第二話 ここはどこ?私は創真
闇の中に意識が沈む。
後悔は特にないが、未練はある。
そんな感覚を体感しながら、まるで深海で溺れるように彼は死んでいった。
ところが、急に体がふわりと浮き上がる。そのような感覚に襲われた。
先程までの感覚とは対照的にどんどんと浮き上がる。
そして浮き上がった先には・・・
木々が広がっていた。
先程までカラオケ店の前にいたはずなのに今は森の中だ。
何が起きている?
何が起こっている?
何もわからない、理解できない。
あらゆる全てが意味不明な状況で彼はポツリと呟いた。
「ここどこだよ。」
当然の言葉だ。
周りを見渡しても森が広がっている。
すぐに出られそうな雰囲気はない。その上深夜だ。
半分以上彼は混乱していたが、謎すぎる状況で頭のもう半分は逆に冷静になっていた。
とりあえず歩き出す。
ここがどこだか皆目見当もつかないが、何もしないよりはマシだろう。
そうしてしばらく歩いていると洞窟を見つけた。
そこで一晩を過ごすことに決めた。
「うっ、獣臭いな・・・。」
しかし贅沢は言ってられない。
洞窟が見つかっただけでも幸運だ。
「失礼しまーす・・・。」
いつもの癖で彼は部屋に入るときの挨拶をする。
すると、もう誰かいるのだろうか?
奥の方で物音が聞こえた。
それに気づいた彼はすかさず声をあげる。
「すいませーん!だれかいるんですかー?」
しかし半分混乱状態だったせいで彼は気づかなかった。
洞窟が獣臭い時点で気づくべきだった。
獣臭がするということは中に獣が潜んでいるということに。
まるで重い金属製の物を引きずるかのような音。
肉食獣のような唸り声。
中から這い出してきたそれは、左右に人の頭を二つ持ち、体は虎、尻尾に青銅の槍のようなものを三つ持った化け物だった。
またしても意味不明な状況。
しかし彼が次にとった行動は違った。
咄嗟だった。咄嗟に逃げ出したのだ。
アレはやばい、殺される。
彼の直感が危険信号を全力で発する。
今まで自分でも見たことのないような速度で走る。
火事場の馬鹿力というものだろうか。
しかし化け物の方も黙ってなかった。
自分に向かって走り出してきたのだ。
ここまでに80mは離れたと思ったが、見る見るうちに距離が縮まる。
こちらの馬鹿力を相手の平常運転が易々と超えてくる。
一歩を踏み出すたびにパニックになりそうな頭を必死に抑え、死ぬ気で走る。
しかし現実は残酷だ。
彼はあえなく化け物に捕まってしまった。
それでもまだ諦めずに彼は叫び声を上げた。
「誰かああああ!!誰かいませんか!!?殺される!!助けて!!!」
そう叫ぶと木々の奥から足音が聞こえた。
ああこれで助かったと思ったのも束の間、現実はどこまでも非情だった。
奥から出てきたのは全身が緑色の小人、トカゲの頭を持った蜘蛛、燃える身体のライオン、いくつもの目を身に着けた大きな鳥、全身が甲羅に覆われた熊などの化け物の集団だった。
ここまできて彼は勘づいた。
薄々感じてたがその可能性から目を背けていた。
その可能性とは・・・
「(ここ、日本どころか十中八九地球ですらない!)」
「(まさか、地獄??!)」
当たらずとも遠からず。
ここは地球ではない、異世界だ。
でなければこんな化け物と相対することなんてありえない。
だが、そんなことは彼からすれば些末な問題だ。
今ここで彼は化け物たちに殺されようとしている。
「(ああ、これは死んだ。)」
酷く淡白な感想。
「(僕がなにしたっていうんだよ。)」
そんなことを思っている間にも化け物の牙は自分の喉元への距離を近づけていく。
ああもう終わりだと思った瞬間
声が聞こえた。
「間に合ったか、我が勇者よ、この力を授けよう!!」
幻聴だと思いその声をスルーする。
そして化け物の牙が自分の首に触れる瞬間ー
何かが弾ける音がした。
恐る恐る見てみると化け物の牙が全て折れていた。
何が起こったかわからず、自分の身体を見てみると青いバリアのような物が体を覆っていた。
周りの化け物達も思わぬ出来事にたじろいでいる。
そして彼が立ち上がると化け物達は戦闘態勢に入った。
彼を囲み一斉に襲い掛かろうとしている。
するとまた謎の声が聞こえた。
「さあやるがいい我が勇者よ!魔法で魔物共を蹴散らすのだ!」
そう言われて咄嗟に魔法を撃とうとする。
しかし彼は魔法など知らない。
「え~とそれじゃ、ファイア!」
なので適当に考えた魔法を叫んでみた。
すると次の瞬間に世界をも焼き尽くすような業火が巻き起こった。
その炎に周囲の化け物は一瞬で焼け死んだ。
あまりの威力に彼がドン引いていると炎の中から一つの光球が現れた。
そしてその光は人の姿へと形を変える。
そしてその者は尊大な態度で自己紹介を始めた。
「フハハハハハ!見事だ我が勇者よ!我は戦神ニーケという!」
目の前の神は機嫌のよさそうに自己紹介をしているが彼はあまりのスピードで変わる状況に混乱し、フリーズしてしまった。
「?どうした?我が勇者よ。」
その問いでハッとした彼は思わずこう返した。
「勇者じゃないです!」
「僕の名前は灯 創真です!」