3−24 それぞれの春(2)
実際には、邪馬台国から帰ってきたばかりのフラウ王女は、邪馬台国の九郎兵衛とクロードの区別さえ不確かだったものだ。しかし、フラウ王女が貫頭衣から寝まぎに着替える際に、クロードが自分の裸を見たかもしれないと思ったその瞬間に、恐らくフラウ王女は男と女の関係を明確に意識したのだろう。
「でも良かった。ジェシカが気に入った人と出会うことができて。プリエモ王国のご両親もジェシカのことをすごく気に入ってくれて、ホッテンボローのことをくれぐれも宜しくと言っておられた!、、、」
フラウリーデは一瞬言うかどうしようかと迷ったが、自分の偽りのない気持ちを妹のジェシカに聞いてもらいたかった。
元々フラウ王女が意図したことではなかったのだが、もしジェシカ王女がホッテンボロー王子と婚約することになったら、恐らく隣国あたりとの争いはかなり少なくなるだろうと予測された。両国が親密な婚姻関係を結ぶことになると、対外的にはかなり盤石な共同体制を敷くことが可能となるからである。
フラウ王女はジェシカ王女に、とはいえ王国の事情など何も考えずに自分の王子様だけを信じて彼に着いて行けば良いからと肩を叩いた。
フラウ王女はジェシカの部屋を出ると、真っ直ぐ自分の部屋へと戻った。明日からの稽古に思いを馳せながらベッドに入り込んだ。
「フフフ!色んなことが一度に舞い込んで、フラウも疲れているようじゃのう。次はいよいよフラウの結婚だな。ジェシカも良い殿方を見つけることができ、更にめでたいのう 」
「お義姉様!私、エーリッヒ将軍から剣術の指南を受けることを決意しました、、、」
「そうよのう!彼の使う剣法はもう既にフラウの世界から失われようとしている。その剣法の真髄を他の誰かではなくフラウ自身が引き継ぐことはその世界にとって決して悪いことではないとわしも感じておる 」
当初フラウ王女は元敵国の将軍から剣の道を教えてもらうのはどうかと考えないでもなかったが、剣の道を極めるのに敵も味方もないとだんだん思えるようになり、エーリッヒ将軍を師匠と仰ぐ決意をした。
フラウ王女があの戦闘の折、将軍の首を刎ねずに剣を収めたのも、恐らく何かの導きだったのかもしれない。
また戦闘が終わった後、エーリッヒ将軍が兵隊の数に任せて遮二無にフラウ達を殺すような暴挙に出なかったのも何か別の大きな力がそうさせたのかもしれなかった。そう考えると、フラウ王女がエーリッヒ将軍の剣法を引き継ぐのは、天から与えられた巡り合わせなのかもしれないと思えた。
しかしフラウ王女が将軍達の剣法を完全に習得するためには、まずは刀を自分専用の物に作り直すところから始めなければならかった。しかしハザン帝国の『 刀(katana) 』は、現在の王国の鍛冶職人では造れる代物ではなく、かつその技術も存在していなかった。
本物の抜刀術を身につけるためには自分に合った刀が必要になる。そうなるとフラウ王女は刀鍛治職人探しから始めなければならなかった。
フラウ王女はあのハザン帝国の暗殺者が使用していた刀を思い出しながら、あの程度の長さと重さの剣が自分に合うような気がしていた。
ハザン帝国は正式にはあの忍びの暗殺部隊の存在を明かしてはいない。いわゆるハザン帝国の影の部分だ。彼らが使用していたあの剣の長さと重さ程度であれば、自分にも十分扱えるようにフラウ王女は感じていた。
しかしあの暗殺集団が使用していた得物は、刀(katana)であることには違いはなかったが、エーリッヒ将軍の持っている刀とは似ても似つかないものと思えた。
将軍の話では『 忍者刀 』というらしい。忍者刀の作り方は基本は通じようの刀と同じであるが、暗殺を生業とする目的にのみ特化されたもので、本来の刀の持つ特徴が意図的に幾つか消されてしまっていた。
忍者刀その物に罪は無いのであろうが、暗殺者が好んで使用している刀であることを知ってしまったフラウにとって、その刀を使用することに対しては、やはり忌避感を覚えた。
フラウ王女は、刀への魅力もさることながら、何よりもエーリッヒ将軍の会得している『 居合抜刀術 』に惹かれてしまっていた。その居合抜刀術を極めるためには、ハザン帝国で作られたという刀が必要である。
考えてみると、刀それ自身に罪があるわけではない。結局はそれを使用する者の考え方や職業に左右されることに思い至った。たとえ暗殺用として作られた忍者刀であったとしても、、、。
フラウ王女は将軍達の持つ刀のあの磨き抜かれた銀色だけではなく、少し青黒味みを帯びた怪しい光と、刀特有の反りに魅せられていた。さらには何よりも不気味とさえ思えるような刀(katana)特有の波紋から発せられる妖やしい光が心を捉えて離さなかった。
フラウ王女は、トライトロン王国において『 刀(katana) 』を作ることを決意はしたものの、それがトライトロン王国では全くの未経験のもので、刀の発祥国であるハザン帝国においてさえも既に失われた技術になりつつあることを後日知ることになる。




