2−31 戦後処理(2)
フラウリーデ王女からは、最終決戦で捕虜としたハザン帝国の将軍と大佐の二人の取り扱いについて次のような提案が出された。
それは、自分達がこれからの更なる剣の上達には、捕虜扱いの二人がかなり有用な人材であるという共通認識を持っているということであった。
エリザベート女王は、娘フラウ王女とクロード騎士隊長を驚かせるくらいの剣の腕を持つ捕虜だとは俄には信じられないと訝しく感じた。
フラウ王女は、自分が考えている懸念を話し始めた。それは身代金と引き換えに彼らの身柄をハザン帝国に移した場合、二人は間違いなく戦争犯罪人として処刑されるのは確実だと考えていた。その理由としては、ハザン帝国市民の目を逸らすためには、二人を戦争犯罪人に仕立て上げる必要があると確信できていたからである。
フラウ王女は、彼らほどの優秀な人材ををハザン帝国で処刑させることはとても惜しいと考えていることを強調した。
クロード近衛騎士隊長はあの戦場での勝負の時、もし将軍達が王国との約束を違え、自分達に総攻撃を仕掛ける命令を出していたとするなら、王女も自分もそして50人の騎馬兵も確実に全滅していたであろうことを強調した。
またその場合、王城陥落も間違いなかったであろうとつけ加えた。
だが実際には彼らは、そのようなことをすることなく捕虜に甘んじたのは彼らの兵士を思う気持ちと二人の高潔さ故だと確信していた。
クロードの言は、ダメおしの一手であった。
第二軍務大臣ジームクントはところでと、少し言い淀むように話を切り出した。
「某、この大勝利を機に軍務大臣を引退させて頂きたい。今回の戦を引退の花道にさせてはもらえないだろうか?」
唇をキッと引き結んだジームクントの突然の辞意に、長年の付き合いである女王とスチュワート摂政は驚きと共にしばらく逡巡していたが、彼の年齢といい出したら絶対に後には引かない彼の性格を考慮しながら黙ってしまった。
そしてフラウ王女の顔をちらりと見た。
フラウ王女にとっても、ジームクント大臣は自分のお爺さんのように感じられていたので、突然の申し入れに驚いていた。ただ、このような席上での彼の申し入れ、恐らくもう撤回する気は毛頭無いのだろうと判断した。
フラウ王女はジームクント引退の件については、自分に一任してもらうことで皆の了解を得た。
次に、クロード近衛騎士隊長からはダナン砦のグレブリー大佐に関する今回の功績と、辺境の砦にいつまでも置いておくのは王国の損失になるだろうとの報告がなされた。
「そうですな!彼は個性が強すぎて、よく誤解され、未だに砦に燻っておりますが、フラウ王女やクロード殿に仕えることができれば、王国にとって極めて強力な戦力になるのは確実かと!」
それまで黙って聞いていた、第二軍務大臣ジームクントがクロードの提案を急に支持した。そして、少しの逡巡の後、いずれ自分の後継者にしたいと考えていたことも付け加えた。
その日の軍議はそれで終了となった。今後王国がとるべき幾つかの課題が提案されたため、次回の軍議までに各自十分考えておいてくれとの女王の言葉で解散となった。
一方、ここは王国城内の接客室。二人の男が話をしていた。二人の前のテーブルには、紅茶と干した乾燥フルーツが置かれている。
「ラングスタイン!お主どう思う?この王国のこと 」
エーリッヒ将軍はラングスタイン大佐にそう聞いてきた。
「そうですな、我々は部下は選べても、上司は選べないものですから、、、
いや!決して将軍のことじゃありませんよ。理不尽なことでも我々軍人は命令が下ればそれに従うのが使命。その点でいえば、この王国が羨ましく見えますな!」
エーリッヒ将軍も、ラングスタイン大佐と同様な印象を持っていた。自分達の軍部での立場はハザン帝国にとって、身代金を払ってまで取り戻す価値がないように思えていた。
そう考えると、ハザン帝国首脳部が多額の身代金を払ってでも彼らを取り戻そうとするのは恐らく別の思惑があるのは確実であった。
「私たちを戦争犯罪人に仕立てあげ、首脳部の作戦失敗を糊塗するためにですかね!」
「もう、それしかないだろうな!」
事実トライトロン王国が捕虜返還に応じた場合、確実に戦争犯罪人として死刑宣告、かつ見せしめのための火炙りの公開処刑が待っていた。
「我々もとんだ貧乏くじをひかされたもんですな!」
「お主にも大方の予測はついていたのだろう。それで抵抗することなく捕虜になることを受けたんだろう 」
ラングスタイン大佐は、その時点での判断を思い出していた。やはり罪のない兵士たちを本国へ帰してやらなければという理由が主であったことには間違いない。
だが進むも地獄、退くも地獄。どうせ待っているのが地獄であるなら、自分の意思で前に一歩進んでみる方が未だ気分なりとも良いと考えたのは確かだった。
トライトロン王国の捕虜となるのも面白そうに感じたかもしれない。
この二人、捕虜として拘束されているにしては明るい。ハザン帝国のくびきから離れられたことがその理由かもしれない。また、この戦場で過去に自国では経験したことの無い剣の達人と思われる二人と真剣に向き合う勝負ができたことも余程嬉しかったのかもしれない。
負け戦の最後で、出逢った剣豪二人の迷いが無く真っ直ぐな剣筋を思い出しながら、思わず二人の顔から笑みが溢れた。
「もし、今度生まれ変わることができたなら、この国でああいう剣豪の元で働くのも一興かもな!」
とエーリッヒ将軍がラングスタイン大佐にいい、同調するように二人は声を出して笑った。




