ませてよ。着替えならそこから僕の服を勝手に使いな。終わるまで外で待ってるから」

 それだけ言ってジルは部屋を出る。

「殺し屋か、戦士か。まぁどっちでもいいや」

 あの形で商人ってことは無いだろう。

 ジルはゾクゾクしていた。




 面白いことになりそうだ。




 そう考えながら笑っていると、中からペネルの叫び声がする。

 「血がっ!」とか「ぎゃー」とかよく分からないことを叫んでいるが、終わるまで外で待つと言ってしまったので中に入るわけにはいかない。

 ジルは少し苛立った。

 そして早く終わってくれないかとじれったい気持ちで待った。

 それでも気持ちは高鳴る。

 愛しい愛しい宿敵に逢えるのではないかという期待。そして、退屈からの解放。

 これほどまでに気持ちか高ぶることはあっただろうか。


 ジルはただ、扉の向こうで声が止むのをじっと待った。








 果たして彼女は愛しい宿敵の情報を持っているだろうか。

 ディアーナでもハデスでもなかったとしても何らかの組織との関係はあるはずだ。

 もしかするとリヴォルタかもしれない。

 リヴォルタならば尋問でも拷問でも好きに出来る。




 ジルは獣のように目を光らせ、ただただ彼女を待っていた。



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