2−32 戦後処理(3)
フラウリーデ王女はクロード近衛騎士隊長に、二人のハザン帝国の捕虜の件で帰りに自分の部屋に寄るように命じた。
二人が部屋に入ったのを見計らったように、侍女のシノラインがお茶とクッキーを運んできた。途端に王女の部屋が芳醇な紅茶と焼き菓子の芳しい匂いで満たされた。
二人でソファに腰を下ろすと、本当に戦が終わったのだという実感に包まれてきた。
「クロ!お主、あの二人をどう思う?今後、王国にとっての有用な人材になり得ると思うか?」
クロードは彼らがトライトロン王国で役に立つ人材となるかどうかについては、結局彼らの考え方次第と思っていた。いずれにしても戦争犯罪人としてハザン帝国で処刑されるには極めてもったいない人物であることだけは確かだと思えてはいたのだが、、、。
「この国で使うことが可能だろうか?彼等を、、、」
「それは、彼らの考え方次第というところじゃ無いですかね!もちろん我々の今後の対応は彼らのその判断に大きく影響を与えるかもしれませんが、、、」
「それは、どういう意味だ 」
「そのままです。我々が、彼らを信じて彼らを王国に迎え入れるならば、彼らはそれに確実に応えてくれるような気がしてならないのですが、、、」
「クロもやはりそう思うか?そうなるとあとは私の決断次第ということになるな!」
フラウ王女は、それとジームクント大臣の件だがと切り出した。彼女自身彼が一度言い出したら、もう後へは一歩も引かないと確信していた。
「引き時を弁えた大臣ならではの最後の願いだと思っていますが、、、」
「後任人事の件か?」
フラウ王女は、クロードからの話を聞くまでは大臣が本気で辞任を申し出たかどうかの最終判断はつかずにいた。というのは、自分が軍を掌握し始めたことで、やけになった上での発言ではないかと思ったりもしていたからである。
一方で、ハザン帝国を撃退できた今だから決断できた辞任表明だろうとも思えるのである。王国はここしばらく平穏な時期迎えることになるであろう。そうなると、辞任する機会を無くしてしまう可能性もないわけではなかった。
事実、ジームクント大臣は戦の無い時期に後進が育ってくれればという願いを持っていたし、自分の後継者にと考えていたダナン砦のグレブリー大佐のフラウ王女への売り込みもうまくいったと確信していた。
「世間では良く『 老兵は消え去るのみ 』といわれるのだが、ジームクント大臣は今こそがそれを実行するチャンスかと考えられたのだろうか?もしそうだと、本気で後任を考えないとならないようだな。
クロ!誰か心当たりはないのか?」
フラウリーデ王女自身は、クロードにその任に当たってもらいたいところであったが、自分のわがままな部分では近衛騎士隊長の役職のまま自分の側にもうしばらくいてもらいたいとも願ってもいた。
「一人だけ心当たりがあります。ジームクント大臣推薦のダナン砦のグレブリー大佐です。彼なら軍部の統括任務は十分にこなすことができると思われます。ただ階級的に大佐から軍務大臣への昇格は周囲の嫉妬や避難は当然避けられないかも、、、 」
クロード近衛騎士隊長は、第二軍務大臣の席を当分の間フラウ王女が兼務し、グレブリー大佐を大将に昇格させ、その上でジームクントを彼の指導役として付け、1〜2年経過後に彼を大臣に昇格させる方法を考えていた。
「ほう、クロにしては珍しく彼に入れ込んでいるではないか。そういうことであれば、私も一度直接会う必要があるみたいだな!それでは、そのグレブリー大佐に早速、王都への出頭命令を。次の軍議に間に合うように手配をしてくれ 」
「はい、仰せのままに!」
暫くの沈黙があった後、フラウは顔を赤く染めてソワソワとしだした。
「フラウ王女様、どうかなされたのですか?」
「クロ!私が邪馬台国から最初に帰ってきたときのこと覚えているか?」
フラウ王女は魔法陣から現れた時の話を始めた。その時フラウ王女が着ていた服があまりにも見窄らしかったので、王国の寝間着に義がえさせられていた時の話である。
「あの時、お前は私の着替えの様子は見ていないといったが、あれは嘘だな!」
・・・・・・・!
「お前は私の裸を見たはず。相違ないだろう。私の肌を見た以上、クロードにはその責任を取ってもらわなければならない。私の夫になることでその責任を果たしてもらうことにした。わ、わ、分かったな 」
フラウ王女は、驚いて言葉も出ないクロード近衛騎士隊長の返事を待たずに、異論がないのは肯定と受け取ると言い、その沸騰しそうになっている顔でクロードの顔をチラッと見た。そしてまた横を向いてしまった。
「私は、剣術指南役を仰せつかった時から、フラウ王女様のことがずっと気になっていたのですが、私は一剣士。身分が違い過ぎるため、その考えを抑えてきていました。気持ちはずっとあの時のままです 」
「それにしても、女王様や摂政様はこのことをご存じなのでしょうか?」
「両親ともそれを強く望んでおられる。お前のこと息子のように思っていると言われていた 」
フラウ王女は、自分の心の葛藤を隠すように、赤い顔をしてクロードに下がるように命じた。
クロードが部屋から出ていくと、フラウはふーっと大きな息を吐き、身体の中で暴れ回っている心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。そして呟いた。
「真剣勝負のほうが余程気が楽だと 」
「フラウよ!やっと言えたようだな。相手の気持ちが分かっていても、中々言い出し難いもんだな。わしは15歳で結婚したが、その時は既に女王であり、両親は早逝していたため、やはりお主のように自分から結婚を申し込まなければならなかっただぞ。千年経った今でもその時は顔から火が出るくらいに熱くなったことをよく覚えている 」
フラウ王女は、
” 邪馬台国の卑弥呼が求婚した相手とはどのような人であったのだろうか ”
と思ったりもしたが、そのことにはついては触れなかった。
千年も前の話である。それでも卑弥呼は夫の顔を覚えているのであろうか?
卑弥呼の性格から考えると根拠はないが、彼女がとても情熱的であったような気がした。千年経った今でも卑弥呼は夫のことを思い出すことがあるのだろうか?フラウ王女は卑弥呼に色々と聞いて見たいことがあったが、何故か脳内の卑弥呼に直接働きかけることはしなかった。
卑弥呼もフラウのそのような戸惑いは理解していたはずであるが、そのことについては何も触れることはしなかった。
「まあ、クロードほどお主のことを一番に考えてくれる殿方は他にはいないじゃろう。ご両親も望まれており、ジェシカも兄のように慕っている。金持ちの貴族のボンボンと無理やり結婚させられでもしたら、フラウの人生が面白く無い方向に行ってしまうじゃろうから、、、」
・・・・・・・!
「フラウがその様な羽目に陥ったら、わしがひと暴れしようと思っていたが、それも杞憂に終わったようで行幸じゃのう! 」
「お義姉様にひと暴れされたら、トライトロン王国どころかこの世界全部が消滅しそうなので、私はこの世界のために一役買うことができたのですね 」
「おうおう、一丁前に皮肉もいえるようになったか?」
二人はしきりに笑い合った。




