第8話
チップくんに案内され、コナラの木をくり抜いて作られた家の中を見て回った。
1階の広間から繋がる4つの扉から先は、それぞれ台所、洗面所や浴室と裏口へ繋がる廊下、おとうさんとおかあさんの部屋、おじいさんとおばあさんの部屋らしい。今の時代じゃ珍しい、いわゆる拡大家族での生活なのか。
転落防止用の柵が作られている2階と3階は、子供部屋らしい。仕切りがないから、広間から様子が見える。
木のはしごを上って2階へ行くと、子供たちのベッドが3つ、そしておもちゃ箱とクローゼットがある。
さらに3階へ上ると、また子供たちのベッドが2つ。壁には子供たちが描いた絵が貼られていた。
「チップくんたちの家族は何人……いや、何匹なの?」
「9匹だよ。おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて、【トム兄ちゃん】、モモ姉ちゃん、僕、ナッちゃん、そして末っ子の【ミライ】」
「わあ、大家族なんだね。チップくんは、きょうだいの3番目なんだ?」
「うん! そうだよ!」
賑やかな家族なんだな。後で、1匹ずつみんなに挨拶することにしよう。
ひと通り家の中を見て回った後は、再び1階の居間へと戻り、テーブルの側にある長椅子にもう一度腰を落ち着けた。
数分後、玄関の扉が開く音が耳に入る。
「ただいま」
「ただいまーっ!」
玄関の扉から入って来たのは、3匹のねずみさんだった。
ぼくと同じくらいの背丈の、大人のねずみさんが2匹。
そしてチップくんより少し背が高い、子供のねずみさんが1匹。
「あっ! おとうさんとおじいちゃんに、トム兄ちゃんが帰ってきた!」
チップくんは嬉しそうに、玄関の方へ駆けて行く。
「やあ、お客さんかい?」
ぼくを見て問いかけてきたのは、土にまみれた紺色の長袖の服に、ダボダボのこれまた土まみれの白いズボンを着ている、大人の男性のねずみさんだ。農作業でもしていたのだろうか。
ぼくは立ち上がって一礼し、自己紹介をした。
「マサシといいます。お邪魔してます、よろしくお願いします」
ねずみさんの男性も、笑みを浮かべながら挨拶し、自己紹介を始める。
「やあ、はじめまして。僕はこの一家の主の【ピーター】といいます。よろしくね。あ、よかったら今晩ごちそうしますよ。一緒にどうです?」
ねずみのおとうさんからの、唐突な夕食の誘い。
ぼくは戸惑った。
この世界のねずみさんたちは、予想外にフレンドリーだ。
「え……? いいんですか?」
「もちろんさ! じゃあ着替えて手を洗って、早速支度しよう」
ねずみのおとうさんは子供のようにスキップしながら、別室に行ってしまった。
チップくんは、大はしゃぎだ。
「やったー! 今日はね、きのこのシチューだよ! あ、紹介するね。こっちはお兄ちゃんの【トーマス】だよ。しっかり者だけど食いしん坊なんだ」
土の付いた白いTシャツに青色の短パン姿のトーマスくんが、照れながら軽くお礼をする。
おとうさんのお手伝いをしていたのだろう。
「どうもはじめまして。長男のトーマスって言います。気軽に【トム】って呼んでね」
「うん、よろしくね。ぼくはマサシって言います」
もう1匹いた大人のねずみさんは、深緑色のセーターを着た、丸眼鏡がお似合いの、ねずみのおじいさんだ。
温かな微笑みを浮かべ、挨拶してくれた。
「初めまして、マサシくん。わしは【ダン】と申しますじゃ。どうぞよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
広間のテーブルでお茶を飲みながら、チップくん、おじいさんと一緒に話していると、またも玄関の扉が開いた。
今度は、ぼくより少し背の低い大人のねずみさん1匹と、背の小さい1匹の子ねずみの姿。
扉越しに見える空は、オレンジ色に染まっていた。
「ただいま……あら?」
大人のねずみさんは、ぼくを見るなり首を傾げる。頭巾をかぶり、おじいさんと同じく丸眼鏡をかけている。声の質から察するに、女性だろうか。
隣にいる子ねずみは、チップくんの半分ほどの背丈だ。こっちを見ながらきょとんとした顔をしている。
例によって、チップくんが紹介する。
「あっ、お帰り。紹介するね。おばあちゃんと、弟の【ミライ】だよ」
丸眼鏡と和服姿が似合うねずみのおばあさんは、微笑みを湛えながらぼくの方へ歩み寄った。
「あらあら、はじめまして。チップの新しいお友達かい? よろしく。あたしの名は、【サンディ】だよ。ほら、ミライも、挨拶しましょ?」
「んっ、と、ぼくミライだよ」
黄色のサスペンダーにオレンジ色のズボンがお似合いの、ちびっ子ねずみの男の子ミライくん。
にんまり笑って、ぼくを見上げた。
「どうもはじめまして。マサシです。よろしくね」
「はい、よろしくねぇ」
「んっと、よろしくー!」
ねずみさんたちと話をすることにも、慣れてきた。
チップくんの家族は、みんな話しやすくフレンドリーだ。言葉を交わしているだけで、心が綿毛のように軽くなる。
「これで、家族みんな紹介したよね!」
「素敵な、9匹家族だね」
幼い頃に読んでもらった、表紙に1匹のねずみの子供の絵が描かれている、あの絵本――。
朝ごはん作り、芋掘り、お月見、海水浴、雪遊び、遠足……。少しずつ、思い出してきた。
自然の中で力を合わせながら、一生懸命生活する9匹のねずみの家族――今、目の前にいるねずみの家族の姿が、確かに描かれていた。
今、その絵本の中に、ぼくはいるのだ。