3−2 卑弥呼の持ち帰った血液
それは幻聴でも妖でもなく正真正銘の卑弥呼からの呼びかけであった。そして卑弥呼はフラウにその種明かしを始めた。
フラウの脳内に自分の精神体を仮住まいさせていた卑弥呼は、邪馬台国に帰る時にフラウ王女の血液を小瓶につめさせ、魔法陣の中央に置かせた。その血液は今現在邪馬台国の神殿に永久に腐らないような術が施されて保管されていた。
いうなれば、フラウ王女の分身的な血液が今は邪馬台国の神殿の中に保管されていたのだった。そして、先般卑弥呼がフラウの脳内にしばらくの間宿っていたために、今でもフラウの脳の中には卑弥呼の残留思念が残されていた。というより卑弥呼は意図的にフラウ王女の脳内に残しておいたのだった。
そのため、卑弥呼かフラウ王女かのどちらかが強く思念すれば、神殿にあるフラウ王女の血液を介して魔法陣を通じて念話をすることが可能となっていた。勿論、卑弥呼の思念がフラウの脳内に直接宿っていたときのように何時でも何処でもとまではいかないようだが、、、
「フラウや!邪馬台国にフラウの血液を持って帰ったのにはもう一つ理由があるが、それについては、必要なその時が来たら改めて話すことになるじゃろう 」
・・・・・・・!
「まあ、わしの声が、聞きたくなったら、強く思念するのじゃ!そうすると、お主の心がわしの脳に伝わってくる。お前とは義姉妹となっているのじゃからそれくらいのことは朝飯前じゃ 」
それを聞いたフラウリーデは、本当に必要な時にはいつでも邪馬台国の卑弥呼と話せることを知り狂喜した。もう既に、フラウにとって邪馬台国の卑弥呼の存在は、既に両親や妹や婚約者のクロードと同じか、むしろそれ以上大切な存在となってしまっていた。
「それでは、私が卑弥呼お義姉様にどうしても会いたいと願ったら、いつでもお声を聞くことが可能ということなのですね 」
「勿論そうじゃ。ところで話は変わるが、フラウ!邪馬台国に帰り着いたわしが最初にやったことは何んじゃと思う?」
「えーっ!急にそんなことを聞かれても分かりません。もしかしてお酒を思いっきりお飲みみなったとか?」
卑弥呼はフラウの見当違いの返答を聞いて脱力しながら、自分のことを一体どのように考えているのじゃと怒ったふりをした。
卑弥呼が邪馬台国に帰り着いて最初に行ったのは、神殿で卑弥呼の帰りを待っていた曾……孫の姫巫女我を忘れてしっかりとその胸に抱きしめていた。
「姫巫女様をですか?」
卑弥呼のその変化は、フラウ王女が両親や妹のジェシカ王女やクロード近衛騎士隊長に対して感じている家族としての深い絆を見て、自分もそのような家族愛を思い出すことができたからの変化なのかもしれなかった。
卑弥呼のそのような変化はフラウ王女と出会ったことで思いだされたものであるのは間違いなかった。
これまでに経験したことも無いような卑弥呼のその変化に姫巫女は、最初こそはとても驚いていたが、とても喜び、卑弥呼に抱きついてきた。
姫巫女には卑弥呼に抱かれた記憶がなかった。
実際は生まれたての頃は抱いてあやしてもらったはずなのだが、姫巫女が物心つく頃になると彼女は既にその特殊な能力を開花させ始めていた。卑弥呼は幼いながらも独り立ちし始めた姫巫女への影響を考え、それ以来家族としてでは無く、一人の巫女として接し始めた。
そのためか、姫巫女には卑弥呼に抱かれた記憶が残っていなかった。
姫巫女の華奢な身体は小さく震えながら卑弥呼の胸に縋りついて来た。恐らくそれまでは自分の運命を受け入れ、気丈に振る舞ってきたと思われる。しゃくりあげている姫巫女のその細い身体を卑弥呼はとても愛しそうに抱きしめていた。
「わしはな!これからは、姫巫女を単なる後継者の姫巫女としてだけではなく、家族として褒めたり諌めたりして付き合っていこうと思っておる 」
卑弥呼は、自分と同じような能力を持って生まれてしまった姫巫女を不憫に思う反面、やはり邪馬台国の次期女王として君臨してくれることを望んでいたことも確かであった。
フラウ王女は、その卑弥呼の思念を受けながら自分がとても恵まれた環境に育っていることに感謝した。
「おうおう、ようやくいつものフラウに戻ったようじゃの!これで分かったじゃろう。本当に必要な時にお互いに思念し合えば良い。フラウが本当にわしを必要とする時には、わし自身が王国に乗り込んでくるのも不可能ではない 」
「お義姉様自身がトライトロン王国まで、来ることが可能なのですか?」
「まあ、必要な時が来たらな、、、!」
現金なもので反則技に近い卑弥呼の突然の呼びかけに、驚愕と共にさっきまでの暗澹とした胸の中の空虚感が一気に吹き飛んでしまっていた。
そのことをいち早く感じたジェシカ王女は、
” 元のお姉様に戻ったみたいで、私とっても嬉しいのです ”
といいながら抱きついてきた。
元気を取り戻したフラウリーデ王女は、ハザン帝国との戦争賠償金と捕虜二人の身代金、それと王国軍の立て直しのための詮議をスチュワート摂政に開催してくれるように依頼した。
賠償金や身代金など、この手の交渉は元々摂政の業務でありフラウの得意とする分野ではない。ただ、最近、軍部の人事面に関しては少なくとも摂政より自分の方が掌握できていると考えていた。
かりに、ハザン帝国の侵略によりトライトロン王国が大きな損害を被っていたか、あるいは多くの犠牲者が出ていたのであれば、それなりに王国にとって大きな課題となっていたであろう。しかし実際のところは死者は一人も居らず多少の怪我や火傷だけで、王城にもなんの被害もなかった。その意味では多く賠償金を必要とはしていなかった。
もちろん王国自身が裕福な財政状況であったことが最たるその理由だと考えられる。それでも、賠償金交渉を中途半端に行った場合、ハザン帝国は再びトライトロン王国へ理不尽な侵略計画を企てる可能性が十分に考えられた。
そういう意味では今回の戦後処理に関しては慎重に考える必要があると思われた。




