3−25 居合抜刀術(いあいばっとうじゅつ)
エーリッヒ将軍は、恐らくこの世界で正当な技を習得した最後の抜刀術師であった。将軍自身もそう思っているようだ。少なくともフラウ王女と出会うまでは。
あの戦闘の時、フラウ王女と対峙し、初手を躱された瞬間、将軍の心の中に何かが呼びかけてきた。
” この王女を殺してはならなないと、、、! ”
あの時、将軍が初手に続いてすかさず次手を繰り出していたら、恐らくフラウ王女はそれなりの痛手を受け、戦える状態ではなくなっていた可能性が高い。
フラウ王女は、あの戦闘では自分が勝ったと思っていた。しかし将軍とクロードの先の立ち会いや、今回の暗殺部隊への将軍の太刀捌きを見ていて、今の自分では将軍には絶対に勝てないという確信に変わるまでになっていた。
それでもあの戦場で将軍がフラウ王女に対する情け心でそうした訳でもなく、もっと長く自分と戦っていたいという将軍の心の内がそうさせた可能性も理解できるようになっていた。
そういうこともあって、将軍から師事を受けることに抵抗を感じるわけではなく、むしろ必然であるように思えた。
一方、ラングスタイン大佐もハザン帝国内で自分の剣の後継者を探していた。しかし見つけることができないままに今回の戦争に駆り出されてしまっていた。ハザン帝国での剣技に関する価値観が段々低くなっていく中、特に格式の高い『 神道無限流 』などは誰にも相手にされなかった。
10年も20年もかけてやっと習得できるかどうかの技など、世の中の動きが急ぎ足になってきている中ではむしろ邪魔者扱いされていると感じることも多かった。。
大佐もクロードの剣に対する真摯な態度をしっかりと受け止めており、可能であれば、クロード近衛騎士隊長が自分の流派を受け継いでくれたらと願っていた。
しかし、現実的に考えると剣の種類も剣技そのものが全く異なるため、技を極めることに相当な苦難を予測していた。また、彼程の剣の使い手が異国の剣法を本気で修練してくれるかどうかについても未だ判断し切れないでいた。
翌朝フラウ王女は朝食を済ますと、そそくさと鍛錬場へと向かった。鍛錬場では既に多くの騎士達が稽古に励んでおり、もう冷気を感じる季節とは別世界のように熱気でむせ返っていた。その中には数人の女性騎士もいた。
その中に将軍を見つけ出すと、早速フラウ王女は正式に師事を願い出た。
エーリッヒ将軍はフラウ王女のこの国での剣法の習熟度については十分把握していたので、居合刀に比較的似た模擬刀を二本選んできて、その一本をフラウに渡した。
まず、抜刀術とフラウの習得している剣法の最も異なる点を教え始めた。
抜刀術は自分の『 気 』をいかに相手に悟られないようにすることができるかにかかっているが、フラウ王女の剣技は、むしろ気迫でまず相手を圧倒するところから始まっている。
その為、フラウが居合抜刀術を習得するためには、自分の最も得意とする気迫(気)を消すところから始めなければならなかった。
フラウ王女は生まれつき、感情が表に出やすい性格であり、卑弥呼から『 感情がダダ漏れじゃ 』と指摘されたことも少なくない。
自分の心を無にする。そうすることで相手の感情の動きが読み易くなる。確かに理屈では彼女にも理解できているが、現実に相手と対峙すると、いやがおうでも感情が昂ってくる。
その途端に、
” 感情を抑えるのじゃ! ”
フラウ王女の脳内に卑弥呼の声が聞こえてきた。
「対峙している相手を抜刀術の師範だと考えるお前のその感情をまず消せ! 彼は案山子だと思え。そして自分自身もその案山子になり切れ。感情を持たない案山子のその眼を通して相手を見るのじゃ 」
フラウの身体から殺気が次第に薄くなりやがてプツンと消えてしまった。フラウ王女からの殺気が突然消滅してしまったことにエーリッヒ将軍が慌てたのか、一瞬ではあったが自分の感情を少し表に出してしまった。
その瞬間をフラウは未逃すことなく、一気に抜刀した。フラウの初手は、将軍の模擬刀によって跳ねられたものの、将軍から驚愕の感情が確実に伝わってきた。
一瞬、将軍は何かの間違いではないかと思ったようである。
正直フラウ王女がこんなにも早く気配を消し去り『 無の境地 』に到達できるとは予想すらしていなかったし、過去にエーリッヒ将軍自身が色々な騎士達を指導してきた経験から、立ち会い早々に抜刀術の真髄をつかみ取ってしまうとは全く想像のつかないことであった。
どんなに優れた剣の使い手であっても気配を消すだけで少なくとも数ヶ月以上、人によっては数年かかるものだ。
その後、数回の立ち会いを重ね、先ほどのフラウ王女の初手がまぐれではないことを将軍は更に確信していた。そして、自分が母国を捨ててまでこの王国に残ったことの意味を感じ取り喜びを実感していた。




