2−30 戦後処理(1)
フラウリーデ王女は捕虜として連れ帰ってきたエーリッヒ・バンドロン将軍とラングスタイン・ザナフィー大佐を見遣りながら、総参謀長ジークフリードに彼らを接客室に連れて行くように命じた。そして、くれぐれも礼を失し無いようにとも付け加えた。
それからフラウ王女は捕虜預かりとなった二人に、
” しばらくは不自由をかけるかもしれんが、少しの間辛抱してくれるように ”
と声をかけた。
フラウ王女はジークフリード参謀長に、
” 1時間後に軍議を開く。女王様、摂政様及び各大臣を集めてくれ!併せてクロード近衛騎士隊長も同席させるように ”
と命じて、自室に戻っていった。
フラウ王女は自室に戻ると、まだ戦闘の興奮が冷めやらない高揚した気分で脳内の卑弥呼に思念した。
「お義姉様!お義姉様が私と一緒に王国に来て下さったお陰で、王国軍も王城も殆どの被害なく退けることができました。どのようにお礼を言っても言い足りません 」
「そんなことは無いぞ。ここにフラウと一緒に来たのはわしの意思じゃ。確かにわしも協力はしたが、そのほとんどはフラウの胆力と意思の強さがこの勝利を齎したのじゃから 」
「もしお義姉様がいらしてくれなかったら、この城は敵軍に占領されていたことでしょう。私でお義姉様に何かできることは無いのでしょうか 」
「気にすることはない。いつになく楽しませてもらったし、、、それに加えて蔵書館で貴重な耶馬台国の歴史書も見せてもろうたしな。わしもフラウみたいな人生だったらもう一度やり直してみたいと思っているくらいじゃ 」
卑弥呼の思念とは別に、卑弥呼の中に存在している漠としたさみしさをフラウは感じ取っていた。自分が望んだかそうでないかは別にしても不死という途方もない過酷な運命を背負わされている卑弥呼のことを考えると、フラウの目に大粒の涙が膨れ始め、やがて両方の頬を流れ落ちた。
「フラウはわしのために泣いてくれているのか?わしは、邪馬台国でもやはり異質の存在で、多くの者から畏怖されておる。結局は怪物ということの裏返しじゃ。だが久しくそんな環境にもどっぷりと嵌っている内に精神が麻痺してしまって疑問に感じることも無くなってしもうていたわ 」
「お義姉様を利用するばかりでとても申し訳ないのですが、これからもずっと私のお義姉様で居て下さるんですよね、、、」
卑弥呼との思念のやりとりが終わり、フラウ王女は気を取り直してあの二人の捕虜の取り扱いについて考え始めた。只の将校とは思えないようなあの二人。彼ら二人だけが特別なのか、もしそうでないとしたら、あのような無謀な侵略行為を戸惑いもなくやってのけたハザン帝国が信じられなくなる。
恐らくあの二人は特別なだけであろう。剣を交え、将軍の為人を理解してしまっていたから今のフラウにはそう考えることができた。あの時、脳内の卑弥呼がフラウ王女に自信を持たせなかったとしたら、自分は敗北した可能性が高い。
それ位の剣豪達と思われる。むしろ自分の予想をはるかに超える剣の使い手なのかもしれないとも思えた。
もしあの二人がハザン帝国の開戦を左右できる立場であったら、このような無謀な作戦は考えなかった気がする一方で、あの二人が戦争の仕掛け人として自ら計画し、トライトロン王国を攻めてきていたとしたら、あるいは完全に敗退していた可能性もあったのではと身震いした。
それにしても、今回の敗戦でハザン帝国の市民はさらに飢餓に苦しむことになってしまうことだろう。
フラウ王女は今回の戦で発生した色々な出来事を十分な消化しきれないままに詮議場へと向かった。
詮議場では、エリザベート女王の労いと感謝の言葉から軍議が始まった。確かにこれまでの数々の戦は王国の興亡を左右するような大きいものでは無かった。それは他国からすれば、トライトロン王国がそれ程魅力的な国では無かったからなのかもしれない。
トライトロン王国の周辺国家はどこもがそれなりに食糧事情は良好で、それため、軍備状況についてはどの王国も五十歩百歩で、大掛かりな侵略行為を阻止できるだけの兵力を完備しているとは決していえなかった。
それでもそのような状況を見ぬ振りをして、軍事力を充実させるよりも、自国の産業を発展させ豊かにすることに重きを置いてきた。
もちろん、どちらが是でどちらが非なのかは誰にもわからない。
ハザン帝国は、恐らく王国のそのような事情を知り、軍備状況が整えられた国ではなく、簡単に攻略が可能な国としてトライトロン王国を選んだのかもしれない。実際、卑弥呼女王の荒唐無稽な働きがなければ、文字通りこの戦の敗退は確実であっただろう。その意味では天はハザン帝国にでは無く、トライトロン王国に味方したといえた。
トライトロン王国には王国軍の他に各貴族が所有する私兵が存在し、その全部が共闘して迎撃すれば、また随分と様相は変わってくる。しかし、現実には貴族連合軍は必ずしも1枚岩ではないことから、王族であっても統率を取るのは難しい。
更には、それを機に王国の転覆を画策する貴族軍さえ現れてくる可能性も否定できなかった。
まず、最初に摂政のスチュワートから、戦争賠償金の話が切り出された。同盟を取り付けたシンシュン国への支払いもあった。摂政からハザン帝国との賠償金交渉にシンシュン国を同席さたいとの提案が出された。
スチュワート摂政は、ハザン帝国からの戦争賠償金はさして多くは取れないだろうと予測していた。彼は諜報員からの情報を総合して、ハザン帝国においては懲罰的賠償金を支払えない程困窮していると最終判断していた。
その為、シンシュン国への賠償金の支払いについては、シンシュン国とハザン帝国が直接に交渉して取り決めてもらおうと考えていた。
もし、ハザン帝国の支払いが滞った場合でも、トライトロン王国がシンシュン国の分を担保しなければならなくなる事態だけは避けたいと思っていた。実際、シンシュン国は情報工作上は極めて重要な位置付けではあったものの、実質上彼らは兵の一人たりとも動かしたわけではなかった。




