2−35 卑弥呼は邪馬台国へ
フラウリーデ王女はクロード近衛騎士隊長に夕食を一緒にすることを告げた。両親も、妹もとてもとても喜ぶと付け加えながら、、、。
「ご迷惑でなければ?」
「迷惑などと言うな!もうすぐクロとは家族となるのだから 」
フラウ王女は、頬を染めながら横を向いて、顔を見られないようにした。晩餐室に近づくと妹のジェシカ王女が走り寄り、フラウ王女に抱きついてきた。ジェシカ王女は戦後処理に忙殺されていたフラウ王女をやっと見つけたようで、その顔は悦びに輝いていた。
フラウリーデは、ハザン帝国侵略から自分の家族を守り抜いたという実感を改めて感じていた。
勿論、今回の攻防戦では、義姉の卑弥呼の能力があってこその勝利であることは十分に理解していた。
久々に脳内の卑弥呼がフラウに囁きかけていた。それは、自分と出会ったことは単なる偶然では無く、フラウ王女が選んだ必然なんだということだった。
「まあ運も実力の内じゃて! わしと出会うことで幾つかの能力を身につけた今、不必要に戦いを挑んでくるような馬鹿な国も少なくなろうて、、、」
それでもフラウ王女の変化を知らない輩がちょっかいを出してくる可能性が考えられる。卑弥呼はそのようなフラウ王女の身に余りそうな事件発生時には、自分を呼べば次の瞬間には王国に駆けつけると思念した。
「フラウの頼みとあればすぐにでも駆けつけるぞ。じゃが、何か見返りはちゃんともらうがな! 」
「お義姉様!もしや、邪馬台国に帰られるおつもりですか?」
「そうじゃのう!少し長居し過ぎたようだ。邪馬台国のことが気になるというより、向こうで食べている食事がな、毎日毎日同じもので少し飽きてきてしもうた。それにな最近時々御神酒の量も減ってきたしな。もちろんそれは冗談じゃが!」
実際、卑弥呼はフラウが食事をしているとその見た目や美味しさは自分の脳内で感じ取れていたが、食事は自分の歯で噛む時の感触が無いため、やはりその美味しさが半減してしまっていた。
「ああ、言い忘れるところであった。フラウに不老の話をしたのを未だ覚えているか?」
フラウ王女は近く私はクロード近衛騎士隊長と結婚することになる。自分の家族を持つことになると、生まれてくる子供達の死を自分が見送るのは、今のフラウリーデの精神力ではとても難しいと考えられた。
「これは、お義姉様だから言える我儘ですけど、もうしばらく今のままの私を見守ってもらえませんか?」
「そうじゃのう!わしも連れ合いや子供達が先立たれるたびに不老を呪ったものじゃ。
しかし、その度に大きな戦が起こったりして必要に駆られて生きながらえてしもうたわ!」
特に、自分より若い子供達や孫達を次々と見送らなければならなかったお卑弥呼義姉のその時の苦悩を想像すると、今のフラウリーデの精神力ではとても耐えられそうになかった。
「そうだろうな!わしの血を色濃く引く姫巫女がやっと生まれ、そろそろ亡くなった両親や子供達や多くの孫達に逢いたいと思うこともある。まあ、これは本音半分冗談半分というところではあるがな 」
卑弥呼はそこでその話を打ち切って、明朝、洞窟に連れ行ってくれるように頼んだ。その際、香水が入っていた空のガラス瓶を一つ持ってきてくれと念を送ってきた。
「詳細はその時に話す。ああ!クロもついて来てもらっても構わないぞ 」
翌朝、朝食を済ますとフラウ王女は軽装の外出着に着替え、洞窟へと向かった。勿論その横には婚約者のクロード近衛騎士隊長が並んで歩いていた。
草むらを掻き分けて洞窟へ通じる扉を開ける鎖を引いた。ギギギーという音と共に洞窟の扉が開き始めた。普段扉を開けて空気を入れ替えたりはしない洞窟であるが、湿った空気や黴臭い匂いはほとんどない。
扉が全開すると、朝の陽光が洞窟内に満ち始めて、やがて洞窟内全体が明るくなった。
この明かり取りのカラクリは、先般クロードと洞窟に入った時に初めて経験し、その理由もほぼ推定できているので、もう不気味さを感じることは全くない。
この洞窟はフラウ王女や卑弥呼の血を見分け、洞窟内全体に陽の光が満たされるような仕掛けになっていた。
これは、少なくともフラウの王国内で考えられたカラクリとは思えない。フラウが最初にこの洞窟に迷い込んだ時にはこの明かり取りは発動しなかった。二度目以降からは発動している。
よく考えみると、魔法陣が存在することから考えてもこの洞窟自体が王国の技術で作られた物ではないことは明らかである。
フラウ王女は、
” お義姉様、この洞窟は一体?”
と問いかけた。
しかし、卑弥呼はこの洞窟が邪馬台国の神話時代、選ばれし人間だけが神と話ができた頃の仕掛けではないかと考えてたのだが、
” わしの知らない技術じゃのう ”
と答えるに留めた。
魔法陣の上でフラウ王女が消えて邪馬台国に辿り着き、1週間後に帰って来たフラウ王女の中には邪馬台国の女王が憑依していたことについて、全く理解が及ばないクロード近衛騎士隊長は、フラウがまた邪馬台国に行ってしまうのではないかと不安になっていた。
卑弥呼はフラウに、クロがお前がまた消えてしまうかもしれ無いと心配しているぞと笑っていた。
この洞窟内で起こる出来事について未だクロードに十分な話をしていなかったことをフラウ王女は思い出した。それでも、実際にそれを経験したフラウ自身でさえもその詳細については、未だ十分に理解出来ていなかったためクロードに解るように説明できる自信は全く無かった。
フラウ王女は魔法陣の不思議な仕掛けについてはクロに説明することを省き、
” 今回はお義姉様の精神体だけが邪馬台国に帰られ、私はこの城に残る ”
とだけ答えた。
ここ1ヶ月程、フラウの脳内に仮り住まいをしていた卑弥呼は、その間にフラウの脳の中に多くの思念を残してきていた。その為今では、卑弥呼の精神体の一部が、既にフラウの脳内にも残留していた。
「フラウの脳内にわしの精神体を残しているといってもほんの一部じゃがのう! そのため、フラウの身に大きな危険が近づいた時にはフラウ自身が強くわしのことを思念すれば、、、わしがどこに居ても、そのことを知り得るじゃろう 」
・・・・・・・!
「それではわしは、いよいよ邪馬台国に戻るとするかのう。フラウ!」
フラウ王女は、脳内の卑弥呼が命じるままに持ってきた香水用の小瓶を取り出し、自分の指を小刀で傷をつけるとその小瓶の中に血を滴り落とした。隣で見ていたクロが顔を顰めた。
脳内の卑弥呼は笑いながら、百戦錬磨のクロがフラウが指を切ったのを見て心配そうに見ておるぞと揶揄った。
フラウ王女は、脳内の卑弥呼の呼びかけに応じて魔法陣の上に立った。そして魔法陣の中央部分に血液を垂らし、血液の残っている小瓶を魔法陣の中央部分に置いた。やがて、魔法陣が輝き始めると、卑弥呼はフラウに魔法陣の外に出るように促した。
フラウ王女はクロードの方をみると、卑弥呼の声で、
” クロよ!婚約おめでとう。義妹のこと宜しく頼む 。結婚式には呼んでくれ!二人の晴れ姿を見たい ”
と言った。
やがて魔法陣の光が最高潮に光り輝き、その中心部分から光の矢が洞窟の天井に突き刺さって、そして消えていった。
呆然と見守るフラウ王女の目に大粒の涙が浮かび、そしてこぼれて落ちた。
それは、少なくとも永遠の別れの悲しみの涙ではなかったが、、、。
クロードはフラウの肩に優しく手を掛け
” 会いたくなれば、いつでも逢いに行けば良い ”
と優しくフラウ王女の肩を軽く2〜3度叩いた。
クロード・トリトロンのその優しい言葉と仕草が、卑弥呼が本当に邪馬台国へ帰ってしまったことを改めて実感させられフラウ王女を余計に切なくさせていた。
「私達も早く城に帰りましょう。女王様やジェシカ王女様が心配なされていることでしょう 」
もう季節は冬になってしまっているが、城へ向かう二人に降り注ぐ太陽の光はどこまでも優しく暖かく祝福してくれていた。
フラウ王女は一人で自分の部屋に入ると、水鏡をじっと眺めて呪文を唱えたい衝動と戦っていた。しかし、卑弥呼が邪馬台国へ行き着いたかどうか分からない今、迂闊に呪文を唱え魔法陣に悪い影響を与えるかもしれないことが怖くて、水鏡から顔をそらした。
確かに、クロードがいうように会いたくなれば会いに行けば良い。しかし現実にはそれが簡単に許されぬ立場になってしまいつつあることも同時に理解していた。女王の後を継ぐことがいかに大変であるかの一旦を嫌でも知らされたような気持ちになっていた。
「もう、昔みたいな我儘は許されない、、、」
何故、卑弥呼がフラウリーデ王女の血液を邪馬台国に持って帰ったかについては、卑弥呼はフラウ王女に話すことはしなかったが、この時卑弥呼が持ち帰ったフラウの血液こそが、その後のフラウの運命を大きく変えてしまうことになる。しかしそれはまたこれとは別の物語である。
(第2話終わり)
お詫び
2ヶ月ほど前、第三話を投稿するために下書きを作成しておりました。執筆活動を慣れないパソコン上でおこなっているため、いくつかのゴミが溜まっており、それが気になってゴミ削除を行う際に誤って一番元になっているシリーズそのものを削除してしまったようです(ゴミと同時に本体まで削除)。
なんとか復活を試みましたが、本体の復活は不可能となりました。
そこで、改めて原稿から引っ張り出し、修正・補正を加えながら再度投稿いたしております。
第一話と第二話を見ていただいた方は、この後に徐々に掲載していく第三話からは未掲載分になります。
ご迷惑をかけて誠に申し訳なく思っております。 掲載者:はたせゆきと




