あんぱん
今日はどっちつかずの空。
雨でもなく、晴れでもなく。
お天気お姉さんに言わせると曇り空。
だけど私は色んな曇り空があると思うの。
それを朝のテレビは、
「今日は曇りでしょう」
の一言で済ませてしまう。
それがあまり好きじゃない。
「今日はあんぱん日和だね……」
なんて曇り空を見るとおばあちゃんが言ってた。
何故かって何度か訊いたけど、おばあちゃんはにっこり笑うだけで、その理由は教えてくれなかった。
何故、曇りの日は「あんぱん日和」なのか。
これはおばあちゃんが死んでしまった今、永遠の謎になった。
私は窓から見える曇り空を見上げて、その空に微笑んでみた。
上手く笑えているんだろうか。
私は窓を閉めて、パジャマ代わりのTシャツを脱いだ。
ブラも着けなくていいか……。
お気に入りのTシャツとパーカー、ジーンズ姿で階段を下りた。
そのまま玄関へ。
「何処行くの」
ママがキッチンから大声で言う。
「ちょっと出かけてくる」
ママが玄関までやって来た。
「ご飯も食べずに何処行くのよ。顔も洗ってないでしょ……」
「すぐ戻るから」
私は自転車の鍵を取るとドアを開けた。
そしてガレージの自転車に跨り、一気に走り出す。
ママは外まで出て来て、
「すぐ戻るのよ」
大声で言う。
ママは私の事を「鉄砲玉」って言う。
何だっけ、怖い人たちの世界のソレじゃなくて、「一旦出て行くと戻らないヤツ」って意味らしい。
戻らなかった事なんて無いのに。
失礼よね……。
気のせいか自転車はいつもより軽快に走っているみたいだった。
キコキコ鳴る錆びたペダルも今日は静か。
春の風が心地良い。
先週までは寒い冬の風が吹いていたのに、今週に入ると一気に春が来た感じ。
「暑さ寒さも彼岸まで」
あ、これも死んだおばあちゃんがよく言ってた言葉だ。
私は坂を勢いよく上り、川沿いの道に出た。
もう少しするとこの川沿いの道は桜の花でピンク色に染まる。
その桜吹雪の中を私はこの自転車で通学する。
でも、舞い散る花びらって口に入ったりするのよね……。
南から吹く風が私の髪をサラサラとなびかせる。
うん、気持ちいい。
この川沿いの道はウォーキングする人たちが多く、最近はスティックを両手に持った、何だっけ……、ノルディックスタイルのおばさんが増えた。
スティックを突くだけで、少し楽に歩けるらしい。
大きな水門が見えて来た。
学校に行く時はこの水門の先にある橋を渡る。
けど今は春休み。
短い休みだけど、私は夏休みよりも好き。
何故って決まってるじゃん。
宿題が無いから。
そしてドキドキの新学期が始まる。
誰と同じクラスになるか。
それで高校生活が楽しいモノになるかどうかがかかってるんだから。
今日はその水門を横目に更に川を下る。
この水門を越えると汽水域って言うらしい。
海水と淡水が混ざって塩分の濃度が低い場所らしい。
生物の本郷先生が言ってた。
汽水域でしか生きられない魚も居るんだって。
「菜緒子」
後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
私が自転車を止めて振り返ると、三納代今日子手を振ってた。
私も大きく三納代今日子に手を振った。
三納代今日子は我校のテニス部のエース。
「おはよう。三納代今日子」
私たちは何故か、この三納代今日子をフルネームで呼ぶ。
特に理由は無いんだけど、何故か三納代今日子だけはミナシロキョウコって呼ぶ。
どうやらランニングしてたみたい。
三納代今日子は私の傍まで来て膝に手を突くと、息を整えていた。
「何度も呼んだのに……」
ハアハアと息をしながら三納代今日子は私に微笑む。
「ごめんごめん。全然気づかなかったよ」
私は自転車に跨ったまま、三納代今日子の肩を叩いた。
「何、朝のランニング」
「うん。一日でもサボると、そのまま走らなくなっちゃいそうだからね」
「流石は三納代今日子……。ストイックだね」
三納代今日子はまた私に微笑む。
「で、菜緒子は何処に向かってるの」
「駅の近くのパン屋さん」
三納代今日子は首に掛けたタオルで汗を拭く。
「パン屋……。駅前まで……。そんなところまで行かなくてもパン屋あるでしょ」
「今日はあんぱん日和だからね……」
私は三納代今日子に微笑んで見せた。
「あんぱん日和……。何それ……」
三納代今日子は笑った。
「わかんないけど……。そうらしいのよ……」
だって本当に分からないんだもん。
「菜緒子らしいね……。美味しいあんぱんのために何処までもってところが」
「私が食い意地張ってるみたいに言わないでよ」
そう言って二人で声を出して笑った。
「じゃあ、頑張って」
三納代今日子は私の肩を叩いて、川沿いの道から下の道へと下って行った。
「三納代今日子もがんばって」
私が大声で言うと、三納代今日子は振り返って手を振った。
私は三納代今日子の背中を見送るとまた自転車を走らせた。
しばらく行くと大きなスーツケースを引き摺る信治を見つけた。
私はゆっくりと信治に近付く。
そして前に回り込んで自転車を止めた。
「おはよ、信治」
信治は眠そうな顔でぼぉっと私を見てた。
普段見ない信治の表情に私は何か特別な気がした。
「菜緒子か……」
信治はそう言ってまた歩き出す。
私は自転車を下りて信治の横を歩いた。
「何、旅行……」
私は信治の顔を横から覗き込む。
「合宿……部活のね……」
嫌そうに苦笑しながら信治は言う。
「春休みくらいゆっくりさせてくれれば良いのにな……」
そんな上手くないのに真剣にサッカーに取り組む。
そのやる気だけでレギュラーの座を勝ち取った強者でもある。
「合宿かぁ……いいね。何処でやるの」
「何とか高原……。まだ雪も残ってるらしいんだけどね……。そんなところでサッカーなんてやると風邪引いちまうよ……」
私はその信治の本当の姿がおかしかった。
クスクス笑ってると、
「何がおかしいんだよ」
と、信治は立ち止まって私に言う。
「ごめんごめん。有難迷惑な合宿ってのも大変だよね……」
「そうなんだよな……。けど、有本も樫木も来るんだよ。マネージャーまで合宿連れて行かなくてもな……」
有本友里と樫木洋子は同じく同級生で、サッカー部のマネージャーをしてる二人。
「電車で行くの……」
「駅前にバスが来るらしいんだ。ところでお前は何してるんだよ……」
信治はまた歩き出す。
「私は駅前のパン屋さんまで……」
何故か私の足取りは軽くなる。
弾む様に自転車を押しながら歩いていた。
「駅前のパン屋……。何でそんなところまでパン買いに行くんだよ……」
私は三納代今日子と同じ事を言う信治がおかしかった。
「良いの良いの……。今日は駅前のパン屋のあんぱん気分なのよ……」
信治はまた立ち止まる。
そして私の事をじっと見てる。
「な、何よ……」
「あんぱん日和……ってやつか……」
信治の口から「あんぱん日和」って言葉が出た事に驚いた。
「それって……」
信治はまた歩き出す。
「お前の言ってるパン屋って駅前の新しいパン屋じゃなくて、三好堂の事だろ」
そう。
おばあちゃんが言ってるパン屋っていうのは昔からある三好堂ってパン屋の事。
私は無言で頷いた。
「うちの爺さんが言うんだよ。たまに……。今日はあんぱん日和だな……って」
おばあちゃんと同じだ。
「何でかは知らないんだけどさ。あんぱんが安い日なのか」
私は首を横に振る。
「私のおばあちゃんも言ってたのよ。あんぱん日和って……」
信治はまた立ち止まる。
「うちの爺さんと老人会一緒だったモンな……。老人会で流行ってるのかな……」
信治はそう言うと曇った中途半端な空を見上げた。
「この曇り空があんぱん日和って事なのか……」
私は首を傾げる。
「ボケてんのかな……爺さん」
信治は歯を見せて笑ってた。
「信治」
交差点の向こうでサッカー部の男子が信治を呼んでる。
信治はその仲間に手を挙げて返事をした。
「じゃあ行くわ。菜緒子、またな」
信治はそう言って道の向こうに走って行った。
「あんぱん日和……か……」
私は空を見上げてそう呟いた。
とにかく、行ってみよう……。
三好堂。
私は自転車に乗り、ペダルを踏み込んだ。
駅前のロータリーは数年前に新しくなり、人の流れが少し変わったらしい。
三好堂はその古い通りにある。
おばあちゃんが子供の頃からあるって言ってたから、随分と昔からあるって事になる。
パパがこの三好堂のジャムパンが好きで、今でもたまにママに隠れて食べている。
糖尿病だから食べちゃダメってママが怒ってるの聞いて可愛そうな事もある。
「三好堂はジャムパンだけは最高に美味いんだよ」
なんてパパも言ってた。
あれ……。
ジャムパン……。
ジャムパンだけ……。
え……、ジャムパンだけが美味しいの……。
私は思わず自転車のブレーキを握る。
いつもの様にキーって音がして自転車は止まった。
どういう事なんだろう……。
ジャムパンが美味しいのに、何故、あんぱん日和はあんぱんなの……。
曇った日はあんぱんが美味しくなるの……。
どういう事……。
湿度とか気温とか……。
もう変な謎、残さないでよね……おばあちゃん。
私は駅前の通りに自転車を押して入った。
自転車を下りなきゃいけない程の人通りでもないんだけど。
ロータリーには信治たちを迎えに来たバスが停まってた。
バスの傍に友里と洋子の姿が見えた。
声を掛けようと思ったがやめた。
向こうはちゃんと制服姿なのに私は休日のラフな格好。
ブラもしてないし……。
私は見つからない様に旧通りに入る。
昔からある古い本屋、電気屋、薬屋、服屋……。
そして三好堂。
それ以外は営業してるのかどうかもわからない。
考えてみると、あんぱんなんて自分で買った事ないかもしれない。
学食で買うパンも惣菜パンなんかばっかりで、あんぱんはいつも売れ残っているイメージがある。
「あんぱんはね。潰して食べるのが正しい食べ方なんだよ」
おばあちゃんはそう言って手であんぱんを挟み、潰して食べてた。
「こうするとね、中のあんがちゃんと隅々まで広がるのよ……」
ニコニコ笑いながらそのあんぱんを半分個して私にくれた。
確かにおばあちゃんと半分個して食べたあんぱんは端っこまであんが入っていた。
小さかった私は、同じようにあんぱんを潰してみたけど、力が弱くてあんぱんが上手く潰れない。
それを見ておばあちゃんは、
「菜緒子はまだ小さいから、ちゃんとあんぱんを潰せないね……」
そう言って、座布団の下にあんぱんを袋ごと入れた。
「この上に座ってごらん」
私はあんぱんの上に敷いた座布団に座った。
「お行儀の悪い事だけどね……。あんぱんだけは上に座っても許してくれるよ」
おばあちゃんはニコニコ笑いながら私にそう言った。
そして、私の体重で潰れたあんぱんを二人で分けて食べた。
私は三好堂の脇に自転車を止めた。
そして古い錆びて傾いた看板を見上げた。
「三好堂」日に焼けて薄くなった文字は辛うじて、そこが三好堂である事を主張していた。
だけど何処にも「あんぱん日和」なんて言葉は書いていない。
私は意を決して建付けの悪い木の戸を開けた。
「いらっしゃい……」
店の中には腰の曲がったおばあさんが、白い頭巾を頭に巻いて立っていた。
三好堂……。
何度か子供の頃に来た記憶があった。
けど、一人で来たのは初めて。
今のパン屋さんみたいに自分でトレイに欲しいパンを乗せてレジに持って行くんじゃなくて、木製のガラスケースの中のパンを入れてもらう。
そんな古いパン屋さん。
木製のガラスケースはもうすり減って角が無く、独特の光沢があった。
ガラスケースの中には、あんぱん、クリームパン、ジャムパン、コッペパン。
そのコッペパンにクリームを挟んだモノ。
そんな素朴なパンだけが並んでいた。
「お嬢ちゃんたちが好きそうなパンはうちには置いてないかもね……」
レジに立つおばあさんは私に微笑んだ。
私もおばあさんに微笑み、首を横に振った。
「そんな事無いですよ……。どれも美味しそう……」
私はガラスケースの中を覗き込んだ。
そして、中を指差した。
「あんぱんを三つと……」
おばあさんは紙袋を出して、ガラスケースを開けた。
「あんぱん三つ……」
手際良く紙袋にあんぱんが三つ入れられた。
「あとはクリームパン二つと……」
今日くらいはパパにもジャムパン食べさせてあげよう……。
「ジャムパン一つ……」
「クリームパン二つに、ジャムパン一つね……」
おばあさんはパンをまた袋に入れた。
私はポケットから財布を出してレジの前に立った。
おばあさんは古いレジを打つと、私の財布に目を止めた。
その視線に私は自分の財布を見た。
「お嬢ちゃん、喜代子さんのお孫さんかい」
おばあさんはおばあちゃんの名前を口にした。
私の財布には赤い「さるぼぼ」とか言うマスコットがぶら下がっていた。
確かおばあちゃんにもらったモノ。
私はそのマスコットをおばあさんに見せた。
おばあさんはニコっと笑って、私からお金を受け取った。
「私の生まれ故郷のお土産物なのよ。そのさるぼぼ……」
おばあさんはパンの入った袋を私の前に置く。
「そのさるぼぼは私が作ったモンなのよ……。喜代子さんに頼まれてね……。孫娘が健康に育ちますようにってね……」
おばあさんは何かを思い出したように指を一本出す。
「お腹の辺りを押してごらん」
私は言われるがままにさるぼぼのお腹を押す。
今まで気づきもしなかったが何か硬いモノが入っているのがわかった。
「なにか……。硬いモノが……」
おばあさんはニッコリと笑った。
「馬路が一粒入っているのよ……」
「馬路……」
私は首を傾げる。
「馬路大納言って言ってね。美味しい小豆だよ」
おばあさんはゆっくりとレジの向こうから出て来た。
「そうかい……。喜代子さんのね……」
おばあさんは頷きながら私の顔をじっと見ていた。
そうだ……。
おばあさんならわかるかもしれない……。
「あの……」
私の声におばあさんは微笑む。
「一つお伺いしたい事が……」
おばあさんは店の中にある長椅子にゆっくりと座った。
「何かしら……」
そしておばあさんは自分の横に私を招いてくれた。
「おばあちゃんが言ってたんですけど……」
私はおばあさんの横に座った。
おばあさんはゆっくりと頷く。
「おばあちゃんが空を見上げて、今日はあんぱん日和だって言ってたんです……。あんぱん日和って一体何ですか……」
それを訊いて、おばあさんはクスクスと笑い始めた。
そして口を手で隠し、その笑い声は次第に大きくなって行った。
「喜代子さんが……。そんな事を……」
そう言ってまた声を上げて笑った。
何、どうしたの……。
訊いちゃいけない事だったの……。
「おい、食パン、上がったぞ」
店の奥からお爺さんが顔を出してそう言った。
「はいはい」
おばあさんはゆっくりと立ち上がって、
「ちょっと待っててね」
何故か小声でそう言うと店の奥に入って行った。
しばらくすると焼き立ての食パンを入れた箱を持っておばあさんは出て来た。
「あんぱん日和ね……。そんな事を言ってたのね……」
おばあさんはお茶を入れて私に出してくれた。
「ずっと気になってて……」
おばあさんは小さく何度か頷いた。
「お爺さんが聞いたら気分悪くするといけないから……」
おばあさんは小声で言い、店の奥を気にしながら話を始めた。
「ここのパンはね。お爺さんが一人で作ってるのよ。だから沢山は作れないの……。機械も入れてないから、昔ながらの手作り。唯一私が任されているのがジャムパンの苺ジャム作りね……」
おばあさんは湯呑を取るとお茶を一口飲んだ。
「おい……」
店の奥からまたお爺さんが顔を覗かせた。
「ちょっと休憩するから……」
そして私に気付いたらしく、ニッコリ笑って、店の奥に戻って行った。
おばあさんはそのお爺さんを見送って、またお茶を飲んだ。
「パンの作り方知ってるかしら……」
おばあさんは私に訊いた。
「ええ……家庭科で習った程度ですけど……」
私はそう答えた。
おばあさんはニコニコ微笑みながら頷く。
「小麦を練って発酵させてから焼く。それがパンの基本ね……。その発酵ってのがね、晴れた日、雨の日、春、夏、秋、冬……それで微妙に加減が違うのよ……。そして一番難しいのが、今日みたいな天気の日。晴れでも雨でもない。そんな日が一番難しいのよ……」
おばあさんは私にお茶をすすめてくれた。
私は湯呑を取りすする様に飲んだ。
美味しいお茶……。
「お爺さんが、こんな天候の日はパンの生地作りに時間が掛かってしまってね。あんぱんのあんこを作る時間が無いのよ……」
「はあ……」
おばあさんは湯呑をお盆に置くと、ガラスケースの向こうに回ってあんぱんを一つ取った。
「だから、今日みたいな天候の日だけは、あんこを私が作るのよ……」
おばあさんは手に取ったあんぱんを手で挟み潰した。
そして半分に割り、その半分を私にくれた。
おばあちゃんと一緒だ……。
私は半分のあんぱんをじっと見つめた。
「つまり、こんな日のあんぱんのあんこはおばあさんが作ったモノって事ですね……」
おばあさんは微笑みながら無言で頷いていた。
そうか……。
それがあんぱん日和の正体か……。
おばあさんは私に近くに寄る様に手招きする。
「パン作りはお爺さんには敵わないけど、ジャムもあんこもクリームもまだまだ私の方が美味く作れるわ」
おばあさんは少し胸を張って言った。
私はそのおばあさんの姿を見て笑った。
爽快な気分で私は自転車に乗っていた。
おばあちゃんの言っていた「あんぱん日和」の謎が解けた。
三好堂のおばあさんが作るあんこ。
これがあんぱん日和の秘密だったんだ。
おばあさんに半分個してもらったあんぱんはすごく美味しかった。
美味しいあんぱんとお茶を頂き、お礼を言ってお店を出た。
そして一気に家へと帰る。
空は相変わらず曇っていて、三好堂のお爺さんは今日一日パンの生地を作るのに苦労するんだと思う。
それでも、お爺さんが生地を作るのに苦労する分、美味しいあんこが出来るんだったらそれはそれで良い事なのかもしれない。
ふと、私は自転車に乗りながら考えた。
この町で「あんぱん日和」の謎を知っている人ってどのくらいいるのだろう……。
ううん、それ以前に三好堂のあんぱんがこんなに美味しい事を知っている人ってどのくらいいるのだろう。
私は「あんぱん日和」の謎が解けた事を早くおばあちゃんに伝えたくて帰り道を急いだ。
自転車の前の籠で三好堂の紙袋が揺れている。
少しパンが心配だったけど平気。
こんな事で三好堂のパンの味は変わらない。
自転車をガレージの中に突っ込んで、玄関のドアを開けた。
「ただいま」
私は大声で言うとそのまま、おばあちゃんの部屋に入った。
ドアを開けると、そこにはおばあちゃんが横になっていた。
そして顔には白い布が掛けられている。
おばあちゃんが昨日死んだ。
私はおばあちゃんが死んだ事を受け入れる事が出来ず、昨日は普通に生活した。
おばあちゃんの遺言でお葬式は家でやる事になっていた。
今日はお通夜になる。
「おばあちゃん……」
私は横たわるおばあちゃんの横に座った。
そして三好堂のあんぱんをおばあちゃんの前に置いた。
「あんぱん日和だったから、買って来たよ……三好堂のあんぱん」
もちろんおばあちゃんは何も答えない。
「菜緒子、帰ったの……」
ママが後ろから声を掛ける。
私は振り返って微笑んだ。
ママもすぐに三好堂の袋に気付いたのか、私に微笑んでくれた。
「そっか……あんぱん日和か……」
ママはそう言ってキッチンへと戻って行った。
ママも知ってるんだ……。
あんぱん日和。
私は、おばあちゃんの顔に掛かる白い布を取った。
薄らと化粧をして綺麗だった。
「お、菜緒子。帰って来たか……」
パパがやって来て私の横に座った。
「三好堂のあんぱんか……」
パパもおばあちゃんの好きだったモノは知っている様だった。
「そうか……。今日はあんぱん日和だな……」
私は驚いてパパの顔を見た。
「パパも知ってるの……あんぱん日和」
パパはおばあちゃんに線香をあげながら頷いた。
「おばあちゃんに教えてもらったんだよ。曇った日の三好堂のあんぱんは最高傑作だって。おばあさんの作る最高のあんことお爺さんの作る最高のパン……。これを味わえるのは曇った日だけだって……」
私ははっとした。
そうか……。
お爺さんのあんこが美味しくないって事じゃないんだ。
二人で作るあんぱんが最高って事なんだ……。
私は胸の中が暖かくなって行くのを感じだ。
「今日は忙しくなるぞ……飯食って支度しろよ……」
パパはそう言って出て行った。
私は立ち上がった。




