第4話
卵形の列車は、音も揺れもほとんど無い。オルゴールの音だけが、車内に響いている。
「あれ? 車掌さん、運転席から離れて何してるの?」
トムに尋ねると……。
「運転席? この列車は全部自動だよ?」
意外な答えが返ってきた。
「ええ!?」
「列車も自動車も全部、中央管制センターっていうところで遠隔操作してるんだ。でも、ほとんど自動だね」
「何という……」
つまり、乗り物は全て自動操縦だということだ。ねずみさんたちの世界は、ぼくらの住む世界よりもずっと、文明が進んだ世界なのかもしれない。
ねずみの車掌さんは車掌室から出ると、オルゴールに合わせて鼻歌を歌いながら、車内の壁に絵を描き始めた。
壁全体に、何やら可愛らしい絵が仕上がって行く。
「猫、かな……?」
「だね。今日は2匹の猫さんの絵だ」
「かわいいー!」
ぼくらと同じように服を着て2足歩行の猫が2匹、描かれていく。どうやら白黒模様のぶち猫の兄弟のようだ。2匹で仲良く、冒険の旅をしている場面だ。
あっという間に絵は完成し、車掌さんは右下に絵の表題のようなものを書き足した。
「ふむふむ、“The Next story is GOMA&LUNA's Adventure”……?」
「猫ちゃんたちが冒険の旅に出るんだね! ……あ、見て、マサシ兄ちゃん!」
「あ……すごーい!」
ナッちゃんに言われてよく見ると、何と、描かれた絵が動き出したではないか。2匹の猫の兄弟は、野原を行き洞窟に入り、冒険していく――。
猫の兄弟の前に、2匹の角の生えた怪物が立ち塞がった。すると兄の猫は剣を手に取り、怪物と戦い……見事、怪物を打ち倒した。洞窟の奥にたどり着いた2匹は、宝物を発見する。
「猫さんたち、無事に宝物を手に入れたね!」
「えへへ、やったね!」
動く絵に夢中になっている間に、列車は草叢を抜けていた。
外を見ると、大きな大きな都会が見える。
どこまでも続く遠く青い空に、銀色に光るビルの群れがそびえ立っている。
すぐ近くに目をやると、あちこちに、独創的としか言いようがない様々な形のオブジェの数々が立ち並ぶ。地面や壁にも、たくさんの個性的な絵が大きく描かれていた。
自然がいっぱいの、広々とした公園もある。
「間もなく、“Chutopia2120”に着きまーす」
車掌のアナウンスとともに、列車は速度を落としていく。
とってもワクワクしてきた。ねずみたちの大都会、早くあちこち探検してみたい。
列車はほとんど揺れることなく駅のホームに入り、停車した。
「さあ、着いたね。行こう、マサシ兄ちゃん!」
「す、すごい! 駅の中に温泉や宿泊施設、レストラン、フィットネスクラブみたいなのまである!」
駅を出た場所には大きなターミナルがあり、タクシーやバスがいくつか停まっている。タクシーは全て、地磁気の力で宙に浮いて走っている。バスには車輪がついていたが、タクシーと同じく全自動のようだ。
「トム、ここのねずみさんたちって、自家用車は持たないの?」
「今はみんなタクシーやバスで移動するよ。ひと昔前、乗り物を自分で操作してた時代はね、よく交通事故が起きてたんだ。だけど今は全自動操縦システムが出来上がったから、そういう事はなくなったの」
「へえー……」
やっぱり、ここは夢なんじゃないだろうか。また頬を軽くつねってみた――痛い。
「さあ、あのタクシーに乗ろう!」
「のろー! のろー!」
スイーッと音もなく、白くて円盤のような形をしたタクシーが滑るように走って来て、ぼくらの前で停まった。
近くで見ると、本当に車体が地面から数センチほど浮かんでいる。浮かんだまま停車したタクシーの透明のハッチが、フタのように開いた。
「はーい、お客さん3名様、あと荷台ですね。どうぞ!」
見た目は子供の、おそらくトムと同い年くらいの乗務員のねずみさんに案内され、ぼくらはタクシーに乗り込んだ。
全員がシートに座ると、再びハッチが閉まる。ふかふかのシートで乗り心地がいい。エンジン音が全くしない。だから、都会なのにこんなに静かなのか。
「たくさんの野菜ですね。今日はどちらまで?」
「Chutopia2120中央市場までお願い」
「OK! 行きますよー!」
乗務員のねずみさんは行き先をマイクに向かって言うと、タクシーはスイーッと自動的に動き出した。