3−26 フラウ王女の覚醒(かくせい)
フラウ王女がエーリッヒ将軍から『 居合抜刀術 』の指南を受け始めてから、一時間くらいが経過した。
将軍は、フラウ王女が既に居合抜刀術の真髄をつかみみ始めたのを実感していた。やはり、トライトロン王国における『 龍神の騎士姫 』という二つ名が決して眉唾物ではなかったことを確信した。
「今日の鍛錬はこれまでにしましょう。この後少し時間取れますかフラウ王女様?」
剣術指南役のエーリッヒ将軍に王女様と呼ばれたフラウ王女は、指南を受けている間は弟子に外ならずフラウと呼ぶように頼んだが、将軍は他の騎士達の手前もあり、フラウ殿と呼ぶことにした。
その後、フラウ王女は将軍による抜刀術に関する座学を1時間ほど受け、城内に戻った。そして自分の部屋に戻り、邪馬台国の卑弥呼を強く思念した。
「どうした?義妹よ!」
「鍛錬場で、お義姉様の声が聞こえたような気がして、言われるままにしていたら、殺気というか怒気の気配を完全に消すことができましたが、どうして私がエーリッヒ将軍と試合をしていると分かられたのでしょうか?」
「はっきり言おう。お主の殺気があまりにも膨らんで、わしの脳内まで響いてきたのじゃ。それで、ちょっとフラウが何をしているかと覗いてみた訳じゃ。それにしてもあの御仁はやはり只者ではなかったのう 」
・・・・・・・!
エーリッヒ将軍は、王国一の剣の使い手であるのに加えハザン帝国でも珍しい居合抜刀術までもフラウ王女が極めることになれば、彼女は天下無双の剣士になると確信していた。
一方のフラウ王女は将軍の指南を受けるたびに、居合抜刀術の奥の深さを知らされ、自分が正しく修練できているのか不安を感じていた。
フラウ王女は、エーリッヒ将軍と模擬戦を重ねているうちに居合抜刀術に益々魅了され、精神面も含めその奥深さに驚嘆していた。居合抜刀術の真髄は剣技だけでは成り立たない。むしろ精神修養と呼ぶ方がふさわしかった。
そしていつか自分も将軍と同じように感情を表に出すことなく試合ができればと考えていた。しかし王女の性格故か、将軍やラングスタイン大佐のように感情を完全に抑え込むには、未だもう少し時間がかかりそうだと考えていた。
「この世界が『 陰 』と『 陽 』でできているのはフラウも知っているじゃろう。フラウの王国で用いられている剣技はいわゆる『 陽 』じゃ。一方でハザン帝国で使用されている剣技は、『 陰 』に当たると考えられる 」
フラウリーデ王女は、エーリッヒ将軍殿からもそのような師事を受けていた。
卑弥呼は、もしフラウ王女が『 陰と陽 』両方の剣技を習得し、その折々でその陰陽を使い分けすることができるようになれば、世界に名を残す剣豪となるだろうと考えていた。
フラウ王女は卑弥呼のいう陰陽の剣技を完全に習得できるかどうかは未だまだ自分自身でも確信が持てていなかった。ただ将軍との模擬試合において、怖いと感じるよりも楽しいと感じる方が多くなってきたのは確かであった。
最近ではエーリッヒ将軍から師事を受け、それを継承することは、これからのトライトロン王国に変革をもたらすことができるのではないかとまで思えるようになってきていた。
「光のあるところには影が生まれる、また影のある所、必ず光がある。陰と陽がそろって初めてこの世界が成り立っておる。この世の中は陽と陰の片方だけでは決して成り立たないのじゃ 」
事実エーリッヒ将軍も、居合抜刀術とトライトロン王国の剣法に優劣があるとは思っていなかった。
エーリッヒ将軍は、フラウ王女がトライトロン王国の剣法とハザン帝国の剣法の両立を実現してくれれば、あるいは天下無双の新しい剣技が生まれてくるかもしれないと期待していた。その意味では将軍自身とラングスタイン大佐はすでに歳を取り過ぎており、もし今後それを可能にする者がもしいるとすれば、フラウ王女以外はあり得ないだろうとも考えていた。
「歴史はフラウの世界の中に居合抜刀術と王国剣法が融合された新しい剣の道を残す目的でお主を選んだのかもしれないのう 」
卑弥呼の思念を聞いている内に、フラウ王女はエーリッヒ将軍やラングスタイン大佐の気持ちが少しづつ分かってきたような気がしていた。
将軍や大佐は、自分に新しい生き場所を与えてもらったと語ってくれた。
もし、敗残の身で何とか本国まで帰り着いたとしても、恐らく直ちに二人とも処刑されてしまったであろう。その場合、将軍の居合抜刀術も大佐の神道無限流もハザン帝国の歴史の中から、いやこの世界から完全に消滅してしまう運命だった可能性が高い。
たまたま合戦の最中にトライトロン王国の2大剣豪のフラウ王女とクロード近衛騎士隊長と対峙できたことで、彼らの奥義を残せる可能性が出てきたのだ。ハザン帝国の2大剣豪にとっては何事にも変え難い二人との出会いであったのかもしれない。
「お義姉様!話は変わりますが、お義姉様!私が戦場で将軍と対峙した時、私が負けることを少しも考えていなかったように思いますが、あの時既に勝負の行方をご存じだったのじゃありませんか?」
「ムムム!」
「そうなると、将軍が私を殺めるつもりが無かったことも見通されていたのですよね!」
フラウ王女に真実をつかれ、卑弥呼はしばらくの間があって、いよいよの場合は自分が介入しようと思ってはいたと白状した。だが実際にはフラウが自分自信で切り開き、卑弥呼の出番はなかった。確かにあの時、将軍の放つ『 気 』は卑弥呼にはある程度は理解できていた。だが、実際には卑弥呼が介入するまでもなく、フラウ王女自身が対処法を考えてしまった。そのため卑弥呼があえて介入する必要は生じなかった。
「あまり考え過ぎな!フラウらしくないぞ 」
フラウ王女はエーリッヒ将軍と対峙したことで、自分の全く知らなかった別の剣の道があることを知り、世界には彼女の知り得ていないものが他にも沢山ありそうな気がしてならなかった。
それでも卑弥呼の話を含めて考えると、もし、これらの陰と陽の剣の道その両方を極めることができれば、他の多くの剣の使い手にも対峙できるのではないかと思えてきた。勿論、この広い世界の中にはフラウ王女が想像もつかないような剣の使い方が幾らでも存在しているのかも知れないのだが、、、
フラウ王女が剣の道を極めようと考えていることとは別に、彼女の住む世界ではもう既に剣が世界を支配する時代が終わりかけていることも確かな事実であった。だが、この時点では誰もそのことに気が付いてはいなかった。
そして、その剣の時代に終わりをもたらす存在が他ならぬ自分自らであることについてまでは、フラウ自身でさえも想像できていなかった。




