3−27 神道無限流(しんどうむげんりゅう)
フラウリーデ王女は、時間を見つけては相変わらず鍛錬場通いを続けながら、エーリッヒ将軍に教えを乞うていたが、彼女は居合抜刀術の真髄を確実に習得できつつあった。
ある日、将軍はフラウ王女に一度ラングスタイン大佐と模擬戦をしたらどうかと提案してきた。
エーリッヒ将軍とクロード近衛騎士隊長が模擬戦を行った時、それが終わったらフラウ王女は大佐と模擬試合を行う予定だったが、その後ずっと先延ばしになってきたことをフラウ王女は思い出した。そしてラングスタイン大佐との模擬戦の段取りをとってくれるようにエーリッヒ将軍に依頼した。その申し入れは快く受け入れられ、その日程は翌日に決まった。
フラウ王女としては、ラングスタイン大佐の『 神道無限流 』を婚約者のクロード近衛騎士隊長に継いでもらうつもりだったのだが、やはりその前に一度は自分自身で彼と直接立ち会ってみたいとも思っていた。
翌朝、多くの騎士達が見守る中、フラウリーデ王女とラングスタイン大佐の模擬試合は始まった。
やはり大佐からも将軍と同じように殺気は一切感じられず、彼が『 陰の剣 』を極めているのは確かだった。そこで、フラウは意図して大佐に向けて持ちうる限りの強力な殺気を放ってみた。
その途端に、ほんの一瞬であったが大佐の目が少し大きくなったのをフラウは見逃さなかったが、それでもほんの一瞬だけで、彼自身の殺気はまだ殺したままである。
双方殺気を殺したままだと斬り込みの間合いがつかみにくい。そうなると年の若い自分の方が先に焦れてくるはずである。
そう思い至ったフラウ王女は、自分の持ち得る最高の殺気を大佐にぶっつけてみた。すると、その殺気の強さに弾かれたように大佐は抜刀した。
彼の抜刀術もエーリッヒ将軍の居合抜刀術のそれと良く似ていた。それでもそれを誘い出したのはフラウ王女である。そのためフラウはラングスタイン大佐の剣筋を十分に見切ることができていた。
それでも大佐との本当の戦いは、フラウが初手を躱したところから始まったのだ。大佐の神道無限流は初手の抜刀術が決め手ではない。むしろ相手を怯ませるための第一手である。
大佐は再び納刀するでも無く、刀を後ろ手にすることも無く今度は青眼に構え直した。恐らく、これから彼の真髄とする『 神道無限流 』が繰り広げられるだろうとフラウは予測した。
フラウはラングスタイン大佐の目をじっと睨め付けながら、模擬刀をゆっくりと上段に構え直した。フラウ王女もこの頃には王国ではほとんど用いられていなかった『 摺り足 』の技法を習得していた。
フラウ王女が地面を感じながら摺り足で半歩ほど前に進んだ。大佐はフラウ王女の動きに合わせ半歩ジリっと下がった。これで二人の間合いは元に戻ってしまった。
今度はラングスタイン大佐が半歩分程左にジリッと動きながら剣を上段に構え直した。
” 次は絶対に仕掛けてくる ”
そう確信したフラウ王女は模擬刀をゆっくりと下におろしながら大佐を誘い込む仕草をすると、同時にすかさず逆に切り上げた。刀と刀が真っ向からぶっつかり合う音が鍛錬場に響いた。模擬刀が触れ合った瞬間に二人とも2〜3歩程同時に飛び下がった。
フラウ王女はこの試合がこれ以上長引くとその分、体力的に不利になることを十分で察知していたが、それを気取られないようにその感情を抑え込んでいた。すると大佐はフラウ王女の考えを読んだかのように、今度は小股で素早く3歩フラウ王女に迫ってきた。
あと半歩でフラウ王女の身体を完全に捉えることができるとラングスタインが思ったその瞬間、目の前のフラウ王女は上段から模擬刀を大きく振りさげ、その反動を利用して大佐の目の前からふっと消えてしまった。
フラウ王女が宙高く飛び上がり、そして自分の頭上を越えたのを大佐が気付いたときにはフラウ王女の模擬刀が大佐の首の近くで止まっていた。
「勝負あった!」
エーリッヒ将軍の声が、鍛錬場に響いた。
エーリッヒ将軍は、内心舌を巻いていた。彼がフラウ王女に抜刀術を教え始めて未だひと月余り。フラウ王女が自分を遥かに超えるであろう力を持った天性の剣士であることを将軍は確信した。そしてもう教えることが少なくなってきた喜びと一抹の寂しさを感じた。
この時、フラウ王女は陰の剣を得意とするハザン帝国の剣法から相手の感情を引き出すための怒気の使い方を完全に習得していた。王女が発する怒気は相手の感情を引き出すためにだけ発せられており、自らの感情はあくまでも陰(冷静)のままである。
その後、クロード近衛騎士隊長とラングスタイン大佐はほぼ毎日のように『 気 』と『 技 』の鍛錬に打ち込んでいる。二人とも双方共に得るものが多いためか、目が輝いている。もう数週間もすれば、両方ともそれぞれの剣技の大方を習得できそうに思われた。
フラウ王女は
” クロード!鍛錬場通いがとても楽しそうだな ”
とクロード近衛騎士隊長の肩を軽く叩いた。
「今晩は、エーリッヒ将軍とラングスタイン大佐も呼んで一緒に食事しないか?たまには良いだろう。それから彼らの家族を呼び寄せる件についても具体的に話がしたいしな 」
「そうですね、私たちの師匠ですからね!鍛錬場でもあの二人は騎士達皆んなから人気が高く、我先にと教えを乞うている状況です 」
鍛錬場を出た二人は、今この時の時間がとても貴重だとばかりにゆっくりと並んで城内に入って行った。彼ら二人の背中に夕方の日差しが当たって、フラウの髪を真っ赤に染め、ルビー色の光りを溢れ落ちさせた。
夜の食事はいつものような家族的な雰囲気ではなく、客人を迎えての晩餐であったためか、妹のジェシカ王女はいつもよりは緊張している。
敵国ハザン帝国の捕虜二人とトライトロン王国の王族が一緒に食事していること自体に、ジェシカは違和感を感じない訳にはいかなかった。
フラウ王女やクロード近衛騎士隊長の日頃の言動から単なる捕虜ではないとは感じていたものの、家族との食事の中に招き入れるのはやはり理解できなかった。ジェシカ王女のその疑問に答えるように、フラウ王女はハザン帝国の二人を正式に紹介した。
女王も摂政も彼等が既に王国の近衛騎士になっていることは知ってはいたが、フラウ達が彼らを夕食に招待したことについては、多少驚いていた。
この二人の家族を助けることで、これからのトライトロン王国やジェシカ王女の運命に大きな影響を及ぼすことを知ることができるのは、フラウ王女にしてもジェシカ王女にしてももう少し後のことになる。
特に座学が得意であるが学問の友を持たないジェシカ王女にとって、自分をさらに高みに導く存在が現れてくるなど夢にも考えていなかった。




