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3−22 ハザン帝国の剣士

 フラウリーデ王女は、エーリッヒ将軍の見せた圧倒的速さの抜刀術(ばっとうじゅつ)と確実に相手を仕留めるその剣技に魅了され、心の中が激しく()き立っていた。

 もし戦場であの時、エーリッヒ将軍が自分を真の敵として認識し、今日見たような容赦の無さで対峙(たいじ)していたと仮定したら、間違いなく自分は今この場所には存在していなかったであろうと思えた。


 あの時、エーリッヒ将軍はフラウリーデ王女を完全な敵として認識してはいなかったのではとさえ思えた。思い上がりかもしれないが、将軍は自分の中に何かの資質を感じ取っていたのかもしれない。あるいはあまりに真っ直ぐ過ぎるほどの素直な剣を使うフラウ王女に、自分が既に忘れてしまった何かを思い出したのかもしれない。

 そのことが、将軍との戦いを勝利導いた理由ではないかとさえ感じられた。それ位、エーリッヒ将軍が敵とみなした相手に対する剣技は圧倒し、容赦がなかった。

 

 フラウ王女は、ハザン帝国が差し向けた刺客が捕虜二人の暗殺に失敗したことを彼らに知られる前に、二人の家族を王都に呼び寄せる段取りを取る必要を感じていた。


 フラウリーデ王女は彼らの部屋から出て行く間際、エーリッヒ将軍に 『 居合抜刀術(いあいばっとうじゅつ) 』を伝授してくれないだろうかと頼んだ。


 エーリッヒ将軍は、

 ” 教え甲斐(がい)のある弟子になりそうですな ”

とだけ答えたが、その顔は(ほころ)んでいた。


 エーリッヒ将軍は元々ハザン帝国の軍席にあったた頃、将校相手の剣術の指南役を任されていた。しかし、剣術の有能な将校に中々巡り合わないまま、戦果を上げるたびに昇進し、気がついた時には将軍に祭り上げられていた。

 しかし本人はそのことには全く満足できず、チャンスがあれば軍籍を降り、街で道場でも開いて自分の剣の真髄を受け継げる弟子を育て上げ、自分の『 居合抜刀術 』を後世に残したいと考えていた。


 その矢先、今回の理不尽な戦争にかり出されてしまったのだった。また、恐らくこれが最後の帝国への奉公にすることを心に決めながらのトライトロン王国攻めであった。


 しかしその将軍の予測は別の形で当たってしまった。確かに彼の考えた方向とは全く違っていたのだが、それでも今はとても充実した日々を送ることができていた。

 ハザン帝国に残してきた家族を思う気持ちを除いては、、、。


 そして今、エーリッヒ将軍は、王都決戦におけるフラウリーデ王女とクロード近衛騎士隊長の(りん)とした戦いの姿を思い出していた。

 敵国の王女『 龍神の騎士姫(りゅうじんのきしひめ) 』と対峙した時、自分にも理解できない不思議な感情に(とら)われてしまった。


 一分(いちぶ)(ゆがみ)みをも許さないような真っ直ぐで一途な彼女の剣筋はエーリッヒ将軍にとって初めての経験で、まずは戸惑いを感じていた。それは、彼自身がハザン帝国の習慣に慣れきってしまい、本来の剣士としてのあり方を忘れかけていたのがその理由だったのかもしれない。


 あの時、初手(しょて)(かわ)されたあの時、恐らく次手でフラウ王女を無力化することは不可能ではなかったはずである。

 だが、その時の将軍の心の中は、

 ” もう少しこの王女と戦っていたい ”

という剣士としての気分の高揚感が優先していたのは確かである。


 その結果として、フラウ王女に首筋を与えることになってしまったわけだが、後悔は微塵(みじん)もなかった。


 一方、ラングスタイン大佐もあの最終決戦におけるクロード近衛騎士隊長との戦いを思い出していた。正直、大佐は自分が剣において異国の剣士に敗れることなど微塵(みじん)にも考えたことはなかった。自分の編み出した『 神道無限流(しんどうむげんりゅう) 』こそは最高の奥義(おうぎ)で神の道へも通じると疑がっていなかった。


 しかし、クロード近衛騎士隊長と対峙して彼の気負いのないある意味どこまでも真っ直ぐな剣捌(けんさばき)きに魅了されてしまった。

 そして、かつては自分も彼と同様に、何の気負いもなく剣を振るっていた頃を思い出して、そんな彼をとても(まぶ)しく感じていた。

 恐らく、そのことが自分の負けにつながったと確信できた。

 それ程、クロード近衛騎士隊長の剣は真っ直ぐで迷いがなかった。


 今、もしエーリッヒ将軍に気になることがあるとしたら、自分の我儘(わがまま)で部下のラングスタイン大佐までも巻き込んでしまったことであろう。

 捕虜となったあと将軍は、自分の勝手で大佐の一生を台無しにしてしまったことを深く謝った。


 ラングスタイン大佐は、どっちみち負け戦、本国に帰れば粛清(しゅせい)無駄(むだ)死にが待っているのだから、自分は将軍の決断に従うことに何の迷いも無かったし、今でも全く後悔は全くなかった。

 自分が本国に帰り戦争責任を負わされ殉死させられた場合、家族にとっては極めて不名誉なことで、その後の生活は悲惨な運命が待っているのは確実であった。

 

 最終的には全く予期せぬ結果として、トライトロン王国に自分達の棲家(すみか)ができ、今日フラウ王女から直ちに家族を呼び寄せる下知(げち)までもらうことができた。だから、もう何の後悔もないと考えていた。


 それでもラングスタイン自身もクロード近衛騎士隊長に『 神道無限流 』の後継者になって欲しいと考えていることについては胸の内にしまっておいた。それは未だ本人の意向が全くわからない状況であったからだ。


 今ここに、将来フラウ王女やクロード近衛騎士隊長の刀(katana)の師匠となる異国の剣士二人が誕生した瞬間であった。

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