第八話 異世界での1日
朝6時00分
朝、日の出と共に彼は起床する。
しかし起きてすぐに日光は浴びられない。
何故なら彼の寝床は地下だからだ。
しかもベッドも日本で暮らしていたときの物と比べ随分と硬い。
その上毛布もない。
寝心地が悪すぎて疲れが取れない。
まさか異世界でこんな中年じみたことを思うとは思わなかった。
「ソーマよ!美しい朝だ!起きよ!」
微妙なだるさはこの朝から騒がしい神によってさらに増幅される。
「ソーマよ。早速訓練と勉強を始めるぞ。」
「えー・・・。」
「えーではない!そら、支度をせよ!」
「・・・はーい。」
彼は体力には自信がある方だがここ最近は神との絡みで精神的な疲れが蓄積していった。
朝9時00分
「発音してみよ。」
「ボクノナマエハトモシビソウマデス。」
「うむ、まずまずだな。後は発音に気をつければ問題あるまい。」
「僕の名前は灯創真です。」
「それでよい。」
彼らは異世界の言語の勉強中である。
彼ら二人が異世界に来て一週間ほどが経過していた。
神は彼の学習能力と適応力の高さにますます驚かされていた。
しかし、やはり限度はある。
まだ軽い自己紹介程度しか話すことが出来ない。
仕方がないので神は別の手段に出た。
「ソーマよ、このままでは時間がかかりすぎる。」
「そうですねー、正直あと半年はかかりますよ。」
いくら学習能力が高いと言ってもやはり彼は人間だ。
言語の問題は時間をかけて解決していくしかない。
だが、神としては一刻も早くこの世界を救って欲しかった。
そのためには現地人との協力が必要不可欠だが、言葉が話せないとなれば話にならない。
いくらチート能力があっても戦闘以外の面ではどうにもならないことが多いのだ。
そしてそれは彼ら二人も分かっている。
そのため言語の問題はなるだけ早く解決しようと二人の間で決まった。
しかし・・・
「あのー、流石に三時間ぶっ続けはきついんですけど。」
「仕方なかろう、一刻も早くこの世界の言語を習得しなければならんのだ。」
異世界語習得のためのハードスケジュールだった。
しかし、知識に関する部分はチート能力の補正がないため、勉強で身に着けるしかないのだ。
しかし食事と睡眠以外の休憩が全くないのは彼にはきつかった。
だが、その苦しい時間もそろそろ終わる。
待ちに待った食事の時間がやってきたからだ。
数時間の勉強の結果彼の腹は十分に空いている。
「む、もう時間か。食事の支度をせよ。」
「もうしてますよ。」
彼は神が命じるよりも早く薪に魔法で火をおこした。
そして採ってきたキノコを串に刺し焼いていく。
五分も経たずにキノコが焼き上がった。
朝食のメインディッシュはウサギの肉だ。
彼は強火で肉を炙っていく。
そうして今日の食事ができあがった。
「いただきます。」
調味料がないため二つの意味で味気ない食事だが、心が美味だと歓喜の叫び声を上げる。
彼は空腹の影響もあって素手でかぶりついた。
「はしたないぞソーマ。」
「こういうのは素手で食べるのが一番美味しいんですよ。」
その証拠に彼の顔の疲れはどこへやら、心底美味そうに食事に食らいついていく。
彼は異世界で唯一と言っていい快楽を噛みしめていた。
「食事が済んだら次は訓練を始めるぞ。」
しかしその時間はすぐに終わりを迎えた。
朝9時10分
朝食を終えた彼らは近くの森に来ていた。
ここが最近の彼らの訓練場である。
「ソーマよ、今日は近接格闘の訓練を行うぞ。」
「え、僕魔法使いなんですけど?」
「だからこそだ。魔法使いの分かりやすい弱点は潰しておくぞ。」
「(こういう所は神様らしく厳しめなんだよなあ。)」
神の真面目な部分に彼は若干呆れつつも、早速訓練に取りかかった。
「オートバリアを発動させることなく魔物1000匹を倒せ。」
「ただし、遠距離用の魔法の使用を禁じる。」
「ズルしたらどうなるか聞いてもいいですか?」
「貴様が反則をしてから三日三晩、女神の口説き文句を囁き続ける。」
「はい、ごめんなさい、真面目にやります。」
「分かればよい。」
そうしていると双頭の魔獣の群れが彼らを見つけ、唸り声を上げながら迫ってきた。
「そら、来たぞ。」
「うげ、一番最初に僕を殺そうとした奴じゃないですか。う、やっぱり臭いな・・。」
この世界に来て一番最初に彼を殺しかけた魔物
彼は現代日本でも幾度となく死にかけていたためこの魔物へのトラウマは抱いていないが、この魔物が放つあまりの悪臭には慣れることが出来ないでいた。
「よし、さっさと片付けよう。雷光剣+超音飛行」
彼は高速移動魔法と新しく習得した魔法を発動させ、地面を踏み込む。
そして魔物の集団を滑るように駆け抜けていく。
彼が自分たちの攻撃を避けたことに気づいた魔物たちは再度彼に飛びかかった。
しかしそれは不可能だった。
身体が縦二つに両断されていたからだ。
そしてその魔物達は自分が切られたことに気づく間もなく、地面に倒れ伏した。
それでも残った魔物たちは怯むことなく彼に襲いかかる。
しかし彼が剣をもう一度振れば生き残った魔物達も全滅した。
「これで20匹か・・・。」
「カミサマ、どの辺りに魔物がいるかわかります?」
「ああ、言い忘れていたが索敵も自分でやれ。」
「ええ!?それはきついんですけど!?」
「きつくなければ訓練にならんだろう。喋ってる暇があるなら敵を探してこい!」
「分かりましたよ・・・。」
こうして彼は森の奥深くに進んでいった。
朝10時30分
彼は今森の入り口からおよそ5㎞の地点に来ていた。
「魔物の巣穴はどこですか~。」
しかし一向に見つからない。
本来はこの森は多くの魔物が生息しており、20分も歩けば一つの群れに遭遇するほどなのだが、何故か1時間以上歩き回っても群れが見つからない。
「せめて足跡とか見つかればいいんだけどな・・・。」
そう言ってみても見つかるわけもなく、彼は途方に暮れていた。
午後14時00分
「はあ、はあ、はあ、・・・全っ然見つからない!」
あれから更に三時間以上経ったが全く見つからない。
それに見つからないのは魔物だけでなく,動物や昆虫すら一匹も見つからない。
この様子を上空から見守っていた神もこの状況がおかしいと感じ始めていた。
「(何故だ。流石にここまで見つからないのはおかしい。)」
「(魔物の進行ルートが変わったのか?)」
「(だが何故急に?)」
一向に変わることのない状況に神も異変を感じ始めた。
しかし、ようやく彼が一匹のネズミと遭遇した。
「カミサマー!このネズミは魔物ですかー!」
「おお、ようやく見つけたか。待ちくたびれたぞ!」
「ずっと上空にいましたけど、僕が声をかけるまで何やってたんですか?」
「口説き文句を考えていた。」
「はいはい、で、このネズミは?」
「ああ魔物で間違いない・・・これはマズい!」
「急にどうしました?」
「馬鹿者!今すぐ戦闘態勢を取れ!」
「?はい。」
急に神が焦りだしたため、彼は混乱しながらも複数の魔法を発動させた。
「この魔物は万鼠!一匹出たら万の大群で出現することからその名がついた魔獣だ!」
「え!?じゃあこれって!」
「間もなく一万以上の鼠の大群が襲ってくる!おそらく魔物が見つからなかったはこの鼠が辺り一帯の生物を食い荒らしていたからだ!」
「かなりヤバい魔物じゃないですか!今すぐ倒さないと!」
「いや待て!我に考えがある!」
「何か作戦があるんですか?」
「いい機会だ!先程の鍛錬の続きをしよう!」
「は?」
「一万の魔物の群れをオートバリアを発動させずに殲滅せよ!」
「はあ!?無茶言わないでくださいよ!」
「無茶なものか、その為のチート能力だぞ?」
「限度があるでしょ!」
「クハハハ!そらそら!文句言う暇があるなら戦え!鼠が迫ってきてるぞ!」
「はあ!?」
後ろを見てみると魔物の群れが津波のごとく押し寄せてきた。
「これは鍛錬してる場合じゃないでしょ!なりふり構ってられませんって!」
「さ・さ・や・く・ぞ!」
「(覚えてろよマジで!!!)」
こうして嫌々ながらも、彼は魔物の群れを殲滅することになった。
「炎×雷=雷炎剣!炎×風=超音飛行!」
彼は二つの複合魔法を同時に発動させ、魔物の群れに駆け出す。
そして剣を一度振れば,やはり魔物は簡単に焼き切られる。
しかし数が多すぎる。
いくら切っても津波のように押し寄せ、今にも食いつかれそうだ。
オートバリアに頼ることも考えたが、それに頼れば今晩が地獄となる。
その為オートバリアには頼らずヒットアンドアウェイで徐々に数を減らす作戦に出た。
しかし魔物達はその考えを読んでいたと言わんばかりにドーム状に彼を包み込み、全方位から押し潰そうとした。
しかし彼はその攻撃に対処していた。
「雷×風=雷光衝撃!」
雷を纏わせた拳を突き上げ衝撃波を発生させる魔法を発動させ、鼠の群れを一掃した。
だが鼠はまだまだ山のようにいる。
「(数が多いな・・・。どうする?遠距離用の魔法は使えないし、高速移動魔法で一匹ずつ倒すのは時間が掛かりすぎる・・・。)」
「ん?待てよ?」
「(そういえば、さっきの魔法範囲攻撃だけど別に何も言われてないな。)」
「(遠距離用の魔法が駄目なだけで範囲攻撃はいいのかな?)」
「範囲攻撃も禁止だ。」
「おわ!勝手に思考を読まないでくださいよ!」
「説明不足だったな。範囲攻撃もペナルティーの対象だ。先程の魔法は我に非があるとして見逃してやる。」
「だめ?」
「だーめ!」
「さいですか・・・。」
「クハハハハ!そらそら、落ち込む暇があったら戦え!もうそこまで来てるぞ!」
「え?危なっ!」
なんとか攻撃を避け、その魔物を斬り伏せる。
「では改めて言うが、近距離用の魔法のみでこの魔物共を殲滅せよ!」
「ああもう!こうなったらヤケだ!来い!」
その叫びを合図に森中の魔物達が一斉に襲いかかってきた。
午後9時00分
「やっと・・・我が家に帰ってこれた・・・。」
あれから6時間以上不慣れな方法で戦い続け、森の中で迷子になり、死ぬ気で拠点を探し出した。
その拠点は我が家と言うにはあまりに貧相な地下室だが、命がけの戦闘の後だと安心感が凄まじくこみ上げてくる。
「いい戦いぶりだったぞ。ソーマよ。」
「誰かさんのおかげですね・・・。」
「ハッ、そう褒めるな。」
「了解でーす・・・。」
疲労と空腹と渇きで目の前の神の扱いがかなり雑になっている。
彼はチート能力のおかげで魔力は無限にあり、体力にも少しばかりの補正が掛かっている。
しかしながら現代日本人にとって命がけの戦闘というのは肉体以上に精神の疲労がかかるものだ。
そして精神の疲労というのはそう簡単に回復する物ではない。
その疲労を彼は食事で紛らわそうとしていた。
「そういえば、昼から何も食べてない・・・。」
「残りの食材あったかな・・・。」
「くたびれた主婦のようになっているぞ。」
「誰のせいで・・・もういいや。」
あまりの疲労感に彼は突っ込むことすら面倒になってきていた。
「ん?ああ、あったあった。」
血抜き済みの保存していたウサギ肉を発見した。
「これでいいや。と言うかこれしかない・・・。」
彼は器用に皮を剥いでいき、部位ごとの解体をしていく。
ある程度の解体が終わったら、使わない部分を氷の魔法で冷凍保存する。
後は調理だけだ。
「火で炙って・・・出来た。」
「いただきます。」
疲れ切っていてあまり力も出ないため、今日は特に柔らかい部位を食すことにした。
早速かぶりつく。
あふれ出した肉汁が口内を満たし、疲れた身体に染み渡っていく。
飲めるような肉の柔らかさに思わず表情が緩む。
「うっま・・・。」
薄暗い地下室の中で小さな声が響いた。