3−13 クロード・トリトロン
フラウリーデ第一王女が家族の前でクロード近衛騎士隊長との結婚を切り出してから、夕食時にはクロードがフラウ王女の横に座っていることが多くなった。
クロード・トリトロンを両親がどのようにして見つけ、どう説得してフラウ王女の剣術指南役にしたのかについての詳細は両親以外誰も知らない。
クロード近衛騎士隊長は家族のことを積極的に自分から話すことはしなかった。たまたま、何かの折にフラウ王女が聞いているのは、両親とも早くに死に別れ、兄弟もなく親族といわれるような身よりもほとんどいなかったということくらいである。
両親が亡くなった後、彼の父が懇意にしていた街の道場主に引き取られ、以来剣一筋に稽古を重ねてきたようである。稽古に励むクロード・トリトロンをスチュワート摂政がたまたま見つけ、フラウリーデ王女の剣術指南役として王城に連れてきたということらしい。
クロードを預かっていたという道場主は、かつてエリザベート女王の剣術指南役として王城に仕えてた人物ということくらいである。
クロード・トリトロンの家柄は決して良いとはいえなかった。それでも彼の人物像はフラウ王女の結婚の相手としてはふさわしいように思われた。何よりもフラウ王女にしては珍しくとてもなついていた。また彼が天涯孤独の身の上であったことも王国の将来を脅かす可能性が少なく受け入れ易かったのもひとつの要因である。
それでも両親としては、元々自分達の眼鏡に叶った人物が自分の娘と恋をして結ばれようとしているので、是非もなかった。それもこれもトライトロン王国の国政が安定しており、政略結婚など全く必要でなかったこともまた別の大きな理由である。
クロード・トリトロンが、最初にフラウ王女の父スチュワート摂政に連れられて王城にやってきた時、クロードが15歳で、フラウは10歳であった。
クロードは、今から自分が剣を指南する相手が、10歳で真っ白な肌に燃えるような真っ赤な髪を持った人形にそのまま命を吹き込んだようなフラウリーデ王女を見て、彼女からしばらく目を離すことができなかった。
クロード・トリトロンのフラウリーデ王女に対する恋心は、その瞬間から生まれてしまったようである。
固まってしまっていたクロードに、
” あなたは、誰?何しにきたの?!”
とフラウ王女は詰め寄った。
クロード・トリトロンは、彼女の気迫に一瞬たじろいたのち、
” 明日から、フラウリーデ王女様の剣術の指南役に命じられました、クロード・トリトロンと申します。宜しくお願いします ”
自分の持ちうる限りの勇気を振り絞ってそれだけいうのが精一杯であった。
「あなたが、私の剣術の指南を?、、、悪いけど私は強いのよ、、、!」
「ええ、伺っております。王女様がとてもお強いということは、、、それでも、本当の剣士は強いだけでは不十分なのです。剣術は精神力と身体能力を一緒に引き上げてこそ誰からも認められる剣士となれるのです 」
「そんな理屈はいいから、それじゃ私と模擬試合をしましょう。私が負けたらあなたの剣術指南を受けても構わないわ!ねえ、お父さんそれでいいでしょう?」
スチュワート摂政は、苦笑いを浮かべながら、クロード・トリトロンに目配せをして、鍛錬場についてくるように促した。
その日のフラウ王女は、10歳の背丈にしては長すぎる剣を引きずるような格好をしていた。
道場に入った、三人は鍛錬場で練習していた騎士たちに場所を空けさせると、模擬刀のある場所へと連れて行った。
自分の剣で戦うと聞かない王女を、スチュワート摂政は何とか説き伏せてフラウ王女に適切な長さと思われた木剣を選び握らせた。
二人は、鍛錬場の中央に並んだ。礼が終わるとほとんど間をおかず、フラウ王女は、クロードが予想していたのよりもはるかに早く、間合いを詰めるとクロードが未だ十分に構える前に、切り込んだ。
しかし、クロードもさすがに、街の道場主も認める剣の使い手、少し身体を傾けただけで、フラウの木剣を避けていた。
フラウは、クロードが木剣で受けると考えていたため、少したたらを踏むような格好となり、頭に血が登ってしまった。そうなると、剣を極めたクロードの相手ではない。フラウ王女の繰り出す木剣は、ことごとくクロードに避けられるか、彼の木剣に弾かれてしまった。
試合とはいえないそのような立ち会いが15分ぐらい続くと、フラウ王女の白い額に金色に輝く汗が吹き出し始めた。
スチュワート摂政は、そのような二人を見ながら微笑んでいた。
クロード・トリトロンは、内心感心していた。未だ、本当の剣術とはいえないレベルの荒削りの剣技ではあるが、その負けず嫌いの精神力、決して悪くはない剣筋に、この小さな王女の剣士としての将来性を見出していた。
そこで、フラウ王女の剣を受けながら、彼女の剣に対する情熱をくじかないように、どう収拾つけるのが良いかを考えていた。
クロード・トリトロンが最終的に出した答えは、フラウ王女に知られないように、彼女の木剣を自分の身体に当てることであった。そう決断すると、クロードは自分が極めて攻勢に打ち込んでいると見せかけながら、一瞬息を大きく吸い込んで王女が切り掛かってこれる隙を作った。
フラウ王女は、20分位の打ち合いでかなり肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していた。そのため、フラウ王女はクロードのそのような考え気づくこともなく、いよいよこれが最後だと思いながら繰り出したフラウ王女の木剣は、クロードの胴に当たった。
その時以来、クロード・トリトロンは、フラウ王女の指南役となり、ほぼ毎日のように稽古を続けるようになった。
後にフラウがトライトロン王国の女王になり長男が剣の稽古をしているのを見て、
” 私のやる気をくじかないように、クロードはわざと木剣を当てさせてくれた ”
と語ったという。




