3−3 戦争賠償金
翌日の詮議会場。
先般ハザン帝国の特使が持って来た捕虜二人の返還に関する申し入れ書に関し摂政からひととおりの説明がなされた。
第二軍務大臣ジームクント・ダロンはその内容を聞くと、ハザン帝国の意図が全く理解出来ないことに加えその文書には、身代金に関する記載はあるものの、敗戦国としての戦争責任についての記載が一切無いことに大きな不満を感じ激怒しながら、摂政に問いただした。
また大臣はその身代金の額が大国の将軍と高級将官のものとしては考え難いほど安価過ぎると、頭から湯気を出さんばかりの怒りようである。詮議出席者全員も一様に頷いていた。
「戦争を起こした国の高級将官の身代金がトライトロン王国の高級将官の退職金よりも安いとは、、、一体どういうことなのか?」
確かに、ハザン帝国からの書簡内容は王国内では到底考えられないほど、常識を外したもののように思えてならなかった。
ジークフリード・キーパス総参謀長とメリエンタール・バナード第三軍務大臣は『 全く正当性を欠いた侵略行為を行なったくせに、賠償金を支払わないというのは奴らは一体どういう思考回路をしているのか?』と怒りに任せてテーブルを叩いた。
確かに誰が考えても極めて筋の通っていないハザン帝国の書簡である。もしこの書簡を受け取った者がスチュワート摂政でなかったのなら、おそらくビリビリに引き裂かれていたであろう。
「ハザン帝国からの戦争賠償金に対しては、王国側の被害がほとんど無かったことを考えると、何が何でも高額な金額を要求する必要はないのだが、、、」
ジェームス摂政はそう前置きした。
実質的な面から考えるとそれも一理ある。だが、元々国交のない両国に、何の理由もなく突然侵略戦争を引き起こした上に、詫びの一言もないのも大いに癪に触っていることである。仮りに百歩譲って全く被害のなかったトライトロン王国は賠償金がなくても構わないと考える方法もないことはないが、実際にはハザン帝国のトライトロン王国攻めの情報が入ってから、王国内ではその戦に対応するために多くの経費を投入してきている。少なくとも、その分なりとも回収する必要はあった。
また今回は、ハザン帝国侵略に対応するためにシンシュン国と同盟を結んでいる。 当然トライトロン王国が戦勝した場合、シンシュン国は賠償金分担相当の見返りを要求してくるのは当然のことである。
もう一つ懸念がある。トライトロン王国のハザン帝国への賠償金要求額が少な過ぎた場合、ジームクント第二軍務大臣の言うように、彼らは性懲りもなく再び良からぬ行動に打って出るかもしれない不安が残ることになる。
しばらくの間、詮議場内に沈黙の時間が流れた。他の出席者からの意見も出なくなった頃を見計らって、フラウリーデ王女の婚約者で近衛騎士隊長のクロード・トリトロンは一つの提案を行った。
今現在、不可侵同盟の締結の見返りとして戦争賠償金の30%をシンシュン国に支払うとの約定がある。にもかかわらず捕虜の二人から聞くところではハザン帝国には敗戦国が賠償金を支払うという概念がそもそも欠落している可能性もあるという。
それらのことを考慮すると、賠償金交渉の主体をハザン帝国と商習慣が比較的似通っていると思われるシンシュン国に委任してはどうかとのクロード近衛騎士隊長からの提案が行われた。
確かに、ハザン帝国とシンシュン国の商習慣は比較的似ていると考えられる。
もしシンシュン国が賠償金の増額を目指してその役を引き受けてくれるのであれば、トライトロン王国としてはハザン帝国との直接の交渉を避けることが可能になる。
もちろんその代わりとして当初約束していたシンシュン国への按分比率を30%から50%に引き上げ、ハザン帝国からの取り立て役をシンシュン国に仕立て上げることができれば、一石二鳥の考えではないか提案がクロード近衛騎士隊長から提示された。
通常だとこのような提案内容が軍事会議で通るはずもないのだが、トライトロン王国側の被害が全くなかったことが、クロード近衛騎士隊長の突拍子もない提案でも問題はないのではないかと皆を思わせたようである。
また王国内に捕虜として捕らえているハザン帝国の高級将官エーリッヒ将軍とラングスタイン大佐達二人の情報からか推測すると、実際上ハザン帝国には多額の賠償金を即座に支払う能力はほとんど期待できないだろうとも考えられた。また、これまでは負け知らずで、他国への賠償金支払いの経験はないという。
トライトロン王国とシンシュン国へ支払う賠償金は、そのままハザン帝国の国民の飢餓に直結するのはほぼ確実であった。その点でもトライトロン王国としては多少目覚めが悪い。
捕虜の二人も言葉にこそ出さなかったが、ハザン帝国の国庫には今回の進軍に必要とした経費で、相当逼迫していると確信していた。
そのような事情をあれこれ総合すると、返還は良くて30年、悪くすれば50年かかる可能性が強くなる。
トライトロン王国としては、シンシュン国に支払う賠償金の比率を少し上げてでも、ハザン帝国を戦争賠償金交渉の表舞台に引きずり出すのは、商習慣のある程度似通ったシンシュン国にその交渉権を委ねる方が極めて得策で、実りも多そうに思われた。




