第3話
「うーん……」
瞼の裏に、眩しさを感じる。まるで太陽の光を、じかに受けているかのような。
鼻をくすぐる、草の匂い。
明らかに、自分の部屋じゃない。
ぼくは目を開けた。
広がっていたのは、見たこともない景色。
透き通るようにどこまでも青く澄んだ空の下に、緑一面の草原がただただ広がるばかり。
一体どこなんだろう、ここは。
ぼくは原っぱのど真ん中で、大の字になって寝転がっていたようだ。部屋着のままで。
「え、ええー……?」
思わず声が出る。
一体、何が起きたんだ。何でこんな所にいるんだ。
歌うような小鳥のさえずりが聞こえる。かすかなそよ風が、心地いい涼しさを感じさせる。
人の気配は、全く無い。
ふと、大きな違和感に気が付いた。
それは、周りの草木のサイズがばかにでっかいということだ。
自分の背丈よりもはるかに大きなパンジーの花が、微笑むように見下ろしている。
何なんだ……? 一体ぼくに、何が起こったというんだ……?
訳が分からなくなって、ただ、ぼーっと景色を眺めるしかできないでいた。
その時――。
「ねえねえ、なにしてるの?」
誰かの声。
思わず振り向く。
「え……? わっ……!」
そこにいたのは何と、1匹のねずみ。
だけどその姿は、小学校5年生くらいの背丈で、人間と同じような服を着た、元気そうな男の子といった感じだ。
水色のしま模様の半袖Tシャツと、紺色の半ズボンを着こなし、群青色のキャップをかぶっている。
「ん? どうしたの? 顔になんかついてる?」
ねずみの男の子は、不思議そうに首をかしげる。
「え……いやあの、えっとこれはどういう……?」
言葉が出てこない。頭が追いつかない。
そんなぼくに構わずねずみの男の子は、笑顔を見せながら言う。
「ねえねえ、僕らのヒミツキチにおいでよ。一緒にあそぼ!」
「え、えー!?」
何が何だかわからないままだったが、ぼくはとりあえず、ねずみの子供について行くことにした。
草が生い茂る、森の小道に入った。
ふわり、とキンモクセイの匂いがぼくを包む。季節は、秋真っ盛りのようだ。どうりで、涼しいはずだ。
周りを見てみると、やっぱり草木や石ころが、とてつもなく大きくなっている。ぼくの背丈よりもずっと高いリンドウの花が、風に揺れていた。
もしかすると。
周りの物が大きくなったんじゃなく、ぼく自身が、ねずみ並に小さくなってしまったんじゃないだろうか――。
いや、きっとそうだ。
「今日からお友達ね! 僕、【チップ】っていうんだ。よろしくね」
「あ……ああ、よろしく……」
「わあーい!」
元気な子ねずみのチップくん。ほんと、無邪気な子だなあ。ぼくはこれから一体どこへ、連れてかれるんだろう……。
なでるようなそよ風に吹かれながら、森の小道を2人で――いや、1匹と1人とで駆け抜ける。
森を抜けると、小高い丘の開けた場所に出た。緑一面の絨毯のような草原が、よく見える。
「着いたよ!」
子ねずみチップくんに案内された場所は、苔むした巨大な岩の壁に空いた、洞穴の入り口だった。
ぼくの背丈でもすっぽり入れるほどの大きな洞穴だ。中から、子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。
チップくんは洞穴の中に向かって、誰かを呼びかける。
「ナッちゃーん! 新しいおともだちだよー!」
すると洞穴の中から、チップくんと同じようなねずみの子供の影が見えてきた。