第8話
「おいしそーう! いただきまーす!」
「いただきまあーす」
河川沿いにあるカフェのテラスで、ぼくは美味しいいちごケーキとフレッシュジュースを味わいながら、景色を眺めた。
河川の向こうにある広い公園に、ねずみさんたちがたくさん集まっていくのが見える。キャンプファイヤーらしきものをみんなで準備しているようだ。その近くに、出店が次々と出来上がっていく。
「トム、あれはなにしてるの?」
「あれは、1日のみんなの働きを労うお祭りなんだ。毎日、夕方にやってるんだよ。みんな今日も1日ありがとう、おつかれさま、という意味合いで、地域ごとにやってるんだ」
「へえー……」
軽やかなリズムの音楽が聴こえてきた。ねずみさんたちが演奏しているようだ。楽器は、ギターのようなもの、ピアノのようなもの、トランペットのようなものなど、ぼくらの世界で見かけるものととても似ている。
それにしても、演奏がとっても上手だ。ぼくもバンド活動をしてきたから、ねずみさんたちの演奏のレベルの高さがよくわかる。
「ねえ、あそこまで行って、近くで聴かない?」
ぼくはトムとナナに提案した。
トムは「ふふ、じゃあ行こうか」と言って、ドーナツを2つ、ペロリと平らげた。ナッちゃんは笑いながら、トムの口を拭ってあげている。
カフェの店員さんにエイコン3枚を渡して店を出た後、橋を渡って、公園の近くを目指す。
だんだん、演奏の音が大きくなってくる。聴いていると、身体が自然に動き出してしまう。
「ねえねえ、彼らも音楽のプロなの?」
「プロって? あのねずみさんたちは、音楽が大好きなねずみさんたちなんだよ」
「すごく上手じゃん。あんなふうになるには、何年もかけて練習して上手くなるんだよね?」
「そおかな? あ、ほらマサシ兄ちゃん、楽団のねずみさんが呼んでるみたい」
「え!?」
トムが指差したので目を向けると、楽団のねずみさんがトランペットのような楽器を持って、近づいてきていた。
「やあ! 君も一緒にこれ吹く?」
知らないねずみさんに話しかけられ慣れていないぼくは、少し警戒してしまう。だけど、ねずみさんたちの朗らかな表情を見ると、変に気遣う必要もないんだなと思えた。
とりあえず、トランペットのような楽器を受け取ってみた。
「え、えーと……。どうやって吹くんですか?」
バンドではドラムを担当しているから、打楽器なら多少はできるんだけど、管楽器を演奏するのは初めてだ。
「ふふふー。思いのままに遊びながら色々やればいいよ」
「あ、はい……」
思いのままに、遊びながら……?
よくわからなかったが、言われるままに色々とやってみた。始めは、音が出なかった。だけど、色々試しているうちに――。
プー! プァーー!
ハリのある、ラッパの音を出すことができた。
「おお、いい音だね!」
楽団のねずみさんたちは、拍手をしてくれた。
5分ほど、思うままに、遊ぶように色々と吹き方を変えてみたりしていたら、音を変える仕組みなどがすぐにわかった。
とても面白くなって、夢中で色々と吹いてみる。
「おお、上手だね! いい音だよー!」
だんだんと、思いのまま吹けるようになってきた。“ドレミファソラシド”が吹けるようになった。
これ、ねずみさんたちの演奏にもう混ざれるんじゃないか……?
みんなで演奏する楽しさは、バンド活動で経験済みだ。それを、絵本の世界に住むねずみさんたちと一緒にできるなんて。こんな体験をするのは、きっと世界中で、ぼくしかいないだろう。
楽団のねずみさんは、トムとナッちゃんにも声をかけてきた。
「さあ、一緒に君たちも!」
「わあ、笛だ!」
「あ、これかわいい楽器! やったあー!」
楽団のねずみさんは、トムに横笛のような楽器を、ナッちゃんにカスタネットのような楽器を渡してから、ぼくらを公園の広場にあるひな壇へ案内する。
一緒に歩きながら、トムは横笛を試し吹きした。
「うん! きれいな音してる。早く楽団のみんなのところへ行こうよ!」
「叩いたらパカッパカッて鳴るー! おもしろーい!」
楽団がスタンバイしているひな壇に到着。ぼくらは、それぞれの立ち位置へ案内された。
ぼくの両隣には、ぼくと同じ楽器を持つベテランの演奏家のねずみさん。目線の先には、たくさんの観客のねずみさんたちがいた。思わず身構えてしまう。
「さあ! 行くよ! 一緒に、喜びの歌を奏でよう!」
指揮棒を振り上げる、楽団のリーダーのねずみさん。ぼくは戸惑いながら、とりあえず楽器を構えた。
ところが、楽譜が無い。他のねずみさんも、楽譜をセッティングする様子はない。……どうすればいいのだ。
「あの、楽譜、無いんですか?」
隣のねずみさんに、思い切って話しかけてみたが。
「あはは、雰囲気に合わせて吹いたらいいと思うよ!」
「ええ……、そんな……!?」
あたふたしている間に、曲が始まってしまった。こうなったら、思いのまま、やるしかない。
リズムに身体を委ね、周りの音を聴きながら、思い切ってトランペットのような楽器を吹いてみた。
間違えたっていい。肩の力を抜いて、楽しむんだ。
コンサートが始まった――。