3−11 黒い水の用途
戦争賠償金についての三国間の話し合いもトライトロン王国の思い通りに進み、その情報も少しづつ市井で流れ始めると、王国内は急速に高揚し始めてきた。
巷の噂では、ハザン帝国5万の兵士を、トライトロン王国精鋭騎馬隊50人で殲滅したとか、『 龍神の騎士姫 』がひとりで幾重にも取り囲んでいる敵本陣への中央突破を図り、敵の総大将を捕虜にしてハザン帝国を撃退したとか、或いは『 龍神の騎士姫 』が砂嵐を呼び起こしハザン帝国侵略軍を殲滅したとか、更には『 龍神の騎士姫 』が火龍を操りハザン帝国を追い返した等など、無責任な噂は広がる一方であった。
そういう情報は王城の中にいるフラウリーデ第一王女の耳にも入ってくる。フラウ王女にとっては荒唐無稽な自分のうわさ話に笑いながらも、かつて邪馬台国の卑弥呼が話してくれた危惧を思い出していた。
それは、
” 勇者が誕生するとその国は最終的に滅んでしまう可能性が高いと、、、!”
ということ。
誰もがいつの間にかその勇者に頼りきって自分達が本来やらなければならないことでさえも全てを勇者任せにしてなすべきことに気づかないふりをしてしまう。それが人間の本性であると卑弥呼は指摘していた。
ほとんどの者は病に罹ったら自然治癒より即効性のある劇薬を欲する。そこで登場するのが邪な心を持った神様や名ばかりの英雄である。
本来なら自分達でやるべきことを全て放棄し、彼らに任せきりにするか、あるいはあえて見ないふりをして彼らに全てを押し付けてしまうところから国の崩壊は始まる。
いざ何か問題が発生すれば、その全てを邪神や見せかけばかりの勇者のせいにして自らの責任を逃れようとする。
卑弥呼が教えてくれた人間の本性について、今のフラウ王女であれば、少し理解できるようになっていた。
人は結局は自分が楽な道を選んでしまう。自ら進んで重荷を背負うことはなかなかできることではない。人には人それぞれの考えと、自分の生活を守らなければならない義務があるため、そのような選択をしてしまうことはある意味やむを得ないのかも知れない。
だが、楽な道を選ぶという劇薬の選択には必ず副作用がつきものである。勇者や神という劇薬に頼り切ってしまった結果、知らずしらずのうちに自身の精神堕落が進行し、そしてその毒が自らを蝕みはじめ、ある日突然その副作用が取り返しのつかない状況となり、突如牙を剥いたとき初めて自分達の怠惰と愚かさを知ることになる。
人々は劇薬が自らを蝕むことを知っていたとしても、水が常に低きに流れるように、やはり安易で楽な方向へと流されてしまう。
世の中のほとんどの独裁者などというのは、民衆から無責任に『 勇者様 』だ、『 生き神様 』だとはやし立てられ、それに気を良くした勇者のはしくれや神もどきの成れの果てである。
そういう彼らでさえも自分自身の本来の姿は完全に見失ってしまっている可能性が高い。
皆が特効薬だと信じきっていたそれは、実は人間の考える脳力を喰らい尽くしてしまうような毒物で、ある日、自分にその現象が出始めたときには、既に遅くもう取り返しのつかない時期となってしまっている。
考えることを放棄してしまった民衆を思いのままに操ることは、邪な勇者や邪神の最も喜ぶところである。
フラウ王女は、今回のハザン帝国との戦で得られた種々のことについて思いを馳せていた。その中で、フラウの意思とは無関係に大量殺戮兵器となりうるもの、卑弥呼が指摘していたあの『 黒い水 』が万が一、敵国や王国内の貴族連合等の不平分子に利用された時の王国の危機を考えていた。
一方で、今回のハザン帝国侵略戦で『 黒い水 』が大きな勝利の条件となったことは捨て難いとも考えていた。
確かにこれまで、黒い水は明かり取り以外には使用されたという話は聞いたことがない。
しかし、今回の一件で黒い水の兵器への応用を望む声が出始めるのは想像に固く無かった。そう、誰もが時間のかかる自然な治療法を避け、直ちに効果の現れる劇薬を望むように。
卑弥呼はフラウ王女に、トライトロン王国に関すること故、自分がどうのこうのいう資格はないのだがと前置きしながら、『 黒い水 』が表に出てくる時期は確実にもうそこまできているであろうと語った。
また卑弥呼は、『 石油 』の本当に優れているところは兵器を作れることではなく、民の暮らしをさらに豊かにすることができる可能性を有していることと思っていた。
「お義姉様!『 石油 』がどれだけ優れた可能性を秘めていたとしても、現状のトライトロン王国の知識では燃やすくらいの考えしかありません 」
卑弥呼はそのことを十分に知っていた。そのためフラウ王女の頭に憑依してトライトロン王国入りした時、座学能力に極めて優れたジェシカ王女に必要な知識と洞察力を与えていた。
やがてジェシカ王女が『 黒い水 』の性質を十分に理解し、その危険な『 石油 』を自分達でも制御可能と判断した場合に、一歩ずつ着実に前に進み始めれば良いと考えていた。




