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事件

地下生活でまず目につくのは、どこまでも続く暗闇だった。

地下に住む人々には、太陽も月も見ることができなかった。そのため、人々の皮膚は青白くなり、時計でしか時間を知ることができなかった。早朝、エイデンの叫び声でアダムは目覚めた。少年は発作を起こしていた。それはよくあることで、エイデンはその間視力を失い、自分を制御できなくなるのだ。まるで、遠い存在に呼びかけられているようだった。エイデンの目の前にはいつも、遠く、到達不可能な空間の不変の幻影があった。エイデンの耳には、エイデンを呼び出すかのようなズキズキとする囁き声が響いた。エイデンは気が狂いそうになっていた。祖父はすぐにベッドから飛び出し、階段を駆け下り、紫色の液体で満たされた注射器が入った専用の冷蔵庫を開け、その中の一つを手に取った。 急いでベッドに戻り、アダムはエイデンのシャツの袖を上げようとしたが、エイデンはことごとく抵抗した。

「じいちゃん!やめてくれ!これ以上は無理だ!」

「痛みに耐えるんだ!強くあらねばならん。この薬がどれだけ効くか知ってるだろう」とアダムはエイデンを説得しようとした。

ようやくアダムはエイデンの袖を上げ、注射器から液体を注入することができた。最初は思ったほど強くはなかったが、薬の効果はすぐに現れた。エイデンは叫ぶのをやめた。頭の中の声が鳴り止んだからだ。今、目の前に見えるのは、明るい光と色とりどりの靄に覆われた、何とも言えない遠くの空間だけだった。少年の頭に苦悩をもたらさなければ、その光景は美しいとさえ思えただろう。

「もう心配することはない。すぐに痛みは引いていくだろう」アダムは孫の額を撫で、手を握った。

「なんで…」エイデンは囁いた。「なんでこんなことが起こるんだ。俺の友達はこんな病気にかかってない…」

「それは病気じゃない…家系特有のものだ」祖父は反論した。「思春期の頃、じいちゃんも同じように発作を起こした。お前の両親もだ。しかし、時間が経てば消えていく。囁き声は静かになり、幻影は消えるだろう」

「これはいったい…何なんだ?」

アダムはため息をついた。

「気にするな。歳をとれば必ず消えるものだ」

「じゃあ、この印は?」エイデンがシャツのボタンを外すと、三本の柱のようなマークが現れた。心臓の上の胸に刻まれた印は青く輝いていた。


挿絵(By みてみん)


祖父も孫に倣ってシャツのボタンを外した。胸には同じ印がほのかに光っていた。

「発作も、幻覚も、生まれつき胸にあるこの印も、すべて先祖代々のものであり、神聖な絆なんだ」アダムは説明した。

エイデンはその答えに納得しきれてないようだった。それから数分間は沈黙の時間が続いた。祖父は孫に少し横になって体を回復させなさいとだけ告げた。祖父が朝食の準備をしに行った後、エイデンは天井を見上げて考えた。神聖な絆…それは先祖との絆なのだろうか?それとも他の誰かとの?

自分を苦しめるすべての疑問の答えが見つかればどんなにいいだろう。しばらくベッドに横たわった後、エイデンは朝食を食べに行った。少年は祖父が好物の卵料理を作ってくれたことを知り、少し元気を取り戻した。しかし、すぐに飲み水を切らしていることに気付いた。祖父にそのことを告げると、エイデンは水を汲むための専用の容器を手に取った。

「あまり多く汲むなよ、飲み過ぎも良くない」アダムは警告した。「分かってる!」エイデンは返事をし、扉を閉めた。エイデンは、最寄りの駅へと向かった。そこでは、ケーブルカーが発着していた。レールがケーブルに変わりながら地下の鉱山地区全体を走り、各地区を結んでいたので、人々はどこへでも行くことができた。エイデンは駅まで五分とかからずに到着した。運が良いことに、次のケーブルカーはあと二分で到着する予定だった。ケーブルカーは一時間ごとに運行されており、同じ地下地区内の移動は無料だった。エイデンの記憶では、祖父と一緒に隣の地区に行ったのは数回しかなかった。それというのも、地下の人間居住区はどこもほとんど同じで、単調であることが多いため、他の地区に行くことはあまり実用的ではなかったのだ。

「ケーブルカーが到着します」というアナウンスが流れ、エイデンは急いで向かった。

自動ドアが開き、エイデンは中に入った。エイデンと一緒に乗車したマグナム採掘者たちの服は、ほこりと鉱物の露で覆われていた。エイデンは座席に座らないことにした。二駅先で降りなければならなかったからだ。やがてケーブルカーが動き出した。最初はレールに沿って進んでいたが、崖に差し掛かるとレールは突然途切れ、スムーズにケーブルでの移動に切り替わり、崖を登り始めた。

エイデンは、自分が巨大な人工洞窟の上方約三十メートルの高さにいることに気づいた。ここはエイデンが暮らす地下地区の中心部だった。エイデンは高所が得意というわけではなかったが、目の前に広がる光景から目を離すことができなかった。人々は自分の仕事に忙しく、アリやシロアリのように慌ただしく行き来していた。何千人もの人々が、それぞれの役割を果たしていた。鉱山が掘られ、新しいトンネルが作られ、機械が修理され、あらゆる種類の施設が建設されていた。エイデンは、この地域で最も重要な施設であるマグナム処理装置も目にした。この装置からガスエネルギーが生成され、周辺の地下区域に供給されていた。しかし、ここはエイデンの目的地ではなかった。エイデンが降りる予定だったのは、ケーブルカーが再びレールに接続され、三本の巨大なパイプが石の天井を突き破っている中央部分だった。これらのパイプは、ケイングラッドを流れる川の水を浄化して供給するシステムに接続されており、地表から地下深くまで続いていた。同様に、空気も地下に流れ込んでいた。

エイデンはケーブルカーから駆け下り、水を補給する列に並んだ。いつもなら念のため複数の容器に水を汲むのだが、今日は一人で来たこともあり、一つだけにとどめた。あっという間にエイデンの順番になり、蛇口をひねろうとした瞬間、聞き覚えのある声がした。

「おお、エイデンじゃないか!」

エイデンはその声に振り向いた。近くのパイプから水を汲んでいたのは、旧友のギルだった。ギルはウェーブのかかった長い金髪で、黒い目をしていた。ギルにはバーンという兄弟がいたが、ギルとは正反対で髪は黒いが金色の目をしていた。二人とも他の鉱夫たちと同じように、長袖の白いシャツと濃い茶色のベストを着ていた。

「ギル!元気にしてたか?バーンはどうしてる?」エイデンは尋ねた。

「ああ、元気にしてるよ。今は家の手伝いをしてる。俺は水と霧対策用の薬の追加を頼まれたんだ」

エイデンは友人のかばんの中にある注射器を見て、表情を曇らせると、背を向け、蛇口を開けて水を汲み始めた。「なぁ、本当に霧やそれに伴う生き物って問題なのかな。そんなことよりこの薬や俺たちの薬への依存の方が問題なんじゃないか。霧の谷の住人たちの真の意図もはっきり分かんねぇわけだし」

「顔のないセラフのことか?」ギルが尋ねた。

エイデンはうなずき、少し躊躇した後に言った。「何が起こっているのかもっとよく知りたい。俺は真実を知りたい」

「母さんはいつも失望しかもたらさないことを成し遂げようとするなって言うんだ。そんなことより今ここにあるものに集中しろってな。それに、今日はこれから忙しくなる」

「今日?」エイデンは驚いた。「もう14日なのか?」

「ああ、そうだ」ギルは答えた。

「ねぇ君。もういいかな?」その時、列に並んでいた男がエイデンに不機嫌そうに尋ねた。

「え、ええ、もちろんです」エイデンは呟き、バルブを回して蛇口を閉めた。「それじゃあ、ギル!またな!」と友人に叫び、ケーブルカーに向かって走り去った。

最初に到着したケーブルカーが満員だったため、エイデンは次のものを待たなければならず、帰りが少し遅くなった。エイデンは帰り道、水差しの四分の一を飲み干してしまった。本当に喉が渇いていたのだ。このことは、帰ってきてすぐに祖父に知らせた。お茶を入れた後、二人は朝食をとった。


「具合はどうだい?」アダムが尋ねた。

「問題ないよ。水を飲んでかなり楽になった」

「よかった。今日は実り多い一日になりそうだ。新しい井戸を掘る日だからな。事前の情報ではいいマグナム鉱脈があるそうだ」

エイデンはうなずいた。「水を汲んでたらギルに出くわしたんだ。今日がその日だって思い出させてくれたよ」

「ああ、あの子たちやお前の友達もみんな来るだろう。ギルとバーンといえば、あの兄弟にはいつも奇妙な印象を受ける。似ても似つかぬ二人だが、同時にそっくりでもある」

孫は何も言わなかった。朝の食事を終えたアダムとエイデンは、鉱物を採掘するための乗り物が立ち並ぶ場所に向かった。そこには、様々な大きさや形をした掘削機や作業用のエグゾナイトがあった。すべての車両には洞窟内を移動するための特殊なスキャナーが装備されていた。むろん、すべての車両は警備され、フェンスで囲まれていた。立ち入り禁止区域に入るには、通行証を提示する必要があった。もちろんこの手続きは形式的なもので、アダムたちは既に認知されているため、警備の男が持ち場にいたにもかかわらず、通行証を要求されたり、質問されたりすることはなかった。五番の掘削機に近づくと、アダムとエイデンはすでに乗客が待機していることに気付いた。掘削機の後部座席には、ウィルバート、ギル、バーンを含む鉱夫たちが座っていた。

「来た来た!」ウィルバートは喜んだ。

「さあ、準備はいいかい?」とアダムが笑顔で尋ねた。

「もちろん!」一同は歓喜に近い返事をした。

エイデンたちは前の席に座り、アダムは掘削機を起動させた。ガス状のマグナムによって動力が供給され、掘削機は動き出した。熟練の操縦者の手によって導かれ、掘削機は比較的速く目的地に到達した。

「運転してみるか?」赤いペンキが塗られた長いレバーを指差し、アダムは尋ねた。エイデンはその申し出に微笑んだ。「さあ、やってごらん!」

熱心な孫は祖父の右側の席に移動し、慎重にレバーを下げた。ドリルモーターの追加ギアがきらめき、回転要素がスパイラル状に回り始めた。こうして掘削が開始された。騒音が大きいため、エイデンは耳を塞がなければならなかった。掘削作業はかなりの時間を要した。作業中、ウィルバートはドリルを二度修理し、元通りにしなければならなかった。

ついに、鉱夫達は新しい洞窟まで道を切り開いた。明るいスポットライトは、地下にある驚異的な宝の山を照らしていた。マグナム鉱脈は、壁や天井、石の床から突き出ているものまで、ほとんどいたるところに散らばっていた。洞窟内には鍾乳石や石筍もたくさんあった。興奮した鉱夫たちが掘削機を降りて宝を求めて進もうとすると、アダムが注意するよう警告した。

ギルとバーンは、回転部分の中心に小さな穴が開いた手持ちの自動ドリルを使い、背中に繋がったチューブで専用の容器に接続して採掘していた。一方、エイデンは馴染みのあるピッケルを使って昔ながらの方法で採掘した。しばらくの間はすべてが順調に進んでいた。しかし突然、そこにいた全員が強烈な衝撃を感じ取った。

「やばいぞ…」ウィルバートがささやいた。

「地震だ!」アダムが叫んだ。「みんなすぐに掘削機のところに戻ってくれ!」

地中の雷鳴が激しくなった。石の天井から鍾乳石が落ち始め、全員大急ぎで戻ったが、すでに採掘されたマグナムを救出しようとしたエイデンが不注意で突き出た鍾乳石につまずき、転倒してしまった。もしその場にいた鉱夫がエイデンをつかまえていなかったら、落石に押しつぶされていただろう。

「おい!気をつけろ!もしお前が潰されたら、お前のじいさんに合わせる顔がねぇだろ!」鉱夫は走りながら叫んだ。

岩の破片をよけながら、全員が無事に掘削機の元にたどり着いた。しかし、アダムがエンジンをかけようとしても、機械は微動だにしなかった。

「どうしたんですか!」心配したギルとバーンがほとんど同じタイミングで尋ねた。

「動かないんだ!」アダムは答えた。

どんなに頑張っても機械が起動することはなかった。突然、エイデンは祖父の真上の天井から鍾乳石が割れ落ちそうになっていることに気づいた。エイデンは土壇場で祖父を押しのけた。鍾乳石は運転席に突き刺さり、エイデンの左腕に深い切り傷を残した。しかしエイデンは痛みを感じなかった。自分のしたことに愕然としたからだ。エイデンは地面から突き出ている石筍に気づかず、祖父をそこに突き飛ばしてしまったのだ。石筍の鋭い先端がアダムの手を貫いた。エイデンは祖父に向かって駆け寄った。エイデンは自分の気持ちを言葉にすることができなかった。目から涙が溢れ、アダムの前に膝をついた。

「大丈夫だ。大丈夫だ。心配するな!逃げろ!逃げるんだ!」アダムは叫んだ。

数秒間、エイデンはただぼんやりと最愛の人の手のひらに突き刺さった石筍を見つめていた。「逃げる?大切な人を置いて?そんなのできるかよ!」その瞬間エイデンが何よりも望んでいたのは、落ちてくる鍾乳石のひとつに潰されて、この世界で生きる価値を見失った苦しみから解放されることだった。

この弱虫!突然頭の中で声が鳴り響いた。

その一言ですべてが決まった。意識的に死を選ぶのは、自分の行動の結果を受け入れられない弱者が辿る運命だ。エイデンはそんな人間ではない。エイデンは叫び、力を込めて祖父の手を石筍から引き剥がした。アダムは勇敢にも痛みに耐え、声を出さなかった。

「よくやった!」ウィルバートが叫んだ。

負傷したアダムとエイデンが素早く掘削機に乗り込むと、年配の男はすぐにウィルバートに命令を叫んだ。「緑のボタンを押して、一番左のレバーを引け!それから右のペダルを思い切り踏むんだ!」

ウィルバートは気力を振り絞って言われた通りにすると、掘削機は走り出した。地面は震え、洞窟が塞がれつつあった。幸い、掘削機の上に小石が降り落ちてくるだけだったが、鍾乳石による被害は致命的だった。車両はトンネルを逆走し、ひどくゆっくりと走行した。トンネルも塞がり始めていた。ついにエンジンは故障し、停止した。全員が逃げなければならないと気づくのに一瞬を要した。

「逃げろ!」鉱夫の一人がヒステリックに叫び、掘削機から真っ先に飛び出した途端、岩の破片に打ちつけられてしまった。幸運なことに、同じ運命を辿るものはいなかった。一同は天井に目を凝らし、自分たちに降り注ぐかもしれない危険を見据えて掘削機を後にした。エイデンは土壇場で小物入れから救急箱を取り出した。鉱夫たちは振り返ることなく全速力で走った。地雷の轟音が耳をつんざき、足元の地面が震えた。肉体的にも精神的にも疲労困憊していたにもかかわらず、鉱夫たちは逃げ切ることができた。掘削機と取り出したマグナムは失ったが、命は救われた。

一息ついてから、アダムは出来事を早急に報告することが最も重要だと言った。

「その通りだ!」鉱夫の一人が叫んだ。「俺たちが行こう。何があったか早く報告した方がいい!」

エイデンとその友人を除く鉱夫たちは一目散に逃げ出した。

「なんて臆病者なんだ!」ウィルバートは憤慨した。「戦利品と掘削機を失ったから、殴られるのを恐れて逃げたんだ!」

エイデンは正直、それどころではなかった。エイデンは心の中で、起きたことに対して自分を責め続けた。ウィルバートは友人への辛さを察して、エイデンの代わりにアダムの手のひらに包帯を巻いた。エイデンは床をぼんやりと見つめ、ただただ震えていた。

エイダムは孫の肩に手を置いた。「大丈夫だ。楽になってきたよ」

ギルとバーンはアダムの言葉を信じなかった。

「熱があるみたいだ」バーンが心配そうに言った。「顔が赤くなってきてる」

「少し飲めばマシになるだろう」

「いや、このままじゃ良くない」ウィルバートがアダムの額に手を当てながら言った。「すぐに病院に行く必要がある」

「でも地下に病院はない!地上に行く必要がある!」 ギルが付け加えた。

「それなら」エイデンは言った。「俺がじいちゃんと一緒に地上に行く」

「僕も行くよ」ウィルバートは自信たっぷりに言った。

ギルとバーンは互いに顔を見合わせ、同じような意思を確認してうなずいた。エイデンは微笑んだ。友人たちに恵まれて、言いようのない喜びを抱いた。祖父の腕を抱き、エイデン達は一緒にリフトのひとつに向かった。


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