第7話
「チップ、ナッちゃん、モモお姉ちゃん、そしてマサシお兄ちゃん! また遊ぼうねー!」
「うん! また明日ねー!」
眩しい笑顔で手を振ってくれる、ねずみの子供たち。
ぼくも、手を振り返す。自然と頬が緩む。決して作り笑いや愛想笑いではなく、心から笑っていた事に気が付いた。
歩いていると、いくつもの木々が立っている中、ひときわ大きなコナラの木が姿を現した。よく見ると、根元に2つの扉と、幹に1つの小さな窓がある。
「あの大きな木が、私たちのお家よ」
そびえ立つ、巨大なコナラの木。ねずみサイズになったぼくから見れば、100メートルをゆうに超えるような高さに見える。
そんな巨木の幹の中をくり抜いて、ねずみさんたちが生活をしているようだ。
木の根元にある扉の前にたどり着いた。
チップくんは、玄関の扉をトントンとノックする。
「おかあさーん、たぁだいまー!」
「ふふ、おかえりなさい」
柔らかな女性の声と共に、玄関の扉が開く。
ほんのり、シチューのような匂いが鼻をくすぐった。
迎えに出てきたのは、桜色のエプロンの似合う、優しそうなねずみのおかあさんだ。
「……ん? どうしたの? マサシ兄ちゃん。早く入りなよ」
チップくんが呼びかけるが、ぼくはジッとねずみたちの家を眺めていた。
確か、玄関の真上に小さな窓があって、真反対には裏口があって――。記憶の中に埋もれた、ねずみさんの絵本。描かれていたねずみさんたちの家を、思い出していた。
やはり、目の前にあるチップくんたちの家は、絵本に描かれていたそれと、全く同じものだ。
「……やっぱり……そうだ。間違いない……」
「んん? 何の話?」
「あ、何でもない。ごめんごめん……」
やはりぼくは、本当に絵本の世界へと来てしまったようだ――。
「あらあら。チップの新しいお友達?」
ねずみのおかあさんはぼくに目を向けてから、チップくんに尋ねる。
「うん! マサシ兄ちゃんっていうんだ! さっき一緒に遊んでたの」
「まあ、はじめまして、マサシくん。うちの子たちと遊んでくれて、ありがとうね。よかったら、うちでゆっくりしてってね。お茶出すわ」
ねずみのおかあさんはぼくに目を合わせ、ニッコリと目を細めた。まるで生まれ故郷に帰ってきたかのような、ホッとした気持ちになる。
「さあ、あがってあがって! たっくさんお話ししよー!」
「あ、うん! お邪魔しまーす……」
扉をくぐると、すぐに広間が目に入った。真ん中には長方形のテーブルと、それを囲むように4つの長椅子がある。土足のままでいいみたいだ。
円形の広間の端には、各部屋に繋がる扉が4つ。
そして、2階へと続く梯子。
見上げると、天井は吹き抜けになっていて、木材で敷き詰められた2階と3階の床が、それぞれ空間の半分ほどせり出す形になっている。2階と3階に仕切りはなく、転落防止用の柵が作られていた。それぞれ、梯子で繋がっている。
木と土の匂い、そしてシチューのような美味しそうな匂いが、ほんのりとぼくを包み込む。
家の中を見渡していると、ねずみのおかあさんがお茶を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。ゆっくりしてね。私は母の【マリナ】といいます。よろしくね」
「ありがとうございます、マリナさん。ぼくはマサシといいます、よろしくお願いします」
挨拶をしてから、お茶を一口飲む。何のお茶かは分からないけど、ホッとするような味だ。体の中がぽかぽかと温まる。
絵本の世界に迷い込むという不思議な体験を味わっているにもかかわらず、ぼくの心は安心しきっていた。
この世界に来る前、頭の中にいっぱいあった不安や悩みは、綺麗に消し飛んでしまっている。
お茶を飲み終わる頃、チップくんがバタバタと足音を立てながら駆け寄ってきた。
「さあ、家の中、案内するよ。ついてきて」
「うん!」