星ひとつぶんの友情
昼休み、6の1の児童は相変わらずうるさかった。
おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎ声のなかに、ところどころ思春期特有の刺々しさが含まれていて、たまらなく煙たかった。
そんな中、私は一人クラスから離れ、悠然と「クラスメイト評価表」を書くのに勤しんでいる。
読んで字のごとく、クラスメイト一人ひとりを評価する表だ。
「金沢寛人 総合評価★★☆☆☆ 字は汚いが勉強ができることを鼻にかけている」
「奥田希美 総合評価★★★★☆ 友達だけどクラスが違うと無視する系」
やや辛辣だが、決して粗探しではない。
友達だから、優等生だから、と他人のあやまちを看過する悪弊は取り去るべきだ。
周りとは一線を画す気持ちで、鉛筆を握る。
折り紙の白い面に、厳正な評価がくだされていく。
と、ガタンと鈍い音が鳴り、机が傾いた。
文字があらぬ方向に曲がる。鉛筆の芯が折れる。
レイナだ。
レイナがぶつかったんだ。
佐々木伶奈。新学期初日に友達になろうと言ってきたものの、翌週から完全無視。総合評価1。
怒りにわなわなとしながら軽く舌打ちする。
と、その時、
「ほんとごめん!」
レイナが頭を下げて謝ってきた。
甲走った、子供っぽい声だ。
「足元見てなくて。おねがい許して!」
殊勝な態度に、大きくなっていた気持ちは萎え、「気にしてないよ」と笑ってみた。
ひっきょうするに、私はクラスメイトを見下しつつも、恐れているのだ。
「何かいてるのー教えてー」
レイナは、手元の「クラスメイト評価表」を一瞥して能天気に言った。
まさか自分が評価されてるとは思ってもいないのだろう。
どうしよう。
何と答えるべきだろうか。
勉強…でも折り紙で勉強はしないし。
趣味…と言ったら話が長引くな。
気をもんで、結局、手紙だよと言った。
「手紙、へえ、ラインとかならやるよ、わたしも」
レイナは確かめるように一言一言をしぼりだすと、ふらりと自分の席に戻っていった。
今どきの小学生は手紙よりラインなんだ。
私はアナログ派かもしれないなあ、と鉛筆を握るが、「クラスメイト評価表」を書く気にはなれなかった。
すっかり気勢をそがれてしまったようだ。
*
「あのね、これ」
昇降口で突然肩をつかまれたので、狼狽した。
「なんでおどろくの?レイナだよ」
彼女はしゃあしゃあと言うと、ポケットから封筒を取り出した。斜に構える。
「お手紙、書いてきた」
ピンクのラブリーな封筒には「佐々木怜奈より」と丸文字で書かれていた。
なんで、と口を動かすと、レイナはしおらしい素振りで、だってさあ、と口を開く。
「だって、お手紙書いてくれてたんでしょ、わたしに」
「は…?」
「お手紙。前わたしがぶつかっちゃったとき書いてたよね」
全身が粟立った。
「クラスメイト評価表」が脳裏によぎる。
ぶつかってきたレイナが、嘘をついた私の姿が…。
「書いてきたよ」と言った。
手紙なら家に帰って書けばいい、と自分の苦労を代償に、レイナに媚びへつらった。
レイナが笑って、手を振って、校門のほうに消えていく。
手紙を書いてるといっただけで自分宛てだと早合点するなんて、自意識過剰だな。
一人になったあとで、苦笑する。
*
「矢崎穂乃美ちゃんへ
お手紙を書いてくれてるんでしょ。
うれしいです。
書けたらわたしてね。
きん張するなら、肩をトントンしてわたしてね。
わたし、実はほのちゃんが大大大好きです。
学校では矢崎さんってよんでるけど、頭の中ではいつもほのちゃん呼び!
大好き!
佐々木怜奈より」
どうせ無味乾燥な定型文だろう、と高を括っていたから、面食らった。
世の中のおどろおどろしいところを垣間見たようなきがする。
狂気すら感じるが、約束は約束だ。
手紙は書かなければならない。
好感度を上げもせず、下げもしない程度の曖昧模糊な文章を連ねて、鉛筆を置く。
「佐々木れいなちゃんへ
手紙ありがとう。
私が渡すよりまえに書いてくれてたんだね。
あと、今日の給食、おいしかったね。
おかわりしわすれたー
矢崎穂乃美より」
かわいい便箋が見当たらず、折り紙に書いてしまったが、そこはご愛敬ということで。
*
手紙と「クラスメイト評価表」を取り違えて渡してしまったことが、先日発覚した。
折り紙の、それもどちらも緑を使ったので混同したのだろう。
自分に向けられた酷評に、レイナは憤っただろうか。
むろん、学校でのレイナの目つきを見れば、疑う余地がないのだが。
それにしても、あの「クラスメイト評価表」にはレイナのあまたの友達への評価も記されている。
悪事千里を走る。
もう嘘はつかない。