3−6 二人の捕虜の扱い
戦後にフラウリーデ王女に課せられていたもう一つの課題、それは先の戦で捕虜となった将軍と大佐の取り扱いである。ハザン帝国は、2人の身代金を提示し2人の捕虜の返還を求めてきていた。
詮議は再びハザン帝国の二人の捕虜に関する取り扱いに戻った。この案件に関しては、フラウ王女とクロード近衛騎士隊長だけが関わっており、二人以外の出席者は未だ捕虜の顔さえはっきりとは見たことがなかった。
その意味ではフラウ王女とクロード近衛騎士隊長に一任することも可能なのだが、国同士の問題だけに慎重な判断を必要とすることは出席者全員が一致して認識していることでもあった。
スチュワート摂政はハザン帝国から提示された五億ビルの身代金に触れ、身代金の額の低さはトライトロン王国そのものを軽視していると怒りを露わにして見せた。一方、辞任を表明していたジームクント大臣は、自分の身に置きかえ、もしそれが自分の命の代償であれば、5億ビルはいかにも安過ぎるのではと考えていた。
そのことを知ってか知らずかスチュワート摂政は、5億ビルと二人の捕虜を天秤にかけ、第一軍務大臣フラウリーデ王女とクロード近衛騎士隊長に、その顔を交互に見ながら戦闘時の模様を聞いてきた。
先程、父親に揶揄われたのがまだ少し尾を引いているのかフラウ王女は、そのまま沈黙を保っていた。フラウ王女が少し拗ねているのを感じ取ったクロード近衛騎士隊長は、ラングスタイン・ザナフィー大佐と対峙した時の模様を詳しく語り始めた。
基本的にまず使用する剣の種類が全く違うこと、王国の剣は比較的細くて軽い諸刃の直刀なのに対し、彼らが所有している剣は片刃の反りのある得物で、刃の部分に独特の波紋が刻まれている。
それは見ようによっては、不気味さを感じさせる刀(katana)と呼ばれるもので、その刀は重さのほとんどないフラウ王女の髪の毛に軽く触れただけで十数本を簡単に切ることのできるほどの鋭い切れ味であった。恐らくその刀は薄皮一枚だけでも確実に切り裂くことが可能な種類の剣と思われた。
更にその刀を安易に取り扱うあの二人の剣技、大佐は恐らくハザン帝国でも屈指の使い手であり、将軍の剣技に至っては更に研ぎ澄まされており、二人の剣の実力についてはフラウ王女も自分も状況次第では確実に負かされていたであろうことをありのままに報告した。
「正直、あの二人とは二度と真剣勝負はしたくありません。それと、、、」
クロードは思い出すように、
” 何故か二人には最後まで対戦相手を殺してまで勝利を勝ち取ろうとする様子は見られず、エーリッヒ・バンドロン将軍にあっては、フラウリーデ王女に本来秘すべき自分の剣技の真髄までも教えてくれていたようです ”
とフラウ王女の顔を見ながら語った。
「あの二人はそれほどの剣の使い手なのか?フラウリーデ殿!それにしてもクロード殿にそこまでいわせる捕虜二人の価値を、ハザン帝国は全く理解していないということになるが、、、?」
ジームクント大臣の問いかけに、それまで沈黙を守っていたフラウリーデ王女は自分と将軍との戦いを思い出すように、
” 特に将軍の剣捌きに王国で対等に戦えるのは、おそらく全盛期の女王とクロード位しかいないだろうと思っている ”
とつぶやいた。
ハザン帝国にとってのあの二人は剣各者としての価値より、市民の目を眩ますために戦争犯罪人として処分するほうがはるかに価値があると判断しているようである。極めて人間性を無視した短絡的な考え方で、ある意味二人は仕える主人を間違ってしまったということなのであろう。
スチュワート摂政は、
” 兵は選べても仕える王は選べないという典型的な例なのだな? ”
といかにも残念そうな顔をしてつぶやいた。
スチュワート摂政は、低く唸るような声を発しながらしばらく考え込んでいたが、ふと思いついたように、
” それではこの際、あの二人には早々に死んでもらおうか? ”
と顔を上げて告げた。一瞬その場が凍りついてしまった。
摂政は、出席者をぐるりと見回しながらニヤリと笑った。父の笑いに、その思惑を理解したフラウ王女は、それでは、ハザン帝国の捕虜二人には早速死んでもらいましょうかと少し上目遣いで摂政を見た。
スチュワート摂政はフラウ王女が自分の考えを理解したことにその眼が微笑んだ。
二人のやり取りを聞いていたほかの出席者も、この二人の意図するところを理解したのか、ジークフリード・キーパス参謀長は、詮議が終わり次第ハザン帝国に『 捕虜二人に逃亡の落ち度があったためやむなく処刑した 』旨の文を出すことの承認を願い出た。
結局、捕虜の二人の身柄をフラウリーデ王女とクロード近衛騎士隊長に預けることにしてその日の軍議は全て終了した。
詮議終了の最後にスチュワート摂政は、ハザン帝国とシンシュン国それとトライトロン王国の三国で戦後処理の会議をトライトロン王国で開催する案内の文を送るように総参謀長に命じた。
詮議場を出たフラウ王女はクロード近衛騎士隊長と肩を並べて歩いていた。
「フラウ王女様!ご自身はあの捕虜の二人を本当のところはどう考えておられますか?」
「うーん!寡黙な二人故、彼らの真意までは完全には図り得ないが、あの戦場で立ち合い後に即座に自分の首と引き換えにハザン帝国兵隊の帰還を懇願してきたこと覚えているだろう 」
「もちろん、よく覚えております。あの潔さには敬服いたしました 」
「あの時の彼の目には何の迷いもなかったように私はそう感じた 」
「そうですね!それは私も同じです 」
実際、彼らがトライトロン王国に仕えることを良しとするのであれば、将来的に王国の軍部に迎え入れても構わない人物のように思われた。それにしても、もうしばらくは彼らの仁成をじっくり観察する時間が必要なことは確かであった。
フラウ王女は、彼らが本気で仕える主を替える覚悟を持っているのであれば、王国で思いっきり仕事をやってもらいたいと考え始めていた。
習慣も考え方も違う部分が多く、慣れるまでには双方に多少の戸惑いが出てくるのは仕方のないこととしても、彼らがその気になってくれさえすれば、王国のために極めて有用な人材になり得ると考えられた。
「そうだな!私も心からそう願っているが、、、もう少し様子を見よう! 」
「彼らの剣士としての資質から学ぶべきところはとても多いよう感じています 」
「確かに!やはり、その方向で真剣に考えてみるか?」
「そのほうがよろしいかと。私はフラウ王女様の決断に従います 」




