2−25 黒い水の力
早朝、城の最も高い所、尖塔からハザン帝国の布陣をじっと眺めるトライトロン王国第一王位継承者フラウリーデ王女。
ハザン帝国の兵力は進軍開始時点から既に半分に削られているにもかかわらず、15,000名が布陣する光景は威圧感が大きい。
城の城門を取り囲むように半円形に布陣しているが、その層は幾重にも重なり、そのままの状態での中央突破はやはり不可能と思われた。
フラウ王女は今、戦闘服に身を固め『神剣シングレート』を履いている。
これから最終決戦が始まろうとしていることに、フラウ王女はやはり緊張感を隠せない。ハザン帝国の勢力を半分にまでに削ぐことには成功したものの、塔から見える光景では侵略軍15,000名の士気までは知ることはできない。
「こうして見ると、壮観じゃのう。やはり15,000名の兵隊となると、さすがに緊張するのう。中身はどうであれ、『 張子の虎ほど大きく見える 』ものよのう 」
ハザン帝国軍は補給物資の半分以上を失い、兵力も進軍開始からすれば、約半分にまで削られ戦闘意欲は相当に落ちているはずであるが、ここからその見分けはつかない。
「ところで、黒い水の配備は万全かのう?」
「あとは火矢を射るだけです 」
フラウ王女の思惑通り、ハザン帝国の本陣は逆Y字の中央部分より少し後ろに構えているように見えた。
トライトロン王国の布陣は、7,000名の内、5,000名を王城を守るような隊列で配備し、残り2,000名は城門が万が一にも突破された場合の為の城内の守りにあてられていた。
フラウ王女は城門上に颯爽と立ち5,000名の兵隊を前にして、
” この戦、私の指示に従えば被害を出さずに侵略軍を撃退することができる。私を信頼して合図を待ってくれ ”
と誰何した。
我ながら偉そうなことをいっているとフラウ王女は思いながらも大声で檄を飛ばした。
『 龍神の騎士姫 』の渾名を伊達に持つわけではないフラウ王女。兵隊からの信頼は絶対的である。
今、王国軍兵士の戦闘意欲は最高潮に達していた。
敵陣地から、早馬が駆けてくる。そしてその馬の主から王城に向かって誰何が挙がった。
「ハザン帝国の最高司令部の決定で、帰国を殲滅させるため、にここに宣戦を布告する 」
・・・・・・・!
「私、総大将エーリッヒ将軍個人として貴王国に含むところは何もないが、王国命によりこれより攻撃を開始する 」
「ほう、途轍もない野蛮な国だと思っていたが、ハザン帝国にもちゃんと言葉を話せる兵士が居たんだな?」
フラウ王女はそうつぶやいた。
「その宣戦布告、確と受けた 」
と伝令を出した。
「クロード!近くへ! 」
「すぐ後ろに、、、 」
「無事に帰ってきていたな?作戦の成功立派だった。ところで本日より副参謀長の任を解き、私の専属近衛騎士団長に復帰すること 」
フラウ王女はそう労いながら、
” 帰還早々で悪いが、敵軍の中央突破を決行する!私の後ろを守ってくれるように ”
と告げた。
フラウ王女はハザン帝国の前線の中央部にある枯れ草を指差しながら、自分の合図であの枯れ草を狙って火矢を放つようにクロードに命じた。
「詳細は、後で話すが、一発で火を付けれるか?」
当初、フラウ王女自身で行うつもりであったが、クロードが予定よりも早く帰ってきたこととフラウの弓の腕よりクロードの方がより確実だと思えるところから彼に依頼した。
「失敗が許されない火矢なので、任せても良いか?」
「確と承りました 」
クロード近衛騎士隊長は、弓を取り上げると一度構えて、弓の弦を弾きその弓の貼り具合を再確認してから矢を番えて一旦弓を下ろすと、火を持って来させた。
「何時でも御下命下さい 」
フラウ王女は前線の中央をじっと見ていたが、ハザン帝国攻撃部隊の総指揮官の戦闘開始の手が振り下ろされ、ハザン帝国兵が進み始めた頃合いを見計らい、
” 今だクロード!火矢を放て ”
と命じた。
クロード近衛騎士隊長の射た矢は枯れ草に向かって弧を描いて飛んで行き、確実に枯れ草の中央部分を目掛けて飛び込み、突き刺さった。
しばらくすると立て続けに大きな爆発音と真っ黒い黒煙と共に火柱が20メートル位噴き上がった。そして火矢が命中した部分を中心として三方向に次々と爆発と火炎を伴いならハザン帝国兵の目の前を猛烈な勢いで一直線に走り始めた。
「良くやったクロード、直ぐに敵軍の中央突破をはかることになる。ただちに城門に行き、50名の騎馬精鋭にそのことを伝えよ!私も直ぐ後を追う 」
「総参謀長ジェームス!これよりこの場所で私の中央突破の状況の確認を行え。万が一にも私が失敗するような兆しがあれば、城門に待機させている兵を出撃させてくれ 」
「第二軍務大臣ジェームクント!城門に配置されている我が軍の総指揮を取ること。総参謀長からの命が降ったらただちに突撃を開始してくれ 」
「それから第三軍無大臣メリエンタール、城内の兵隊の総指揮と城内の治安を任せる。分かったな 」
それだけを命令するとフラウは颯爽と城門に向かった。正に聞きしに勝る『 龍神の騎士姫 』を彷彿とさせるその不敗の王女の姿に誰もが見惚れていた。
「待たせたな、クロ!出撃の準備はできているか?」
「はい、仰せのままに。何時でも突撃できます 」
「それで、ハザン帝国の前線の動きはどういう状況なのだ?」
「燃え盛る火を避けるように大きく後退し始め、相当に乱れ、もう軍隊としての統制は取れていないように見えますが、、、」
「敵の本陣は確認できるか?」
「未だ、炎と煙が激しくて敵本陣の確認は難しいようです 」
「もう少し、火の勢いが落ち着くまで待つか!」
火矢を放ってから、15分、炎と煙の勢いが少し衰え始め、敵陣の様子が少しづつ見えるようになってきた。火炎が衰えるに従いハザン帝国軍のパニックは少しは治まりつつあったものの、兵士が制御できていない軍馬は猛火に怯えたままで、未だに狂ったように走り回っていた。




